身心縛られ戀の儀式

ゆふかげち、

よひのとばりがまたひとつ、みやこむる。


花野はなののかたはら、

薄紅うすべにふぢき、

かぜもまた、かをりをまとひてあそびぬ。


紫苑しをんは、そのちひさき花房はなぶさした

撫子なでしこあづけてたりぬ。


撫子なでしこ、……ねがはくば、もうすこしだけ、そなたのりたくさふらふ」


撫子なでしこみをかべて、

そのそでよりひときのいとを取りいだした。


きぬのやうにしなやかで、

けれど、そのいろ深紅しんく──

ちぎりにもたる、こひのしるし。


紫苑しをん……

そちが、わらはをしきとまうすならば──」


するりと、紫苑しをん手首てくびに、いとがかけられる。


「……このいとにて、しばりまうす」


「……そちは、げられぬ。

このよひ、そちのこころも、

ことごとく、われがものにてさふらふ」


紫苑しをんぢ、

その言葉ことばを、あまけとめぬ。


撫子なでしこはゆるりと、

そのいと紫苑しをん両手りやうてを、

やはらかく、けれどたしかにつかねた。


はなかをりにおぼれつつ、

そのふるふことなく、

撫子なでしこ眼差まなざしだけが、のやうにれてをりぬ。


「……られるよろこびにれし、

あののそちをおもへば、

われは、たれにもわたしたくはなき」


「そちのくちびるも、指先ゆびさきも、

わらは以外いがいにふれさせぬよう──

いま、しばりかねば」


紫苑しをんは、しばられながらも微笑ほほゑみて、

ほつりとこゑをこぼす。


「……そちがそれほどまでに、わらはを……?」


「おろかなることと、たまふや?」


まぬ。……むしろ、いとほしき」


いとまる感触かんしょく

ころものうへからつたふぬくもり、

撫子なでしこ吐息といきは、

まるでいとめられしおもひそのもののやうに、

紫苑しをんをとろかす。


「そちのまなこが、

わらは以外いがいたれかにくこと、

それすらも──ねたましき」


「そちは、……われのものにならぬか」


撫子なでしこ……

そちのをりにならば、められてもいなし」


その瞬間しゅんかん撫子なでしこ紫苑しをんかみをとき、

くちびる耳朶みみたぶれ、

しずかに、ふかく、

こひをりろされた。


ふぢ花房はなぶされ、

夜風よかぜいとをなでる。


たれもふたりにれぬよひ

束縛そくばくは、いとしきしるし。


紫苑しをんはそのあづけ、

撫子なでしこ指先ゆびさきに、

いとさきに、

このこころをもささげたり。


──こひとは、ときに自由じゆううばひ、

ときに束縛そくばく甘美かんびとす。


撫子なでしこをりは、

やはらかく、けれどのがれがたきもの。


紫苑しをんはそのなかに、

まよひなくしづめたり。

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