私情まみれのお仕事 外伝6 話題交換を楽しもう!
赤川ココ
第1話プロローグ
数日前、
今の職場から近いこの病院から、森口家の近くの病院へ転院させる暴挙は、周囲の反対でとどまったが、代わりに入院中の動きを制限されることとなってしまったのだ。
「そりゃあ、バレるって。だって、休職願を出したでしょ? それを知ったあなたのお父さんが、心配しないわけないじゃん」
何故バレたのかと、真顔で唸る森口水月に、見舞いに来た同僚に近い立場の同窓生が、気楽に笑った。
「届を受け取ってからすぐに、うちの職場に話を聞きに来てたよ」
そこから、病院のここに行きつくまで、意外に時間がかかったのは、仕事に関わっていた者たちの隠匿によるものだ。
それを知った森口
それを聞いた時、まだ怪我人でよかったと思った。
腹の怪我は塞がっているが、躓いた時に捻った足のお陰で、その雁首の仲間入りを免れていたのだ。
怪我の功名とは、こういうものなのだなとその時は思ったのだが……。
前代未聞の説教を繰り広げた後、初めてこの病室に見舞いに来た律は、固い顔で言った。
「いい機会ですから、全快するまで入院してください」
そして、いつの間に味方につけたのか、病院の副院長である医師に合図を送り、水月の捻挫した足首を、しっかりとテーピングで固めてしまったのだった。
文句を言う事も、拒否する事も出来なかった。
「何なら、ギブスをはめる立場に、なりますか?」
恐ろしく冷たく言った戸籍上の父親が、見下ろしながら手指の骨を鳴らして見せたのだ。
ギブスをはめるために、足をへし折る気だ。
逃げようと思えば逃げられたのだが、そこまでの覚悟をしてここにいる律に、水月は折れた。
折れるんじゃなかったと、今は後悔している。
意識を取り戻して一週間もたたないうちに、暇を持て余し始めてしまったのだ。
今迄、休みの日も何かしら活動していた身だ。
病室とトイレ、診察室を行き来するだけの毎日は、苦痛でしかなかったのだ。
付き添い兼監視のエンは、平日の昼間は元の職場に復帰していて、いない。
その時間にこっそりと、散歩にでも出ようかと目論み始めた丁度その日、朝食を終えた水月の元に見舞客がやって来た。
「おお、本当に入院してる。患者さんだ」
「新鮮だ。暴れてるところしか見たことないから、こんなに大人しくしてるなんて、思わなかった」
どちらかというと、母親の方に似たこの二人は、狐の妖しにしては弱い部類だ。
オスの狐は希少で、恨みを買いやすいため、保護されたときに伯母に当たる藤原蘇芳の保護下に入ったのだ。
獣の妖しと相対しても対処できる程度には力を付けたが、それ以上の力は望んでいないらしい。
本来の性を取り戻すほどの力は得ているはずなのに、今も母親似の美女のままだ。
特に浅黄の方は、学校でも意外に人気があり、男子にもよく告白されていたようだが、歯牙にもかけなかった。
二足の草鞋に夢中で、色事に興味がないというのは、断る時の口実だそうだ。
本当は……。
「気になる人は、いるんだよ」
浅黄と萌葱は、こっそりと告白してくれた。
「でも、高嶺の花過ぎて、どうしようもないんだ」
「妥協する気はあるんだけど、あれを基準にした妥協じゃあ、ちょっとねえ」
その時の二人は、同じ人物を思い浮かべているようだったが、誰かは全く分からなかった。
見舞いにやって来た浅黄と萌葱は、ひとしきり無言の水月を揶揄ってから、本題に入った。
「そろそろ、暇を持て余し始めるころだから、何か持って行ってやれって、律さんに命令されました」
敬礼しかねない姿勢で告げる二人を見上げ、水月はつい苦い顔になった。
本当に、どこまで動きを把握されているのか。
可愛い弟子の成長の賜物なのだろうが、素直に喜べない。
苦い顔のままの男に、浅黄はボイスレコーダーを差し出した。
「?」
「看護婦さんでも、患者さんでもいいから、色恋話の収集を、お願いします」
本業と、全く関係ない。
どちらかというと、浅黄の副業の方に関係ありそうだ。
そう漏らした水月に、同級生の一人だった女はあっさりと頷いた。
「下手に仕事の手伝いはさせられないでしょ? これなら、ちょっと移動するだけで済むし」
「患者全員が対象なら、この病院内全てを回るから、かなりの運動量だが?」
「その位なら、問題ないだろうと、担当医と律さんに許可をいただきました」
そう言う手回しは、早い。
感心した水月はすぐに承諾し、手土産を受け取ったのだった。
承諾したはいいが、案外難しいと知ったのは、すぐ後だった。
理由は、時代の変化が大部分を占める。
「露骨に訊くのは、駄目だな」
「駄目ですね。特に、あなたの病室の下の階は、小児科ですから。教育上、よろしくありません」
集中治療室だった初めの病室から、遥かに離れた病室に移された理由は、子供好きによる、子供好きに対する対処だったらしい。
「要は、子供が多い場所で、変な修羅場にならないよう、入院患者であるあなたも注意するでしょうし、雅さんや律さんも、その理由で誤魔化せるのではという、数人の目論見ですね」
「……雅やオレは兎も角、律は全く誤魔化せないだろう、それは」
実際、全く遠慮した様子はなかった。
憮然とした水月に頷き、診察を終えた
「兎に角、患者や病院関係者に恋バナは、難しいと思いますよ。特に、あなたが望むようなきわどい話は、出てこないです。お見舞いに来て下さる方々に、話を振ってみては?」
「それしかないか。ちなみに、お前さんは? 拗らせた恋バナは、持っていないのか?」
言った傍から、と苦笑しつつも、朔也は答えた。
「普通の恋愛はしましたけど、拗れませんでしたよ」
「そうか」
「親父が生きていた頃ですから、相手ももう所帯持ちです」
「……それは本当に、普通の恋愛か?」
聞きかじった話では、朔也の実父は英国の刑事で、今は故人だと言う。
その、故人となった時の朔也の年齢は、不明だ。
金田玲司と母親が再婚したのは、朔也が思春期になるかならないかの時だったと、聞いている。
「あ、今の親父と母の間には、恋愛感情は皆無です。だから、あの二人も、あなたのネタにはできませんよ」
「皆無? 本当にか? 一応、男と女の間柄だろう?」
耳を疑った水月に、朔也は苦笑しながら答えた。
「互いの利害が一致したから、戸籍だけ夫婦になっているんですよ。多分、そういう関係にも、なっていないんじゃないかな」
何故なら、一緒にいる所を見る事も、滅多にない。
「年末年始のどちらかと、盆に時々、一緒に食卓を囲みますけど、それだけです」
世間ではおしどり夫婦と思われているのが不思議だが、どちらも年中忙しいものの、互いを立てているのは事実だから、こんなものだろうと朔也も思っていた。
きっかけが、病人と医者の関係だったから、その延長線上なのだ。
「もし本当に、二人が思い合うようになるとしたら、二人が引退した後ですね」
片や医者、片や有名女優。
医者の方は、年齢を理由に引退できるが、母は死ぬまで役者を続けたいと思っているはずで、先どころか見込みがない。
「意外にないものだな」
気楽な担当医の弁で納得し、水月は溜息を吐いて診察室を後にした。
見舞客を詰問するにしても、目新しい客は見込めない。
どうしたものかと思っていた矢先、思いもよらない見舞客を迎えることになった。
その日の夕方、
「マリアと申します」
「……」
しかも、完全な異形だった。
「……御免ね。入院生活が長くなってしまったせいか、女性を見ると目の色が……」
「そんなあほな理由で、黙っていたんじゃないんだが」
優しく謝罪する娘を遮り、水月は紹介された女を、ベットの上に座った姿勢で見上げた。
「淫魔にしては、色がないな」
第一印象を正直に口にすると、マリアと名乗った女は小さく声をたてて笑った。
「あからさまにそう見えては、警戒されるじゃないですか」
雅の肩位の背丈の栗毛の女は、笑いを収めて言い放った。
「相手を定めたら、百発百中です、今の所」
「セイとエンには、狙いを定めたことが、ないそうです」
「……ちょっと、それを言ったら、一気に経歴の評価が下がっちゃうじゃないっ」
さらりと付け足した雅の言葉に、マリアは暗に肯定しつつも、言い訳した。
「あの二人と今の私とは、同年代だから。母の代ならば、可愛い獲物だったんだけど」
異形には、血を繋ぐと言う意識がない。
長寿な種が多いから、無理につなぐ必要がないと言うのがその理由だが、生涯があまりに長いため、よその生き物に目を向け、良くも悪くも動いてしまう。
その過程で、獣や時に人間と交わり、子孫を作ってしまうのだが、異形が男であれ女であれ、そこ子への執着を見せることは、ほぼない。
逆に、通じた相手の意識を、己から逸らしてしまう存在は、嫉妬の対象と見られ、命を狙われることもある。
「獣にも、実の子供に嫉妬して牙をむいた例は、数あるけど……私たちは、分身を産み落とす感覚で、子を残してその子に記憶も移す」
子を産み落とした淫魔の親は、すぐに消滅すると言われている。
男女どちらの場合でも、子が世に出てきた途端、周囲が瞬きする間に消えるのだと、目撃した者たちは口をそろえた。
「私の父親は、人としてはクズな男だったから、女の子の私を持て余したみたいで、十歳前後の時にあの群れに置き去りにされた」
既にカスミが出奔し、幼い少年が率いていた群れで、マリアは少年の幼馴染として、時を過ごした。
「私の方が、お姉さんだったんだけど、ジュリがいたからかな、幼馴染ポジションだったわ」
懐かしい名前が出てきた。
そう言えばと、水月は思う。
ジュリの匂いをほのかに纏う男が、この病院にいる。
あの男からも一度、深い話が聞きたいものだ。
つい、考えをよそに向けている男を見つめ、マリアは雅へと目を向けた。
「そっか。これが、あなたの憧れの御父上かあ」
「ち、ちょっと、ここでそれは……」
「アコガレ? すまん、現代語は増える一方で、覚えるのが追い付かない。分かる言葉で言い直してくれるか? 憧れるの方しか、思い浮かばなかった」
焦った娘の言葉に被せる様に問うと、マリアが盛大に噴き出した。
「マリア……」
「おかしいな。私、ランとジュラにも、あなたの事は、鋭い男だったって聞いていたのに……」
「……鈍らせているつもりは、ないんだが?」
よく分からない笑い方をされ、つい眉を寄せる水月に、マリアは軽く手を振りながら答えた。
「勿論、鈍ってはいないと思いますよ。だって、私の正体を、初見で見極められたのは、セイだけだったんだから」
最もセイの場合、異形と見抜いただけだが。
まだ笑いを残したままそう言い、女は居心地悪そうな雅の背を軽く叩き、声を改めた。
「これの件について、報告に上がりました」
言いながら、手にしたままだったA4大の茶封筒を、水月に差し出した。
「?」
「この国の滅亡の経緯を、あなたに説明してやって欲しいって、雅に頼まれましたもので。終わった仕事を他に漏らすのは、駄目なんですけど、まあ、一度あなたとはお会いしたかったし、この国に関わる会社のせいで、怪我をされたのなら、教えてもいいかなって」
軽い言い訳だ。
報告書は、かなり重い内容だと言うのに。
「……獣の依頼?」
「そう、あの国の周囲に住まう、ネコ科の獣です。その国とはこれまで、暗黙の了解で、餌場を共有していたのですが、最近は図に乗っていたらしく、野生の動物を無作為に狩り始めてしまったんです。その上、先月とうとう……」
獣の里の娘を連れ去った。
「好き合って嫁に出すなら許していたけど、完全な騙し討ちの拉致行為だったものだから、アウトでした」
少し前から、留学と称して一時出国した国民が、欲を露わにする事件はあった。
これはそろそろ不味いねと、仲間たちとも話していた矢先だった。
「金銭への欲も、表ざたになっていないだけで、結構出て来ていたんです。周囲の国相手に」
「つまり、営利目的の、誘拐か?」
「はい。表ざたにできないのは、あそこが他国では国としてではなく、民族として認識されていたせいです。侵略は世間的にも、いい印象は持たれない」
保守的な民族ならば、そんな周囲の思惑なども気にせず、生活を続けるだろうが、そこは違った。
ここでも、完全に調子に乗ってしまった。
「件の獣が怒髪天を抜いたのは、その娘の拉致ですが、よその国々が完全に敵認定したのは、ある公開処刑です」
里帰りしていた嫁と、それに付き添って、遅い里帰りも行っていた婿の母親、そして、生まれたばかりの赤子。
天候が思わしくなく、予定よりも数日遅れて帰国した彼女らは即刻拘束され、弁解の余地なく処刑された。
「見せしめの意も、あったんでしょう。ですが、これが国内でも、不満が噴出する原因となりました」
その動きの一つが、この国にやって来た二人の革命家だ。
「彼らの母も、国外から嫁入りした人です。里帰りすら満足にできない国に、不安を覚えたのは、仕方がないでしょう」
その里帰りを理由に、母を郷に逃がしたうえで、あの取引に望んでいた。
「もう一つの目立った動きが、王を誑し込んだ娘、ですね。その辺りの事を、その報告書にはまとめてあります」
その報告書を読みながら訊いていた水月は頷き、尋ねた。
「篭絡はお前さん方にかかれば簡単だろうが、山津波はどうやった?」
「雨が降る日を見計らって、関係者全員の体を借りて、その辺りの山を丸裸にしちゃいました」
言い方が卑猥だ。
だが、やっていることはどちらかというと残酷で、完全な計画だった。
根元から木や草を伐採された裸の山に、大量の雨が降り注いだら、障害がない土は一気に斜面を流れていく。
これまで、様々な災害に無縁だった土地の者は、危機管理能力は皆無に等しかっただろうから、抗う間もなかっただろうし、支援も届かない場所の上、外国との交流もほとんどない国だ。
あの地の復興は、絶望的だったが……。
「当時の王のやり方に不満を持った国民は、既に他国へ逃げていましたので、余裕を持った計画でした」
犠牲になったのは、その暴君と側近、彼らに同調していた住民だけだった。
ただ、あの国の最期を惜しむ声は、多少あった。
昔のあの国は、舅姑を立てる者が多く、女を国に連れて行くにしても、殆ど荒波は立たなかったのだ。
「何処かの国からの流れ者が、気に入った女を連れ去って、あの国に逃げ込むことがあったので、遺恨を持っている者の方が多かったんですけどね。私たちの間では、戦闘能力にたけた国だと有名だったので、それで惜しむ声があったわけです」
「それは、エンも言っていたな。それを聞いて、オレも少し惜しいと思ったわけだが」
「実際は、それほどでもなかったみたいですね。国の誕生も、敗北者と犯罪者の集まりが起源ですし、世間の目から逃げてきた者が、多かったはずですので」
難民となった生き残りの国民たちは、故郷の消失に衝撃を隠せないようだが、自然の災害が相手では仕方がないと、受け入れ始めていると言う。
真実は、闇に葬られる予定だ。
「余計な犠牲は、最小限にするのが、事を起こすときのお約束なので、今回の事を頼まれた時点で、精密な計画は立てていました」
「目を掛けていない時の犠牲は、防ぎようがないからな。上出来の方だろう」
「そう言っていただけると、少しだけ気が楽です」
丁寧に頭を下げ、マリアが話を締めた。
「何か気になることがありましたら、お受けいたしますが」
「そうだな……」
目を細めた水月は、優しく問いかけた。
「その山の獣とは? ネコ科とあるが、猫ではないんだろう?」
「はい。虎に近いですね、あれは」
軽く驚いた父親に、雅が困ったように白状する。
「
「そうだな。その獣の方が、縄張りを出てまで、人間に仕えようとはしないだろう」
一人行動が主の獣の上、種類が猛獣だ。
日本での酷使は難しい。
「
「言うほど、見掛け倒しでもないはずだが……その獣共の力量が分からないから、そういう心配も必要だな」
話は収まり、用件が済んだマリアだが、遠い国からわざわざやって来た女を、こんな短時間で返すのは惜しい。
水月はさりげなく誘導し、昔の話を根掘り葉掘り聞きだし始めた。
その手腕に内心舌を巻きつつ、マリアもその思惑に乗り、セイやランに初めて会った時の話や、エンの隠れた趣向などを、面白おかしく暴露することにした。
「エンの趣向って、生き物を見たら料理方法を考えることじゃないのか?」
「それだけじゃないんだよ、雅……気づいてない? あいつ、意外に髪フェチなところがあるんだよ」
「あ、ああ。そうだね。そう言えば、そうだ」
そう言われて雅も思い当たり、つい水月を見てしまった。
未だに散髪できていない父親は、無造作に一つにまとめた髪に触れながら、心底嫌そうな顔になっていた。
「これも、罰じゃあるまいな?」
「意図はしてませんでしたが、罰になりそうで、何よりです」
そう言えば、群れを離れた時に渡されたセイの髪の束を、随分長い間大事に持っていたと聞いた気がする。
遠い目をする雅の横で、マリアは少し眉を寄せた。
「成程ね、すれ違いや考え方の相違は、個々の問題だから仕方がないけど、これじゃあ、お父さんも二人の仲を、容易に許せないよね。男女問わず、髪の綺麗な人に吸い寄せられるのは、問題だもの」
「吸い寄せられてきたことは、ないが? どちらかというと、雅の髪の毛の方が、手入れされている分綺麗だ」
「男女の差もあるでしょうし、そんな差、エンが気にするとでも?」
何で、よりによって、婿候補との不義を疑われているのだろうか、自分は。
マリアにだけではなく、娘にまで反論されて憮然とした時、病室の扉を躊躇いがちに叩く音が響いた。
気を取り直した患者が返事をすると、音と同じように躊躇いがちに、ゆっくりと扉が開き、男が顔だけのぞかせた。
「どうも、こんにちは。見舞いに来たんですが、出直しましょうか?」
これも、珍しい客だった。
医師ではあるが、個人経営の医院をしている男だ。
軽く驚きながらも、水月は答えた。
「人数制限はないから、入ってくれ。一人か?」
「いえ、ユメも一緒です」
夫婦でやって来たらしい。
確か、息子の
水月の言葉を受け、
「怪我をされたと聞いて、驚き……」
セリフが途中で途切れた。
声だけではなく、息すら途切れてしまったようで、口をパクパクと動かしたまま、動かなくなった。
「っ? どうした?」
目を見張る水月の前で、扉を背に立つユメも目を見開き、すぐに旦那の様子を伺って動いた。
「リョウ、今日は、帰ろう」
「ええ、悪いよ。わざわざ来てもらったのに。ねえ?」
慌てた声に、優しい声が答えた。
その声にびくつくリョウに、声をかけた雅に話を振られた女が、にんまりと笑う。
「奥さんを心配させて、悪い人だね、相変わらず」
「ひっっ」
「ち、ちょっと二人ともっ。もういいじゃんっ。許してよっ」
さらに焦ったユメに、二人の女は可愛らしく首を傾げて見せた。
「許すも何も、私たちはあれでチャラにしたよ」
「だから、リョウ君もユメさんも、あれでチャラにしてくれないと、ねえ?」
仲がいい二人に、ユメが頭を抱える。
「私もチャラにしたけど、やられた方は、そうはいかないんだってばっ」
「ええー。自分でやって来たことを、返されただけなのに? どうして?」
雅が不思議そうに首を傾げ、マリアが少し考えて手を打った。
「足りなかったんだわ、きっと」
「ひいっ?」
「丁度、お誂え向きにベットもあるし、のど元過ぎるまで、やっちゃう?」
「い、嫌だあっっっ」
突然泣きの入った悲鳴を上げられ、水月は目を剝いて驚いてしまった。
情けない悲鳴だったが、それ以上に情けないことは起こらなかった。
女房にしがみついた良は、そのまま失神してしまったのだ。
「……あれ? 遣り過ぎた?」
「って言ったじゃんっ。どうするのさ、重くて連れて帰れないよっ」
自動車免許を取得していないユメは、戸惑う二人の女に本気で怒っている。
「ご、御免。余りに取り乱されたもんで、つい……」
マリアが慌てて謝る横で、雅は不思議そうに首を傾げた。
「今までここまで発狂しなかったのに、何で今更?」
「だからっ。あんたたち二人や、セイ個人で顔を合わせる分には、平気なのっ。まさか揃って顔を合わせるとは、思ってなかったからっっ」
「ああ……それは、すまなかった。君たちが、この人を見舞ってくれるとも、思ってなかったものだから」
困ったように謝った雅は、その見舞っている相手がベットを降り、杖なしで移動して良の元へ寄るのを見た。
「御父上?」
「倒れている相手を、そのままにできるか」
目を細めた娘に返しながら、水月はリョウの様子を伺い、自分のベットに運ぶべく、その体を起こす。
それを見た雅が溜息を吐いて近づき、父親からそれより長身の男の体を奪い、抱き上げた。
それを見たマリアがすかさず病室を見回し、簡易ベットの存在に気付き、折りたたまれたそれを開く。
マットレスを敷いたその上に、抱き上げて運んだ男を横たえた娘と、その友人のさりげない動きに、水月は思わず目を見開いたが、その二人が振り返ったところで我に返った。
慌てて自分も、ベットに戻る。
その時、雅が小さく舌打ちをしたように聞こえたのは、きっと幻聴だ。
咳払いして、一度もここから動いていないとでもいうように、さりげなく問いかけた。
「何事だ?」
「お灸が、ちょっと強すぎたみたいです」
答えは短い。
ユメは反論したいが出来ないらしく、悔しそうに二人を睨んだ。
その女の視線を受け、昔馴染み同士らしい二人は困ったように溜息を吐く。
「遣り過ぎたつもりは、ないんですけどねえ」
「分かってるよ、それは。あんたの仲間たちの獲物を、横取りしていたリョウが悪かったのも。その罰を、一対一で返して行ったって言うのも、知ってるよ」
不味いなと、水月は思った。
短い会話なのに、深い事情が見え隠れしていて、聞いているのがつらい。
余計な想像をしてしまう前に、真相をぶちまけて貰う方が、良さそうだった。
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