第6話 スキンシップ
夏真っ盛り。
空を見上げれば、青空に入道雲が大きく育ち、耳をすませばうるさいほどにセミが鳴く。
そんな夏の田舎ののどかな景色の中で…私はホミと重ねた唇を離した。
何でこんなことをしたかと聞かれたら応えられない。
でも…それじゃホミが納得しないだろう。
だから……
「…スキンシップには、不安を抑える効果があるんだって。だからその…別に深い意味はないから受け入れてくれると嬉しいかな」
「そう、なの…?都会ではそれが普通?」
「えっ!?あー…都会には外国人が多いからね。あの人たちは挨拶としてキスをする風習があるらしく、それがちょっと広がったっていうか、なんていうか…」
我ながらよく回る舌だ。
いきなりキスして、『スキンシップでキスをするのは都会の普通』なんて嘘をつく。
これでホミを騙せているかはわからないが…説明のできない行為について、適当な嘘をついただけ。
そう、自分の中で納得できればそれでいい。
説明がなくて一番納得できないのは…ホミではなく私だから。
「外国人かぁ…小学校の修学旅行で行った観光地以外で見たことないや」
「修学旅行か…どこに行ったの?」
「奈良だよ」
「……なんで?」
「…そういう習わしだから?」
奈良って…確かにここからそこまで遠いわけでもないし、観光地だし、歴史の勉強になるし、京阪神の都市部ほど人はいないから生徒の見張りもしやすい。
けど…奈良?
言っちゃ悪いけど、楽しいのかな?
「私の通ってた小学校は、ずっと昔から修学旅行で奈良に行ってたんだよ。そういう習わしなんだと思ってる」
「そうなんだ…中学の修学旅行はどこに行ったの?」
「県内だよ。本当は沖縄のはずなんだけど…某流行り病の時期だったからさ?」
「そうなんだ……私は中止だったよ」
「世知辛いよね。一生に一度の思い出なのに」
私たちの世代はそういうものだ。
こればっかりは、運が悪かったとあきらめるしかない。
とはいえ、私も修学旅行に行きたかったのは事実。
まだ中学の頃は、友達がいたからね。
過去を思い出して感傷に浸り、なんだかまた心が締め付けられる思いで居ると…ホミが私の頬を両手で抑える。
そして、昨日のように勢いよくキスをしてきた。
昨日とは違い、私はそれを受け入れてホミの唇の感触について考える。
柔らかくて、熱があって、少しの粘り気を含んだ水気。
思ったよりも触れ合っていて気分の悪いものではなく、忌避感もない。
むしろ、心地よくて心が安らぐ。
…どこかで聞いた話を適当に言っただけのスキンシップの話が現実味を帯びる。
「――ぷはっ……汗かいちゃたね?」
「…誘ってるの?」
「はあ?」
「この状況でそれは下心を感じるよ?」
「…まあ、私は構わないけど。する?」
わざとらしく服の裾を引っ張り、日に当たらないためか焼けていない白っぽい腹部の肌を露出させるホミ。
その肌は汗でじんわりと湿っていて、わずかに差し込む朝日を反射して煌めいている。
いや、艶めいているというべきかもしれない。
「……っ」
同い年の未発達な体のはずなのに、大人に負けない艶やかさを見せるホミの体を見て思わず息を呑む。
そっと右手を伸ばし、その肌に触れてみると…汗ばんで指の滑りが悪く、更にあまり快なものではない感覚が指を包む。
汗の嫌なベタつきだ。
「ふふっ」
「っ!?」
突然ホミがイタズラが成功した女児のような声で笑った。
それに驚いて急いで手を離したせいで…なんだか負けた気がした。
プライドを傷つけられ、一方的な逆恨みで復讐を決意する。
ホミの汗が付いた指を口の前まで持ってくると…
「しょっぱい」
「んっ!?」
ちょっとえっちな動きで指を舐め、汗の味を伝える。
…嘘だ。
指先に、ただちょっと湿気が付いた程度の汗では味なんてわからない。
けど、『汗はしょっぱい』という共通認識がある以上、嘘でもそういえば勝手に勘違いしてくれる。
ホミは顔を赤くし、私に見せてくれたお腹を勢いよく隠す。
確かな羞恥心を感じているホミを見て、思わず口角が上がってしまった。
仕返しは成功。
そう勝ちを確信して調子に乗ってしまった為に…ホミに反撃の機会を与えてしまった。
「んひゃっ!?」
「かわいい声だね。さすが都会育ちのお嬢様」
私がプライドがあって負けず嫌いな性質を持っているなら…見た目は違えど中身はほぼ同じなホミがそうでないわけがない。
同年代の女子よりも2周り発育のいい胸を鷲掴みにされ、変な声が出てしまった。
勝ち誇った笑みを向けられ、欠陥が破裂しそうなほど頭の血が沸騰する。
…がしかし、寸前でわずかな理性が働いてすぐに仕返しはしなかった。
「…一旦帰ろう。そこで勝負」
「望むところだよ。村民は他にいるけど、少なくともご近所さんに挨拶はできた。暮らしていく内に挨拶の機会はあるだろうし……今は真剣勝負の時だ」
道のど真ん中で睨み合い、どちらからでもなく手をつないで家に戻る。
その間たまにわざと足を踏んだり踏まれたりして小競り合いをする。
闘志が帰るまでの時間の間に鎮火しないようにするためだ。
そのおかげか小さなストレスが溜まり、火が弱くなりはしたものの火種は消えていない。
エアコンのついていない部屋にやってくると、二人同時に服を脱いだ。
夏服のために服の下には何も着ておらず、高校生らしい下着が露になる。
ホミの体には無駄がない。
農作業をするための筋肉がわずかに見え、運動量が多いのか余計な肉がついていない。
とはいえモデルのようなくびれがあるわけでもない。
しかし胸は人一倍…私と同じくらいの大きさがあり、その存在感を強く放つ。
二次成長期の大人に近づいている色気を存分に発揮しつつ……腕と脚、首から上の顔を含めた日焼けが、まだまだ若い子供っぽさを残している。
私の体をチラチラ見ながらズボンを脱ぐと、日焼けした脚はより顕著になる。
腕もそうだけど、服に隠れていた場所がよくわかるように体の中心に近づくほど色が薄くなっているのだ。
それが、子供から大人に成長している途中なのを表しているように見えて、私の中にある何かが刺激された。
(これは…ダメでしょ…)
刺激された何かが…決定的によくない方向に向かっているのが分かる。
クラスで私の胸を見る男子のように、私は隠しながらもその無駄のない肉体美から目が離せない。
もう負けでいい。
勝負の事なんか頭から飛んで行ってしまって……自分の中の趣向が変わっていくのを感じながら、気が付けばまじまじとホミの体を見つめていた。
◆
サカイの体は理想的だ。
別に、特別綺麗な体をしているわけじゃない。
テレビに胸を張って出られる体じゃないと言えば…失礼に当たるかもしれないけれど……
高くは望まない。
けど、人に見せて全く恥ずかしくない体。
全体的に色白で、昨日の夜に話していた小食のためか心配になるほど細身な体。
行きたい時にしか学校に通わず、家や畑で体を動かしているせいで筋肉がついてしまった私の体とは違う。
私が思い描く、理想の女性の体。
上半身がこうでも下半身はどうか?
私の体をチラチラと見ながら貸してあげたズボンを脱ぐサカイ。
露になったのは……タイツによって太陽光を遮られ、同じ日本人とは思えないほど白い肌。
筋肉のない華奢な足だけど……小食でも、とりあえず食べていることが伺えるお尻のライン。
コンプレックスに当たるのかもしれないけれど、女性的なしっかりと肉のついた丸いお尻。
(これは…ダメだよ…)
私の理想の女性の体を前にして、なんだか感じたことのない変な気分になる。
かっこいい男子を見たときに気分とは違う。
そう、決定的に違う。
触れたことのない変な感覚で、私の中から勝負何て考えは飛んで行ってしまった。
もう負けでもいい。
気が付けば私は、サカイの体を舐め回すように見つめていた。
はっ!と我に返ると、自分たちのしていたことが世間一般では恥ずかしい行為だと思い出し、慌てて服を着る。
けれどそれは…行為に対する羞恥心ではなく、自分の体を見られたくないという…本来男性に対して抱く羞恥心に近かった。
「…引き分けでいいかな?」
「…そうだね。私、ちょっと先にシャワー浴びてくる」
エアコンの無い部屋で見つめ合ったせいで、汗が止まらない。
まだ9時だというのに、最近の暑さは異常だ。
半分水くらいの温度に設定すると、冷たいけれど反射で避けてしまうほどではない、ちょうどいい温度のシャワーを浴びる。
全身の汗を洗い流していると、突然浴室のドアが『ガラガラ』と音を立てて開いた。
この家には私とサカイしかいない。
つまり…
「サカイ…なにしてるの…」
「私もシャワーを浴びに来た。悪い?」
「悪くないけど…なんで今?」
心臓が激しく鼓動する。
下着すら身に纏っていないサカイの体は…今の私の目には毒だ。
見ちゃいけないけど…ここで目を逸らしてサカイを傷つけるのは嫌だ。
だから、何でもないようにサカイの目を見る。
サカイは…至って真面目で普通な様子だ。
…変に興奮して嫌がって…私がバカみたいじゃないか。
「まあ、いいよ。私が洗ってあげる」
「ありがとう」
急に冷静になって、私は昔お母さんにやってもらったようにサカイの体を洗う。
特別なことはない。
ただ気の合う女の子同士が体を洗ってるだけ。
それだけだ。
…けど私は知らない。
この時、サカイは心臓が口から飛び出そうなほど激しく鼓動していたことを。
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