第25話 あの頃に戻ったような
看守たちがすべて倒れ伏し、あたりに静寂が戻ると、ロニは岩場を駆け降りた。視線の先には、手を縛られたまま、何が起きたのか分からず呆然と立ち尽くす労働者たちがいる。そして、その中に父がいた。
「お父さん!」
ロニは父の名を叫び、駆け寄った。父もロニの声に気づき、こちらに視線を向けた。
ロニは父の元へ駆け寄り、その場でひざまずいた。父の手首を縛る紐を、腰に差したナイフで切る。もどかしくて手が震える。早く、父の手を自由にしてあげたい。
紐が切れる。ロニは父の顔を真正面から見つめた。やつれてはいるが、間違いなく父だ。父もまた、目の前にいるのがかつて幼かった娘のロニだと、ようやく事態を飲み込み気づいたようだった。
「…ロニ…なのか? 本当に…?」
父の声はかすれていた。ロニは、もう二度と会えないかもしれないと思っていた愛する父の姿を目の前にし、堪えきれずに抱きついた。
「お父さん!お父さん!」
父もロニを力強く抱きしめ返した。あの頃よりずっと痩せてしまった体だが、紛れもない父の温もりだった。
その時、パウが父の足元に駆け寄り、足にすがりついた。父はパウにも気づき、驚きと安堵が入り混じったような表情を浮かべた。
色々なことを話したい。どこにいたのか、なぜこんな場所にいるのか、ゴドロックのこと、村のこと、ゴブリンたちのこと…。
聞きたいことも伝えたいことも山ほどある。しかし、言葉にならない。喉が詰まり、何も声が出てこない。代わりに、大粒の涙がとめどなく溢れ出し、父の汚れた服を濡らした。
父も何も言わずにロニを抱きしめながら、その頭を優しく撫でてくれた。その手つきは、あの頃と全く変わらなかった。
しかし、感動的な再会の傍らで、現実の光景が広がっていた。ゴブリンたちは、倒れた看守たちの亡骸に群がり、貪り食っている。
一方、解放された労働者たちは、恐怖と混乱のあまり、小さく悲鳴を上げたり、うずくまったりしていた。彼らにとって、ゴブリンは恐ろしい存在なのだ。
ロニは、食事中のゴブリンたちをそのままに、まずは労働者たちを安全な場所に移す必要があると考えた。彼らをゴブリンたちの食事が終わるまで傍に置いておくわけにはいかないからだ。
「皆さん、大丈夫ですか!?もう、安全です!」
ロニは労働者たちに呼びかけた。彼らはロニの姿を見て、少しだけ怯えを解いたようだった。ロニは彼らの縛られた紐を一本ずつ切り、解放してやった。
「ここからは、もう大丈夫です。一緒には連れて行けないので、このまま解放します。街に戻るか、どこか安全な場所を探してください」
ロニはそう伝え、街の方角を指し示した。労働者たちはロニの言葉を聞き、互いに顔を見合わせ、不安そうにしながらも、ゆっくりとその場を離れていった。
父とパウと共に、労働者たちを見送ったロニは、改めて父の様子を見た。
強制労働によって頬はこけ、全身から疲労感が滲み出ている。しかし、ロニとの再会と、あの場所からの解放によってだろうか、その瞳にはあの頃の活力が戻ってきているように見えた。
「お父さん…」
ロニは再び父に寄り添った。この場で、これまでの全てを父に話したい。ゴドロックのこと、人買いのこと、ゴブリンたちの村のこと…。しかし、時間は限られている。いつまでも到着しない労働者たちを不審に思い、他の看守が異変に気づき、見に来るかもしれない。ここは危険だ。
「お父さん、ここで全部話すのは時間がかかるし、危ないかもしれない。わたしたちの村に戻りながら、ゆっくり説明するね」
ロニは父にそう提案した。父は頷いた。
「分かった…」
ロニは、父とパウを連れて、食事を終えたゴブリンたちの元へ戻った。ゴブリンたちは、満腹になったのか、満足そうな顔をしている。
彼らに、父を助け出したこと、そしてこれから村に戻ることを告げた。
ロニは父の手を引いた。パウはロニと父の間をちょこちょこと歩く。まるで、平和だったあの頃に戻ったような錯覚に陥る。
森の奥、ロニとゴブリンたちの村へ。新しい家へ。
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