第13話 ショッピング

居候を始めて5日目

もう勝手に冷蔵庫を開けることに忌避感を覚えなくなり、当たり前のように古臭い冷蔵庫を開けて何かおやつがないか探す。

バレたらホミに怒られるだろうけど…小腹が空いたんだ。

何か食べもが無いか漁っていると…ある事に気付く。


「冷蔵庫が空っぽ?」


普段家の冷蔵庫を開ける時は、もっとギチギチに色々なものが入っている。

けれどホミの冷蔵庫は…冷凍庫こそ、色々な野菜や作り置きの料理が冷凍されていてパンパンだけど、冷蔵室、野菜室はスカスカだ。

買い物に行くべきだと思うけど……こんな山間の小さな村にコンビニやスーパーなんてものがあるはずもなく。

山を降りない事には買い物にいけない。


「ホミ〜?」

「は〜い!」


今何処にいるのかわからないホミを大きな声で呼ぶと、遠くからホミの声が聞こえてきた。

少なくとも声が届くところにはいるらしい。


「ちょっとキッチンに来て〜!」


ホミをキッチンに呼ぶと、すぐに来てくれた。

冷蔵庫の中を見せると、ホミは『思い出した!』と言わんばかりに手を叩いて、笑顔で私の方を向く。


「そうそう!買い物に行かないといけないんだった」

「だよね。どこまで行くの?」

「そうだね。下の街にあるスーパーだよ。さて、石山さんまだ出てないかな?」


ホミは私の手を引いて化粧台のある部屋にやって来ると、余所行き用の服を取り出して、良さそうなのを私にくれた。

これに着替えろと言うことだろう。

その服に着替えると、何かが沢山入ったエコバッグを持たされて、ホミに連れられ石山さんの家へ。

すると、ちょうど石山さんの家の駐車場から空色の軽自動車が出てきた。


「あっ!石山さ〜ん!!」


ホミは精一杯大きな声を出しながら激しく手を振り、車を止める。

すると石山さんは私達に気付いてくれたようで、車が止まりホミは私を連れて車に乗り込んだ。


「すみません。いつものアレです」

「そろそろ来ると思ってたわ。さあ、シートベルトはつけた?」

「はい。バッチリですよ」


石山さんに車に乗せてもらって、山を下り街へ行く。

見知らぬ街の……いや、田んぼや畑の中の道を通って、たまに家の横を通る。

日本の田舎らしい、牧歌的な景色。

緑にあふれた車窓を眺めていると、住宅街に入った。

意外に車通りの多い道を走ると、とんでもなく駐車場の大きいスーパーにたどり着いた。


「凄いね…こんなに大きな駐車場、博物館かなにかかなって感じ…」

「はははっ!ただのスーパーマーケットよ。基本的に、この県にしかない地方スーパー」

「田舎って凄い……」


建物自体もそこそこ大きいが…なんと2階建てで土地の無駄遣い感が否めない。

私の住んでいる地域周辺だと、このだだっ広い駐車場はすべて立駐になり、余った土地を埋め尽くすように建物が建っているはず。

そんな事を考えていると、石山さんの車が駐車場のど真ん中辺りで停まり、車を降りる。


見知らぬ土地、見知らぬ施設。

私は心細くてホミの手を握る。

するとホミは優しく私の手を握り返して、何も言わず笑顔で受け入れてくれた。


「あらあら~…」


石山さんはこの一連の流れを見て、何か意味ありげに微笑んでいる。

…私達のこれに何か言いたいことでもあるのかな?


まあ、石山さんの意味ありげな笑みは気にしないことにして、そのスパーの入り口までやってきた。

そのまま真っ直ぐ進もうとしたら、店内の保温のための二重扉の所でホミに引っ張られて、ガシャポンコーナーを抜けてゴミ箱エリアにやってきた。

よく見るとそれはゴミ箱ではなく、牛乳パックや精肉トレー、ペットボトルを回収している専用のごみ箱だった。


「中に分けて入れてあるから、分別してこの回収ボックスに入れてね?」

「分かった」


手分けしてテキパキと牛乳パックや精肉トレーを回収ボックスに入れていると…


「うふふふ…」


何故か石山さんの笑い声が聞こえてきた。

…やっぱり何か言いたいことがあるのかな?

そのことを気にしつつ、分別が終わると今度こそ買い物に行くことになった。


「じゃあ、1時間ほどを目安にお願いね。…あっ、でもサカイちゃんのために時間をかけるだろうし、1時間半までを目安にするわ」

「いいんですか?石山さん」

「知り合いがいれば話が弾んで何時間でもここに居ちゃうから、大したことないわよ」


何時間でもって…田舎のおば――お姉さま方の井戸端会議はすごいね。

…言い直したのは、何故だか背筋が凍りつくような殺気というか威圧というかを感じたためだ。

二度とおばさんなんて言うまい…

石山さんから逃げるようにスーパーに入ると、私はまずみずみずしい野菜果物がずらりと並んだ青果コーナーに目を奪われた。


「すごい…昔連れて行ってもらってたスーパーよりも野菜の品揃えがいいかも」

「そうかな?これくらい普通だと思うけど」


ずらりと並んだ野菜の数々。

入口からすぐの目の前には、玉ねぎジャガイモ人参のカレー三銃士が段ボールに山積みに置かれていて、ホミはそれらを無視して別の所へ直行する。


「玉ねぎとかは買わなくていいの?」

「うちで作ってたり、もらったりした玉ねぎがまだ残ってるからね。ジャガイモも人参も一緒」

「へぇ~?じゃあ何買うの?」

「キャベツとレタス。あとはごぼうとキノコ全般に、もやしかな?」

「じゃあ私が取ってくるよ。キャベツとレタスとごぼう」


そう言って、私はホミの元を離れてその三つを探しに行く。

ごぼうは問題なく見つかった。

ただ…キャベツとレタスが問題だった。


「どれにすればいいんだ…」


キャベツと一言に言っても、実にたくさんのキャベツが売られている。

丸々一玉のキャベツ。

半分に割られたキャベツ

四半分になったキャベツ。

紫色のキャベツ。

千切りにされ袋詰めされたキャベツ。

しかも、産地がどうのこうので全部2、3種類あり、どれを選んでいいかわからない。


「レタスもレタスで種類があるし…」


レタスもどれを選んだらいいのか悩む。

緑色の丸いレタス。

紫っぽい丸いレタス。

緑色の平たいレタス。

紫っぽい平たいレタス。

初めからサラダの状態で袋詰めされているレタス。

一体、どれを選べばいいんだ。


すると、悩む私の横にキノコを買い揃えたホミがやってきて、一玉のキャベツと、丸い緑のレタスを選ぶ。


「うちは大体これを買うよ。次からはよろしく」

「うん…」


悲しくなってうつむいた私の背中を押しながら、次のコーナーに移動するホミ。

途中にあった卵コーナーには目もくれず、豆腐と油揚げを2パックずつカゴへ入れた。

卵は大槻さんが新鮮なものをくれるからね。

養鶏業者さんが近所にいる強み。


ホミは少し移動して、豆腐と油揚げが売ってあったコーナーの横にあるこんにゃくをカゴに入れた。

私はその様子を見て、ふと一つ気になったことがあった。


「普通のこんにゃくと赤いこんにゃくを買ってるけど、これは何?」

「これ?赤こんにゃくだよ。この県では有名な特産品なんだ」

「ふ~ん…おいしいの?」

「味は普通のこんにゃくとほぼ一緒だよ」


赤こんにゃく…私には馴染みのない食材だ。

味は普通のこんにゃくとほぼ同じなら、食べられないことはないはず。

こんにゃくは嫌いじゃないからね。…好きでもないけど。


「さて、しらすとたらこと…お魚はなににしようかな?」

「鯛があるよ!」

「そんな高いもの買えません。鯖でいいでしょ、鯖で」

「むぅ~…」


結局、ホミは塩サバと鮭とみりん干し?なる身が真っ赤な魚をカゴに入れた。

そして移動しながら納豆をカゴに入れて、次はお肉。

牛肉、豚肉、鶏肉の順番で並んでいて、ホミは迷わず豚の細切れ肉と、鶏モモ肉をカゴに入れる。

あと、ウインナー、スライスハム、スライスベーコンもカゴに入れて、他のものには目もくれず、次の惣菜コーナー………は素通り。

惣菜には興味がないらしい。


お次は乳製品類。

ヨーグルト、チーズをカゴに入れ、奥にある牛乳のコーナーで3本の牛乳をカゴに入れた。

そこでくるっと90度回転して、棚がずらりと並んでいるコーナーへ入った。

その中で、パスタ、パスタソース類、油、中華調味料、そうめん、めんつゆ、サケフレーク、ふりかけ、海苔をカゴに入れて、満足したらしい。

私が捨てられた子犬のような目をホミに向け、おやつコーナーを指さしたけど完全に無視。

流石にひどいと思う。


「んん~…あんまり時間経ってないね。何か気になるものあった?」

「おやつ」

「おやつは買わない」

「じゃあ、お惣菜」

「お惣菜も買わない」

「……アイス?」

「んー…まあアリ。けど、買うのは最後にするよ。溶けちゃうからね」

「わかった。……あっ、カップ麺コーナーに行きたい!」

「別にいいけど…」


私の知るスーパーとは売っていう商品が大きく違い、気になるものは多数あった。

けど、製造者やパッケージが違うだけで、中身はおおよそ同じ。

けれどカップ麺は違う。

普段いかない店に行くと、普段見ないカップ麺が置かれているものだ。

だから、私はカップ麺のコーナーにやってくる。


「なにこれ見たことない!?」

「最近は食べてなかったからわかんなかったけど、こんなに新しい商品が生まれてたんだね…」


やはり店が違うと品揃えも違う。

カップ麺を見回すだけでそこそこ時間を使い、何を買うかで個数制限を設けられたので、吟味に相当な時間をかけた。

結局、石山さんが初めに言っていた1時間半があっという間に過ぎていしまい、ホミに怒られた。

ちなみに石山さんはすっと井戸端会議をしていて、退屈はしていない様子だった。

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