第5話 噂

中沢祐斗が“鬼”から満点を取った。


そのニュースはチェーン全体に一瞬で広まり、他の店長たちの間に緊張が走った。


「中沢さんが取ったんだってよ」


「マジか……あの人、次期役員候補じゃないの?」


「てことは、“鬼”ってのも、ついに折れたのか……?」


だが、その一方で囁かれた別の噂。


「いや……あれは“本当の満点”じゃないらしいぞ」


「え?」


「“鬼”が満点をつけた後、スープを飲み干してなかったって話だ……」


数日後、篠田は店の裏手にある小さな喫煙所で、一人の男に声をかけられた。

「お疲れ様。」


声をかけて来たのは“鬼”だった。、無駄な言葉を口にしないその男が、自ら篠田の店に出向き話しかけてきたのだ。


篠田は直ぐに中沢に満点を付けた理由を聞いた。


「……あの、中沢店長の件……満点、出されたんですよね?」


「出しましたよ」


「……何が、決め手だったんですか?」


鬼はしばらく黙ったあと、口を開いた。


「……あのラーメンは完璧でした。完璧に作ったラーメンは“技術”としては凄い事です。だから満点を付けました。

器も、構成も、粘性、保温時間、厨房動線……すべて計算されていたと思います。けど──僕の心は一口も動かなかった」


「……え?」


「僕が見ているのは、ラーメンの温度を保つ事じゃないんです。温度は完璧に作れば保てます。僕が言う温度といのはラーメンに対しての気持ちの温度です。そして“覚悟”。食べる人をどう思って作ったか──つまりラーメンの温度に大事なものは心なんですよ」


その言葉を聞いたあと篠田の周りを風が吹き抜けた。

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