第2話 病魔に臥す天才、天宮栞と、それを救う英雄とは。

 ダンジョン探索者匿名掲示板『D-Channel』


【悲報】国民の宝・天宮栞、活動休止から1か月……引退の可能性も


1:名無しの探索者

 もう一か月か…。毎日ニュース見てるけど、続報ないな。


2:名無しの探索者

 日本最高の美少女探索者だろ。あの笑顔がもう見られないなんて。


3:名無しの探索者

 『魔力硬化症』だっけ。株式会社オーグメントの公式発表でも「セヴィによる治療法は現状存在しない」って言ってたし、絶望的だよな。


4. 名無しの探索者

 オーグメントが『セヴィ』を開発して、魔法が技術化されても、結局、不治の病ってあるんだな…。


5:名無しの探索者

 待て! 今、天照が緊急会見したぞ!


6:名無しの探索者

 マジか! なんて!?


7:名無しの探索者

 『アビス・ドレイクの雫』に懸賞金1億円!! 天照、本気だ!


8:名無しの探索者

 1億!?!? うおおおおお!!!


9:名無しの探索者

 落ち着けw アビス・ドレイクだぞ? 60層の主だ。Aランク探索者のパーティーでも全滅しかけた相手だ。


10:名無しの探索者

 しかも、雫のドロップ率、確か1%もなかったはず。


11:名無しの探索者

 だからこその1億なんだろ。人生逆転チャンスじゃん。


12:名無しの探索者

 物量作戦で挑めばワンチャン……


13:名無しの探索者

 12 ニワカは黙ってろ。迷宮省の規定読んできな。パーティーが5人以上になると、魔石の質もドロップ率もガタ落ちするんだよ。だからAランクは「4人以下で50から60層で活動できる者」って定義されてる。


14:名無しの探索者

 13 はえ~詳しい。サンクス。


15:名無しの探索者

 つまり、少数精鋭で、低確率ドロップを何回も狙うしかないってことか。無理ゲーすぎる。


16:名無しの探索者

 希少ドロップか……。そういえば、俺の高校のクラスにいた奴、思い出したわ。


17:名無しの探索者

 なに? 知り合いに有名人でもいるの?


18:名無しの探索者

 17 全然。むしろ逆。セヴィの扱いクソ下手なEランクのくせに、1層のスライムから『スライムの王冠』とかレアドロップばっか出してた。でも、その程度の活動量なのに『体調不良』とか言ってよく休んでたな。今頃どうしてんだかw


19:名無しの探索者

 18 何それ。ただ運がいいだけの奴?


20:名無しの探索者

 18 そういうバグ個体みたいなの、たまにいるよな。大成はしないけど。


21:名無しの探索者

 話を戻せよ。で、誰がアビス・ドレイクに挑むんだ?


22:名無しの探索者

 天照の精鋭部隊以外にありえないだろ。


23:名無しの探索者

 やっぱり、リーダーはあの人かな……?


24:名無しの探索者

 公式発表きた! 討伐隊リーダー、輝木エイト!!


25:名無しの探索者

 うおおおお! エイト様ならやってくれる!


26:名無しの探索者

 天才・天宮栞の窮地を、新世代のエース・輝木エイトが救う! 映画化決定だな!


27:名無しの探索者

 栞様はエイト様とお似合いだよな。


28:名無しの探索者

 これでエイト様もSランク昇格間違いなしか。


29:名無しの探索者

 成功すれば、の話だけどな。


30:名無しの探索者

 まぁ、どうせ俺たちには関係ない、雲の上の話さ。成功を祈って待つしかない。


 ★


 クラン『天照』が所有する、深層ダンジョン専用の装甲輸送車。

 その静かな車内で、輝木エイトは魔法端末『セヴィ』の画面を眺め、満足げに口の端を吊り上げていた。


 画面に映っているのは、匿名掲示板『D-Channel』の、自分たちの討伐作戦を応援するスレッドだ。


「ククッ……盛り上がってんなぁ、世間は。まぁ、当然か。あの天宮栞を救う英雄の出発だ。嫌でも期待は高まるだろ」


 隣に座るパーティーメンバーの一人、佐伯健太さえきけんたが、すかさず追従する。


「当然ですよ、エイトさん。リーダーが誰なのかみんな分かってますから。それにしても、クランも思い切りましたよね。成功報酬とは別に、懸賞金1億円なんて」

「ああ。それだけ、今回の作戦は天照の威信がかかってるってことだ」


 エイトは掲示板を閉じ、パーティーメンバーを見渡す。


 後部座席では、タンクを務める岩動剛いわどうつよしが黙々と自身の巨大な盾の魔力循環をチェックしており、その向かいでは、サポーターの朝霧涼あさぎりりょうがタブレット端末で作戦概要の最終確認を行っていた。


 エイトは、昨夜の出来事を思い出して、さらに機嫌を良くする。麦也から奪い取った、あの極上のヒレ肉 。あれは、最高の景気づけになった。


「心配するな。昨日は縁起のいいモンを食ったからな。きっとうまくいく」


 涼が、顔を上げずに冷静に指摘する。


「縁起担ぎもいいですが、油断は禁物です。上層部からは、例の命令も出ていますし」

「分かってるよ。『可能な限り、課金は抑えろ』だろ? だからこそ、俺の腕の見せ所だ。最小コストで最大のリターンを出す。それこそが、真のエースだからな」


 エイトは、自室のキッチンを思い出す。

 月額800円の『パーフェクト・グリル』アプリを起動し、魔法料理プレートで焼いたあの肉は、まさに絶品だった。


「それにしても、あの落ちこぼれの運の良さには驚かされる。ミノタウロスから、1キロ7万円は下らない希少部位がドロップするとはな。まぁ、あいつが持っていても宝の持ち腐れだ。俺が食って、こうして歴史的な作戦の糧になるなら、あの肉も浮かばれるだろう」


 その言葉に、健太が少しだけ眉をひそめた。


「麦也……ああ、甘橋麦也かんばしむぎや、ですか。懐かしいですね。高校の頃、あいつがスライムからレアドロップを出したって話、クラスでちょっとだけ有名でしたよ。結局、大成しませんでしたけど」

「当然だ。システムに適応できない奴は、淘汰される。それだけの話だ」


 エイトが言い切った、その時。輸送車が、ゆっくりと停車した。


「……着いたようだな。準備はいいか、お前ら」


 涼がタブレットを閉じ、剛が盾を構え直す。健太は、千里眼のアプリを起動させた。


「いつでもいけます」

「問題ない」

「エイトさんの指示通りに」


 扉が開くと、そこは第51層の転移スポット。空気が一変し、濃密な魔力が肌を刺す。

 ここから先は、Aランク以上の探索者のみが立ち入ることを許された、『天才』たちの領域だ。


「よし、行くぞ! 俺たちの手で、新たな神話を作ってやる!」


 エイトの高らかな号令と共に、現代のシステムが生み出した四人の英雄たちは、世界の期待を一身に背負い、深層の闇へとその一歩を踏み出した。


 彼らの頭上には、完璧な作戦と、高額なアプリ、そして揺るぎない自信という名の光が輝いていた。

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