第1話 夜の逃亡 


 冷たい夜の空気が冷んやりと塔の中に漂う中私は塔の一番上の階にある部屋の中で深い眠りについていた。


「起きて下さい。頼むから起きて下さいよ」


 私が幽閉されている塔の部屋の鍵を壊して部屋の中へと入った人物は夜の光が差し込む白い床に眠る私の身体を揺さぶりながら声を掛ける。


「んん……」


 誰かに声を掛けられながら体を揺さぶられことにより私は目を覚ます。

 こんな時間に一体誰よ?と思いながら眠っていた自分の体を揺さぶり起こしたであろう人物に目を向ける為、重たい体をゆっくりと起こす。


「起きなかったら強制的に連れて行く所でしたよ。此処から逃げますよ」


 男は起き上がった私を見つめながらそう告げる。起きたばかりでまだ眠い状態であるせいか、私は男が自分に言ったであろう言葉がすぐに理解出来なかった為、思わず間抜けな返しをしてしまう。


「はっ……?」

「あー、もしかして理解出来ませんでしたか?」


 男は私の返答で理解出来ていないことに気付いたのか少し申し訳なさそうな顔を浮かべて問い掛けてくる。


「えっと、ごめんなさい。まず貴方は誰?」

「はい? 俺は貴方の専属護衛ですよ。何を馬鹿なことを言っているんですか? 此処にいる間に頭でも打ちましたか?」


 男が放った専属護衛ですよ。という言葉に私は混乱し始める。

 自分には専属護衛などいないはずだ。そう思いながら私は目の前にいる男を見つめて告げる。


「そもそも私、貴方みたいな人と会ったこともないのだけれど」

 

 黒髪に、黒色の瞳。身長も高く、スリムな体型で容姿もかなり良い方であろう。男が身に纏っている服は騎士の制服だろうか。

 

 しかし私には目の前にいる男に全く身に覚えがなかった。

 男はそんな私の言葉に少し驚いた顔をしたが、何かを思い出したように呟く。


「はぁ…… あいつらが言ってた嫌な予想を的中したな。もう鎖は外れてますよね?」


 男は立ち上がり、私の手を優しく掴み立ち上がらせる。部屋の窓から入り込む月の光が私と男の姿を照らす。


「え、本当だわ。貴方が外してくれたの?」


 私は自分の足に付いていたであろう足枷がないことに気付く嬉しそうに声を上げる。


「他に誰がいるんですか? もたもたしないでください。あと気付かれてしまうのでそんなに大きな声を上げないでください」

「わかったわよ。というか、貴方、私をこの塔から出してくれるの?」


 私が目の前にいる男に問い掛けると男は頷き真剣な顔で私を見つめて告げる。


「ああ、貴方を助ける為に俺はここまで来たんだ」


 男はそう言うなり、私を担ぎ上げる。


「え……! ちょっといきなり何……!?」


男のいきなりの行動に私は困惑した声を上げたが、男はリティアに返事を返すこともなく、私を担いだまま閉じ込められていた塔の部屋の外に出る。

 そして部屋の前にある開いていた窓の前に行くと私に声を掛ける。


「よいっしょっと。しっかり捕まってろよ」


 男のその言葉を理解して私が返事を返す前に男は私を担いだまま窓から飛び降りる。

 ふわっと自分と男の身体が宙に浮いた感覚に私は悲鳴を上げる。

 

「え? 嘘でしょ、ちょ…ちょっと待って、い……嫌ぁーーーー!?」


 私が悲鳴を上げた数秒後、無事、地面に着地することができたことに安堵し、私は胸を撫で下ろした。


「ちょっと、貴方、私を殺す気? あと、下ろしてくれないかしら」

「殺すつもりなんて、さらさらないんですがねぇ、わかりましたよ」


 男は担ぎ上げていた私を下ろしてから、私の手を優しく取る。


「聞きたい事は後でにしろ。塔から出たことが気付かれる前に港に行くぞ。港に俺の仲間の船が止まってるからな」

「仲間の船ってどういうことよ? えっ、 手なんで握ってるのよ。ちょっと……!?」


 男は私の手を取り走り出す。

 私は男に手を引かれて走りながら、月の光に照らされている男の後ろ姿を見て何故か既視感を感じたのであった。


       ◆     ◆     ◆


 私は男と共に夜の港に辿り着くなり、男に握られていた手を振り払い足を止める。

 私から手を振り払われた男も立ち止まり眉を顰めて私を見る。


「おい、何で手を振り払うんだ?」

「嫌だから振り払っただけよ。いきなり私の前に現れて、理由もなしに担がれて塔の窓から飛び降りて貴方こそ何なの?」


私が苛立ちを滲ませながらそう言えば目の前の男は何故か少し驚いた顔をする。


「本当に俺のこと覚えてないんですね……」

「覚えてないって何のこと?」

「まあ、後で話しますから。ほら、行きますよ」

「え、ちょっとまだ話しの途中なのだけど……! それに何で手を掴むのよ!」


 私がそう言っても男から返事が返ってくることはなかった。

 私は男に手を掴まれて歩きながら、今は何を言ってもダメなのだと悟り大人しく男に連いていくことにしたのであった。

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