第3話 対価の黒歴史
今日聞いた話を聞き返しながら、編集している途中、エンが差し入れを持ってやって来たのは分かっていたが、声がかからぬまま最後まで聞き終え、水月が顔を上げると、男はドアを開けたまま、廊下で立ち尽くしていた。
「……ずっと、そのままだったのか?」
この話を聞き終えるまでの時間は、約三十分だ。
一時間越えはなかったが、病室の前で戸を半開きのまま立ち尽くす男は、不審過ぎる。
声をかけられて我に返ったが、後の動作はぎこちない。
入院している患者だから、朝昼晩病院食ではあるが、殆どの食事は制限されていないため、夜食を差し入れに来てくれるエンが、その準備を始めるのを見守りながら、水月は一人呟いた。
「……恋愛話とは、程遠いな」
「一体、どういう話だと思っていたんですかっ」
「お前と真倉医師の、どろどろとした不倫劇だ。その位でないと、雅がああも目くじらは立てないだろうと思っていたんだが……」
思った以上に殺伐とした話だった。
今迄感じていた、エンとリョウの間に漂う何かの雰囲気は、皆無だった。
「手の届かない範囲での顔合わせの時も、絶対に一線か二線くらいは越えた関係だと思い込んでいたんだが。飲みの席で暴露しかけた、既婚の体験相手というのも、奴じゃないのか?」
一人は老翁で寡夫、一人は既婚者という話だったと思い返す水月に、エンは小さく溜息を吐いた。
「そういう事は、忘れてください。酒の席での余興みたいなものだったんですから」
「酒が入ったからこそ、本音が出てくることもあるがな」
「ええ。ですが水月さん、それを深堀するのならば、オレも一つ、気になる戯言を確かめたくなってしまうんです」
穏やかだが、少し困ったように笑ったエンは、首を傾げた。
その様子から、自分の話だと察し、水月も首を傾げた。
「酒の席での失言は、まだなかったつもりだが?」
「ええ、あなたは」
今は亡き友人と姉の失言は、数多い。
「雅さんが気にしている通り、あなたが隠れ潔癖ならば、あの二人の話に関する確認は、無理だと思っているんですが……」
「? 隠れ、何だって?」
「潔癖症、です」
「それは、鏡月の方だ。オレは別に……」
水月の従弟、鏡月は潔癖のきらいがあるが、別に隠してはいない。
困惑している男に頷き、エンは言った。
「尻軽男と見せて実は……と、雅さんは思い始めているようなんです」
「何故?」
その間に、夜食の準備を整えたエンは、ベット脇の机に深皿と湯呑を置いた。
箸立てを置いて、その上に箸も乗せる。
薄切りの肉の生姜焼きだ。
米の飯か酒が欲しくなる料理だが、入院中の夕食後だからそれは我慢する。
だが、この肉は、少々不可解だった。
「何故、馬の肉なんだ?」
「この機会に、馬肉料理の視野も、広げておこうかと」
どうやら、社宅の方でも何か、勃発しているようだ。
「……それは、もう少し検討してから、報告に来ます。今は、治療に専念してください」
穏やかに先回りされ、水月は舌打ちしつつも頷いた。
「折れている場合、その部分を合わせて縛り付けていれば、動いている間に治るものだ。捻挫は、もっと簡単じゃないのか?」
「それ、ここだけの話にしてくださいよ。医者の前で言うのも厳禁です」
大昔の人間は、怪我や病が命取りのはずだが、意識を取り戻してから今まで、水月は怪我部分を庇う気配すらない。
それが元々なのか、単に二度目の人生はいい加減に生きて、往生しようと目論んでいるせいなのか。
二人ともそれぞれ、詰問するには時間がないと、他愛ない会話をしながら面会時間を終え、エンは社宅に戻り、水月はベットに横になった。
水月の方の疑問の答えは、翌日の昼すぎ、再度見舞いにやって来たマリアによって明かされた。
本日は通学中の雅に代わり、一人の男を連れての訪問だ。
白髪が目立つ黒髪の、壮年の男だ。
「……」
「実は、もう一人連れがいるんですが、人と話すのが苦手な人なんで」
マリアが指さす方を振り返ると、窓の外の縁に背を向け、猛禽類の鳥の白い後姿があった。
通りでしょっちゅう窓に止まる烏の羽音と足音が、ぴたりと止まったはずだ。
「キィさんをご存じですよね? あの人が姿を貰った方が、あの人の主の一人だったそうで、その関係で、親しくするようになった方々です」
今日は、年かさで気後れする連れがいるせいか、マリアの口調も丁寧だ。
「明日の国際便で、国に戻ることになったので、見舞いがてらにご挨拶と報告をと」
オキやキィと同じ長身だが、どちらかというと弱弱しい体格の男は、ぎこちなく敬語を発した。
「実は昨日の午後、急遽古谷家に呼ばれまして、そこの跡継ぎの縁者という男と会いまして……」
その男は、水月が勤めている保育園の、同僚の婚約者だ。
数年のお付き合いを得て、ようやく求婚されるに至ったらしいと、入院する事態になる前に聞いていたが、無事婚約できたようだ。
軽く安堵する患者に、男は苦笑しつつ続けた。
「早くに死なせてしまったペットのカブトムシのオスに、人の魂を憑依させる方法はないかと、相談を受けました」
「?!」
目を見開いた水月に、猫の獣は苦笑を濃くして言った。
「人殺しはしたくないが、何度も死ぬ思いをさせてやりたい男が、一人いるからと」
「……」
その言葉を聞いて思い出したのは、昨夜の差し入れだ。
婿候補が突然、馬肉料理を極めようとする理由が、はっきりと分かった。
何となく察してはいたが、入院前から目障りな状況も目立ち始めており、自分がいない今の、もしもの時の準備だと高をくくっていたのだが、決定的な何かがあったようだ。
「……
「はい。その婚約者さんと一緒だったので、全く問題ありませんでしたけど」
長谷川
藤原
藤原楓は、今は引退した政治家の藤原
主親子の内、父親の方はほぼ堅気の仕事に馴染んでおり、ようやく小学校教諭になった息子の方に心配の目が行くのは当然の事で、昨日もその鬼が一緒だった。
おまけに、弱そうな外見とは違い、瑠衣の婚約者はその気になると、厄介な存在だった。
「……カブトムシのオスに憑依させたら、どうする気なんだ?」
「最近飼い始めた、ヘラクレスオオカブトのオスの籠に、ぶち込むと言っていました。腹に穴をあけられて中身をひっかき回されて、苦しみながら死ぬ様を、何度も体験させたいそうです」
「斬新な報復法だな」
死なせてしまったカブトムシを使う辺り、ペットを虐待するのは、躊躇う男のようだから、好感が持てる。
「……人によっては、死んだ虫に鞭打つのかって、非難されるでしょうけど」
実際、エンはその案を聞いて、顔を顰めたとマリアが言うと、水月は眉を寄せた。
「何故だ? あいつも、調理する方向で研究を進めているようだったぞ?」
「そこはそれ、エンは、死んだ虫も栄養にする方が、供養になると考えている男なんで」
「だったら、腹に穴をあけられて、痛い感覚を味わわせた後、憑依が解けて動かなくなった虫を、そのまま
マリアが苦笑した。
「……生は、この国の食事になれた人には、危ないと思いますけど。まあ、その位は苦しめばいいですよね」
「ただ、その方法だと、元に戻せない可能性があるんです。何度も苦しませる、というのは出来そうもない。なので、こちらの知識を兎の獣に伝えて、応用した術を考えてもらう事にしました」
「成程な、それもいいな」
うんうんと頷く患者を見守り、女は小さく笑った。
「
「ん?」
何のことだと首を傾げる水月に、同じように首を傾げて見せた女は尋ねた。
「昔から、同性はおろか、異性相手でも、人に触れられるのが嫌だったと言うのは、本当ですか?」
「ああ、本当だ。大概、触れてくる奴は、色の欲求目当てだったからな。そうでないならば、同性だろうが異性だろうが、平気だが」
だから、無垢な子供は平気だ。
「それに、大人になったら、それぞれに触れられた時の感覚が、微妙に違うのに気付いてな、あれは所謂、子孫繁栄の本能によるものだったようだ」
唐突な問いだったのに、よどみなく答える男に頷きながら、マリアは確認した。
「どちらにしても、触れられるのは嫌だから、あえて自分から触れて、相手を満足させて終了させている、と?」
「誘われたら、大概そうする。だが別に、相手だけ満足させたいわけでもないぞ。お前さんたちもそうだろう? 相手が興奮しているのを見ると、こっちにその気がなかったとしても、徐々にその気になってくる。オレはその、その気になるのが遅いんだ」
「それは、そう見せている、というわけではないんですね?」
「? 何で、そう見せる必要がある?」
眉を寄せる男に、マリアは言った。
「寿さんは雅に、お父さんは拗らせた初心だったと、教えたらしいんです」
「……は?」
これ、違うな。
マリアは、昨日から薄々そう感じていた。
雅が父親を気遣い、エンとリョウの間柄を曖昧に話すと決めたのを止めなかったのは、数少ない友人の希望を汲んだだけだ。
血縁を、美化したい気持ちは分るから。
だが、実際に会って話した水月は、初心だの潔癖だの、そんな言葉は似合わない男に見えた。
異形と獣と原始の人間は、互いに天敵と認識していた。
だからこそ、一目でマリアの正体を見破られてしまったのだが、人間の方が異形の方からすると分かりやすい。
性質も弱点も。
水月の血縁は、今でも細々と続いている。
つまり昔から、血を繋ぐことに長けた血族だったのだろう。
そう目測を付けて問いかけてみると、水月はあっさりと頷いた。
「オレがいた里は、殆ど政略的に婚姻が決まる。まれに、生まれる前から伴侶となる者を決めてしまう巫女的な者もいるが、オレの場合、叔母が嫁入りした地で、婿入りが決まっていた」
その相手によって、性別を固定する。
「固定したら、伴侶となった相手でなくとも、お好みで子を増やせる。繁殖して支配していく血族の一つだ」
また、繁殖に邪魔なものを排除するために、今でいうハニートラップを仕掛け、寝首を掻くことでも知られた一族だった。
「女になって標的の閨に入り込み、寝首を掻いて逃げる。もしくは居直ってその一族を壊滅させる事も、母の代では茶飯事だったらしい」
「成程」
納得顔のマリアを見上げ、水月は困ったように笑う。
「寿は、オレから見たら、再婚相手になるんだ。手違いで、その相手との間に子は出来なかったもんでな。ああ、これは……」
「はい。雅には言いません。……そんな、印象を壊すようなこと」
「いや、寧ろ、壊し切ってほしい位だ」
「何を企んでいるのかは、あえて訊きませんけど、友人を幻滅させるのは、勘弁です」
今迄でも、娘が抱いている印象は最悪なはずなのに、そんなことを言う女を見上げつつ、尋ねた。
「こんなことを確かめて、何が訊きたいんだ?」
真っすぐ訊かれてしまい、マリアは少し動揺した。
「あ、そ、それは……」
「エンの話では、ランとジュラが、酒の席でよく暴露していたと言う話なんだが、その話か? それは、オレが関係している話なのか?」
「ど、どうでしょう? 何だか、そのようでそうでないような……実はあの二人、ジュリやメルが知らない人物を、酒の場で頻繁に親し気に話題に出して、特にジュラは思い返しては消沈していたんです」
同じ話を聞いていたエンも、その人物に心当たりはなかった。
メルどころか、ジュラの妹でもあるジュリですら分からない人物という事は、もっと前に群れにいたが、短期間でいなくなった人物、という事になる。
「メルよりも前という事は、あなたがまだ、健在の時かなって。それなら確かめてみようって、エンとも話していたんですが、雅に初心なんだって暴露されちゃったもので」
「暴露じゃないだろう。それは、勘違いだ」
困った顔を作って揶揄う女に、水月は苦い顔で返す。
一体、何処を取ってあの女狐は、自分とは程遠い言葉を連想したのか。
というか、雅も信じてはいないのだろうと思う。
でなければ、事件が終結した後の見舞いでの会話は、成り立たない。
「ああ、それは、あの子も素直な子ですから。初心なんだって、思い込みたい気持ちと裏腹に、ついつい、って奴だと思います」
ついついで、される相談でもなかった気がするが、それはそれ、だろう。
「まあ、いい。どういう話だ? 今日は、昨日のように、曖昧に話をぼかすなよ。エンとリョウの本当の関係性を曖昧にしたようには、決してするな」
「了解しました。お話いたします」
やんわりと笑いながら、真面目な命令口調を作り、そう念を押すと、マリアは背筋を伸ばして、丁寧に言い切った。
酒が程よく入り、ジュラの口が軽くなると決まって、その話題が持ち上がっていた。
内容は、ランがいなくなってからも、それ以前も変わらない。
だた、ランがこの世を去る数年前から、多少の変化はあった。
「と言ってもその、問題の人……女性なんですけど、その人の言っている意味が分かったと、ランが反省し始めたってだけで、それ以外は変わらない話題です」
「女性?」
「はい」
その女性は、ランとジュラが成人する前に、筆おろしをしてくれた人なのだそうだ。
「……」
「本当に綺麗な人で、ジュラなんかぞっこんだったんですよ。で、成人する記念に、女をあてがおうとするカスミの旦那に、その女性がいいとふたりして頼み込んで、その方も了承してくれたそうで……」
「ああ」
「その、二人の相手をしてくれた女性の正体が、全く知れなくて」
分かっている情報が、少なすぎた。
「あの頃、ランの妹と、その友人たちは、その内の一人を仕事に送り出す準備で忙しくて、二人の相手をする暇はなかったと。あっても、妹や既に相手持ちじゃあ、そんな頼みに了承しないでしょう」
そういう経緯で宛がわれたその女性は、話の限りでは相当の曲者だった。
「どうやら、一晩中不慣れな二人の相手をしても、平然とその場を後にしたようで。その時の捨て台詞が、『下手くそ。いくら慣れないからと言っても、相手を思いやる暇もない青二才が、色事の喜びを語るんじゃない』だったそうです。あ、中略してます。ジュラの泣きが入って、途中聞き取れなかったんです」
「……そうか」
小さく笑った水月が、頷いた。
「その女の事が、知りたいのか?」
「……ご存じ、なんですか?」
「ああ。予想通り、な」
その女は、その時限定で呼び出された。
「カスミの旦那とも馴染みの、気安い女だったし、男の扱いにも慣れていたからな」
カスミの故郷の、幼馴染の連れ合いだった。
「あの女も、寡婦だったんで、ガキ二人の筆おろしなんか、赤子の相手と同じだったんだ」
水月や伯母の葉月が所帯を持った相手の一族は、情の濃い武闘派の部族だった。
血縁同士の絆も強く、仲良く兄弟が同じ女と一夜を過ごすことも、よくあった。
祝いやここぞと言う時の呪いじみた祭りでも、複数の男女が情を交わす、所謂乱交パーティを一族ぐるみで行う。
「……え」
「伴侶となった者への情は厚く、その意を尊重しつつ、優しく子種を提供、もしくは引き出すことを良しとする血筋だった。そして、これが一番、あの血族を衰えさせた要因だと思うんだが……」
一度伴侶と縁を繋げば、たとえ相手が不義を働いても、その相手を通して血筋を繋げる強靭な種を持ち、女の方も相手に卵を数個単位で丸投げにできる代わりに、伴侶は生涯一人と決められていた。
その取り決めは大昔から存在し、その女はある事情で、旦那の子を孕むことなく、寡婦となっていた。
そして余談なのだが、カスミを儲けた後、その父が溺愛しているはずのメルと情を交わすことをしないのは、そのせいらしい。
まかり間違って、カスミのような子を孕ませるのは、了承できないのだろうと、メルは悔しそうだった。
「……その女の場合、誰の子であれ、孕むことができたかは怪しいんだが。まあ、そう言うわけで、気楽に二人の相手をしたわけだ」
「……」
目を細めた女に笑いかけ、水月は優しく問いかけた。
「正確に、その女の捨て台詞が知りたいか?」
「……いいえ。やめておきます」
「そうか。で、知ってどうするんだ? その女は、すでに故人だ」
いくら原始の人間でも、寿命は存在する。
「異形になりかけているシノギの旦那と、一緒にしてくれるなよ」
カスミの血族とは、全く血がつながっていないのに、未だに祖母まで健在なのが、証拠だ。
あれは既に、異形の仲間入りしようとしている。
そうなる前に、一泡吹かせてやりたかったのだが、この入院は体を鈍らせるには十分な時間ロスで、実はこれが、水月が落ち着かない理由でもあった。
少し意地悪な言い分にマリアは静かに首を振り、言った。
「その女性のお陰で、ジュラは初めから、女性には優しく接するようにしてくれていました。ランの方は随分、反発していましたが、亡くなる数年前からは、これまでとは打って変わって、優しく接してくれていました。その人のいう事が分かったって。だから、もしも会えたらお礼をと、思っていたんですが……」
「成程、女っ気がない群れで、寿まで抜けてしまっては、残りの娘にお鉢が回ってきてしまうのは、当然だったな」
「カスミの旦那が、母を引き入れた理由がこれだと思います。こちらとしても、無暗に男を襲う必要が無くなったので、利害が一致していました」
申し訳なさそうにする水月に慌て、女は首を振って返して、続けた。
「それに、雅という気の合う人をこの世に出してくれました。あの子が男だったらって、本当に残念で仕方がなかったんです」
「そうか。だがあの子も、男に化けるくらい朝飯前だろう?」
「ええ。ですけど、エンの手前、頼みづらいです」
「何を言ってるんだ。あんな甘ったれを気にしてやる必要はない。多少は焦らせてやれ」
優しく言い切った患者に、見舞客の女は声を立てて笑ってしまった。
病院を出たマリアは、白黒の男と並んで歩きながら、携帯機器の電源を入れた。
そして、ある番号に電話をかける。
仕事中なのか、留守電のアナウンスが聞こえ、録音に切り替わった後、声を吹き込んだ。
「……予想通りよ。後は、よろしく」
ほんの、短い伝言だったが、相手は察するはずだ。
すぐに電話を切った女の肩に、音もなく白い鳥が降り立つ。
「……聞くんっじゃなかった」
甲高い声を、精一杯抑えた言葉に、男も苦い顔で頷く。
マリアも苦い顔で溜息を吐き、呟いた。
「……出歯亀して盗み聞きしていたから、正確なセリフも覚えているんだって、そう思っておきましょう」
「今更かっ?」
鳥と男の声が揃った。
マリアも今更とは思う。
エンもマリアも、雅が来る前から、あの二人の酔った上での告白を聞き続けていた。
そして実は、何度かその女性の名前も、聞いていた。
雅が来て以降、ジュラが泣きながらその名を呼ぶのをやめた時、不思議に思ってはいた。
だが、ジュラなりの気遣いだったと、今確信した。
「雅には、死んでも言っちゃだめですよっ」
「オレたちは、顔を合わせる機会はないから、朝飯前だ」
真剣に頼む女に、男が重く返す。
そう、マリア本人が一番、口を滑らせない努力が必要な真実が、秘かに明かされてしまっていたのだった。
一番まずいのは、その真実に気付いたと、水月にも察せられてしまったことだ。
早晩、雅にもその事実を知らせてくれるだろうと、暗に期待されている。
「終活をしているようだと、エンから聞いていたんだけど、本当みたいね」
「そうでなかったら、あの伝説の頭の右腕が、頭の右腕らしい変態だったようだと、納得してしまいそうになるが」
娘に嫌わせるようと、あえて自分のクズさ加減を暴露していたが、自傷行為と似たり寄ったりだ。
「とりあえず、オレたちが今日見舞いに来たことは、受付しか知らない。匂いも散らしてきたから、そこから誤魔化すしかないだろう」
男の言い分に、マリアも頷いた。
雅には、今日の国際便で出国すると伝えてある。
今晩は飛行場の近くのホテルに宿泊し、そのまま日本を後にする予定だから、この混乱している気持ちを隠す努力をする必要はない。
次に会う日までには、動揺を消せるはずだと、二人と一羽は真面目に頷き合った。
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