5話

 山向こうに帝国軍が見える。

 

 掲げられた旗の元にいるのは、60人ほどの小隊。

 白を基調にしたローブは薄青と金糸で彩られている。

 雪に溶け込む色は、ノルクラッド帝国は突如現れる死の使い……だが、色にあふれたこのヒゴクでは逆に視認しやすい集団だった。

 

「なあ、あれ……セラフィマ様の国の人だよな」

「あれがセラフィマ様の仰ってた「終末」なのか?」

「俺たちは救われるんだ……!」

 

 ……信者たちの言葉にズキリと胸が痛む。

 私がでっち上げた言葉を、彼らは真剣に信じていた。


「世界終末は、セラフィマ様によりもたらされるもの! あれは我らの信仰心を試す障害に過ぎぬ!」


 あんな喧嘩をした後なのに、モグラはもう教祖の顔に戻っていた。

 そして私を褒めたたえる……私は、ただの嘘つきなのに。


「セラフィマ様の御身はこの犬笛将軍が必ずお守りする!」

「皆は勝利を祈り、心静かに待つように!」

 

 将軍の頼もしい言葉と、モグラの指令に信者たちは沸き立つ。

 普段ならこれでおしまい。

 神は直接言葉をかけたりしない……でも、私は……

 

「待って」

「っ……セラフィマ、様……?」

「私はみんなに……言わなければならないことが……」


 私は、私の声で、伝えたいことがある――


 その言葉を口に出そうとしたとき、空間に光の柱が現れる。

 これは――光の転移魔法……!

 

「ああ、やっと繋がったわ――」


 光の柱の中から桃色の髪の女性が出てくる。

 間違いない、彼女は私の妹であり、私を追放した黒幕。


「……アリシェラ」

 

「なんだ……突然現れたぞ」

「これも奇跡か!?」


「フン、転移魔法も知らないなんて。これだから野蛮人は」

 

 突如現れた女に、信者たちが騒ぎ立てる。

 まずい、私の闇魔法とは対にある光魔法を見せたらばれてしまう……

 

「神様! この者は何なのですか――」


「あははははは!! 神ですって! アンタたちまだこの噓つきを信じてるの!?」

 

 ……私が、嘘つきだってことが。


「この女は神なんかじゃないわ! ただ母国を追放されただけの、暗黒令嬢レディ・ヴァリアール!」

「そん……な……」


 アリシェラの暴露に、私ができる事は何もなかった。


「アンタたち野蛮人は魔法なんて見たことないでしょうけど、奇跡はただの魔法!

 神から与えられたって体で、教会が管理している帝国の固有武装でしかないのよ!!」

 

 それは、私も知らない情報だった。

 魔法は神が与えてくれる天啓ではないの?

 それなら、私を長年苦しめてきた……この闇魔法は……

 

「この女は、後妻である義母に疎まれてハズレを与えられた忌み子!

 家族にすら愛されなかったはぐれ者よ!!」


 ……そこから、陰謀だというの。

 

「信じちゃってバカみたい! この野蛮人が!」

 

 すべての声が遠くなる。

 アリシェラの甲高い声もぼやけて聞こえる。

 何も感じないはずなのに、涙がこぼれる。


 ああ、ダメ。

 神は泣いたりなんか……しちゃいけないのに……


 世界でひとりきりになったようだった。

 喉が詰まって、見えないロープで首を絞められているよう。

 ああ、このまま……首を絞めて死んでしまえたら……楽になれるのに。

 

 「セラフィマ」

 

 すべてがぼやけた世界の中、モグラの声だけははっきりと聞こえる。

 握りしめた拳を包む、大きな手。


「サカガミ教団教義その3:「愛しなさい。愛されなさい」、やろ?」


 モグラは……穏やかに笑っていた。

 

 彼は私の手を握ると、私の隣に立つ。

 すると後ろに大きな気配を感じる――将軍は、私の一歩後ろに控えている。

 

 私の周りには、人がいた。


「教祖モグラと、裏切者のクソ犬……。健気ねえ、もうそいつは終わるのよ?」


「だから一緒にいるのよ、クソ聖女さん♡」

「ちゃんと見張っとらんと、すぐ歌いだして時間食ってまうからな」

 

 覚悟を決めよう。

 全てを失ってもいい、憎まれてもいい。

 私はみんなに聞いてもらいたい。


 私の声を。


「そうよ、私は神なんかじゃない。この土地で土に足をつけ、山を歩き、熱い風の下で歴史を学んだ……」


 

「ただの人間よ」


 

 ざわ、ざわ……と信者たちが静かに騒ぐ声が聞こえる。

 それでも、私はもう怖くなかった。

 

「あはは!! やっと認めたわね!!」

 

 アリシェラは鬼の首を取ったように喜んでいる。

 

「さあ、降伏しなさい馬鹿ども! この偽の神に変わって、私たちが正しい教えを――真の魔法を教えてあげるわ!」

 

 ――その言葉に反応したのは船長だった。


「アンタら……俺たちが本当に神なんて信じてるとでも思ってるのか?」


「「え?」」


 思わず私とアリシェラの声が重なる。


 船長の声を皮切りに、信者たちは口々に喋りだす。


「神だなんて最初から思ってねえよ! 俺たちのこと馬鹿だと思ってんのか!?」

「ノルクラッド帝国とちょっと貿易してりゃ、セラフィマ様が適当ぶっこいてんのなんてわかるんだよ!」

「それでもセラフィマ様の元にいるんだ! 彼女は俺たちの目線で、俺たちと生きてくれた!」

「お前たちみたいな傲慢な権力者が一度もやってくれなかったことだ!」

 

 信者たちの思わぬ援護に、アリシェラは言葉を失っているようだった。


「救えない馬鹿どもね……これだから……」

「それ以上は言わせないわ。彼らを侮辱することは、私が許さない」


 わなわなと震えて罵言を吐こうとする口へ向けて私は手をかざす。

 臨戦態勢を取る私の姿を見てアリシェラは心底バカにしたように笑っていた。


「なあに、それ? 本気で私とやる気?」

「そうよ。あなたも杖を構えなさい」

「止めとけばあ? お姉さまのザコザコ闇魔法と、私の光魔法じゃ格が違うもの」

「それはどうかしら?」

「違うつってんだろ。ママが、私がお前をぶっ殺せるように与える魔法を弄ってくれたんだから!!」

 

 杖を掲げたアリシェラの瞳が、狂気のように輝いた。

 背中のマントが風に舞い、太陽の光がその身をまばゆく照らす。


光刃連槍ブリリアント・ランサー!!」


 キィン! と音を立てて、十本を超える光の槍が生まれ、空を裂いて飛んできた。


「……っ!」


 ――速い。

 身を翻して避けようとするが、光の軌道は読めない。

 一撃が腕をかすめ、黒いドレスが裂けた。

 

「ほら見なさい! あんたの闇魔法なんて、私の光には敵わないのよ!」


 空から降り注ぐように光の槍が連続して撃ち込まれる。

 地面に穴が開き、爆ぜた光で大地が焼け焦げる、小石を撥ねさせ、草木を揺らす……

 

「ふふ、どう? 逃げるしかできないくせに、神なんて名乗っちゃってさぁ……!」


 けれど――


「……終わり?」


 私は焼けた地に膝をつきながら、顔を上げた。


「何が……?」


「気づいていないのね。あなたの光魔法、撃つたび威力が下がっているのよ」


 アリシェラがハッと辺りを見回す。

 たしかに、信者も動物も草木でさえ、傷ひとつ付いていない。


「なにそれ……そんな、そんなわけ……!」

「このアゾン山では、周囲を囲む山々に光は拡散され、光の魔素が満ちる度に威力は激減する」

「う、嘘よ……そんなの、知らないっ!」

「知ろうとしなかったからでしょう? だから、お姉ちゃんが教えてあげるわ、本当の闇の力を……」


 黒い影が足元から沸き立つように広がっていく。


虚無の牢ナイトゲージ


 黒い茨のような魔力が地面から生え、アリシェラの足元を縛る。

 立ち込める影が、彼女の光を吸い取り、動きを鈍らせていく。


「う、動け……ないっ……!」


「このアゾン山は闇の魔素が満ちている。ノルクラッドでは忌み嫌われた闇の力は、強すぎる太陽に灼かれたこの地では強力になるのよ!」


 私が手をかざすと、全ての影がアリシェラに集中する。


終焉の闇閃ダークネス・ブレイク!!」


 黒い稲妻が地を走り、まっすぐにアリシェラを貫いた。

 爆音とともに砂埃が巻き上がり、光がかき消される。


「うああああああああああああッ!!!!」


 叫び声がこだましたあと、静寂が訪れた。

 地面に崩れ落ちたアリシェラは、杖を落とし、涙と泥にまみれている。


 勝負は決した。

 

 私はアリシェラの髪の毛を掴んで顔を上げさせると、とびきり意地悪な声で囁いた。


「……尻尾を巻いて帰りなさい、負け犬」


「いい気になるんじゃないわよ……。私に何かあったら、帝国が本隊を差し向ける手筈になってる。次に来るのは、光魔法の使い手だけじゃない……こんなチンケな土地、全部奪い尽くしてやる!」


「あら、誰が来たって無駄よ」


 絵に描いたような負け犬の言葉に、私は黒い笑みで返す。


「帝国は、この地の民が何に怒っているか知っている? どれだけの数の部族がどこにいて、どんな武器を持つか知っている? 険しい山の果てしなさを知っている? 山の合間にある、入り組んだ道の全てを把握してる?」

「そんなの……知りようが……」

「私は知ってるわ。この土地を愛しているもの」


 私の言葉に、モグラの言葉が返ってくる。


「俺も、神を愛しとる」


 その言葉で、私は全てから救われた気がした。

 

「消えなさい。あんたはこの地から【追放】よ」

 

「クソッ! クソッ! ほんとに本隊を呼んでやる! こんな土地、蹂躙してやるんだからあ!!!」

 

 アリシェラは捨て台詞を吐いた後、真っ赤な顔で逃走した。

 

 私たちは勝ったのだ。


「スラーヴァ・ヴァリアール《暗黒令嬢万歳》!!!」


 信者たちが声を上げてくれる。

 全てを暴露した私はもう、神ではないのに。


「神じゃなくても、みんなアンタがええんや」

「モグラ……」

 

 私は人に戻った。

 そして、モグラと抱きしめ合い、彼の腕の中で泣いた。

 私がずっと欲しかった温もりが、今ここにあった。


 ◆ ◆ ◆

 

「――これが、神話の物語」


 聖典を持った伝道師の語りが終わる。

 彼は石造りの民家の玄関先で神話を読み聞かせていた。


「なにが神話だい。実話じゃないか」

 

「そうなの♡ ご存知の通り、帝国軍は宣言通りヒゴクに戦争を仕掛けたけど、地の利を利用されて再び敗北。莫大な賠償金で借金を背負うことになり、経済は崩壊したわ」

「おかげでうちの人も無職だよ。こんな忌々しい話しないどくれ。ほら、出てって」

「そんなこと言わないで。この話は、「愛と信仰はあなたを救う」と教えてくれるのよ」

「へえ、ならヒゴク侵攻失敗後の不景気もどうにかしてくれよ」


 伝道師の言葉に住民は白け顔だ。

 バカにしたように手を振って、伝道師を追い払おうとする。


「もちろんできますとも。この国にはじきに終末が訪れる。その時にあなただけが助かる方法を、教えてあげるわ」


 だが、伝道師の言葉に住民の顔色が変わる。

 救われるのはあなただけ――その言葉に彼女は大きな興味を持った。

 

「……どうすりゃいい?」

「まずはあなたも、サカガミ教団に入信しませんか?」

 

 ***


 一方そのころ、ヒゴクを統一したサカガミ教団は侵攻の準備をしていた。


わたしはヒゴクに救いを与え、魔法を与えた! そしてこれから、新たにノルクラッドの土地と、黄金の城を与えましょう!」

「進軍や! ノルクラッドを落とすで!」


 肥沃な熱帯の土地だけではなく、北方の巨大資源国家すら手に収めようという神の言葉に、信者は雄叫びを上げる。

 

「|Оオー, Божеボージェ, этоエータ прекрасноプレクラースナ !(愛してるぜ、神様!)」



【後書き】

最後まで読んでくださってありがとうございました!

「ポンコツヒロインが暴れまくる」「やれやれ系お兄ちゃん」がお好きでしたら、現在連載中の長編ファンタジーにも、きっと刺さる場面があると思います!


『海神別奏~悪役令嬢代行おじさん~』

https://kakuyomu.jp/works/16818622177569165036

もしよければのぞいてみてください!

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【短編】スラーヴァ・ヴァリアール!~辺境に追放された悪役令嬢は、カルト教団を作って神となる~ 百合川八千花 @yurikawayachika

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