拝啓、月額9800円の英雄たちへ ~精霊との絆が、魔法を課金で手にする世界に届いた結果~

レルクス

第1話 冷たい洞窟と、暖かい厨房

 岩肌の洞窟。


 自然を切り開いて生活圏を広げてきた地球の人間たちからすれば、よほどの辺境に行かなければ見られない光景だ。


 しかし、今は珍しくもなんともない。


 ここはダンジョン。

 モンスターが出てきて侵入者を攻撃し、宝箱が配置され一攫千金を狙う場所。


「頭が牛で、こん棒を持った人型モンスター……ミノタウロスか」


 一人の青年が、刀を構えて、モンスターの外見を評する。

 青年の黒髪が揺れて、その下の眼差しが、わずかに光る。


「……いただきます」


 一気に接近。

 ミノタウロスはこん棒を振り下ろしてきたが、それを回避しつつ、すれ違いざまに刀を一閃。

 血の代わりに魔力が噴き出して、ミノタウロスは倒れた。


「……よし」


 簡易な布に包まれた何かと、魔石を残して、ミノタウロスは塵となって消える。


「おいおい、こんな低階層でモンスターを倒して『よし』なんて、どんだけレベルが低いんだよお前」

「……エイトか」


 アイテムを回収しようとしたが、角から入ってきた青年が蔑むような目線で近づいてきた。


麦也むぎや。こんな15層なんて浅いところで戦ってるなんてなぁ。えーと、1から10がFの『新人』で、11から20がEの『初級』だろ? 同級生の中で、今頃こんなところで戦ってるのはお前くらいだぞ」

「……」

「相変わらず『無課金』でチマチマ稼いでんのか? まぁ、時代は『課金魔法』と『魔法サブスク』だぜ。それを使いこなせないお前は、このくらいの階層がお似合いか」

「……そんなことを言うために、寄り道してきたのか?」

「あ?」

「各階層に、転移スポットが付いた安全エリアが必ずある。ここは少し安全エリアから離れてるし、わざわざここまで歩いたのか?」

「……チッ、変な勘を働かせるんじゃねえよ」


 あきれた様子で、エイトは麦也が倒したミノタウロスのドロップ品を見る。


「ったく。こんな大したエネルギーがない魔石なんざ、二束三文にもならねえぞ。アイテムだって……えっ?」


 布をめくって、中を見る。


 そこにあるのは、とても綺麗な、『極上ヒレ肉』だ。


「こ、これ、すげえ……」


 素人の目から見ても、明らかに『美味そうな肉』である。


「えーと……こ、この大きさなら、これだけで7万円だと!?」


 スマホで確認したようで、エイトは目を輝かせる。


「希少ドロップ。確率は1パーセントか。まったく、相変わらず昔から運がいいなお前は。まぁいい。その運がこの場で出たのも何かの縁だ。この肉はもらっていくぞ。お前にはふさわしくねえからな!」


 肉を包んだ布ごと持ち上げた。


「えーと、ストレージアプリで品質保存だと……チッ、一日使うのに5000円か。まぁそれくらい出してもいい肉か」


 スマホを何回かタップする。

 傍に出現した『穴』に突っ込んで、収納した。


「んじゃ。この肉はありがたく貰っていくぜ。いいよな」

「……ダメって言ったら返してくれるのか?」

「返す? 何言ってんだ。落ちこぼれのお前が、Sランク探索者コミュニティ『天照あまてらす』のエースである俺、輝木てるぎエイトの機嫌を取れるチャンスなんだぞ? 渡さない理由なんざねえだろ。っつーわけで。俺はこれくらいで買えるとするぜ」


 エイトはそう言って、麦也に背を向けた。


「ククク、こりゃいい拾い物だ。大規模作戦の前の前祝にちょうどいいぜ」


 そういって、エイトは過度の奥に消えていった。

 残された麦也は……。


「……まぁ、まだたくさんあるし、別にいいか」


 そんなことを言って、別方向に歩いて行った。


 ★


 ダンジョンは様々だ。

 出てくるモンスターや雰囲気、、モンスターが落とすアイテムや宝箱の中身。


 そして、『安全エリア』の中身まで。


「ゴブ、ゴブブ」

「ムギヤ。味噌汁、作ってる」

「ウマソウ……」

「今日はステーキ付きだ」


 広い『農場』がある場所だ。

 身長30センチから40センチ程度の、柔らかい顔立ちのゴブリンたちが、農場の近くにある『厨房』で料理する麦也を見ている。

 この場所は、大地の迷宮、第5層の辺境にある安全エリア。名前は『ゴブリン農園』となっている。


「ぴぃ、ぴぃ……」

「プッチー。我慢だぞ」

「ぴぃ……」


 プッチー。と呼ばれた小さな赤いドラゴンは、皿の用意をして待っている。


「キィ」

「ハガネ。ちょっと待て、いつもと『少し違う』んだ。時間がかかる」


 ハガネ。と呼ばれた鷹は、まだか? と催促しているようだ。


「……よし。できたぞ。ステーキ定食だ。召しあがれ」


 温かいご飯と味噌汁。野菜とステーキ。

 それらが盛り付けられた、ステーキ定食だ。


「ウオオオオッ!」

「できた! できた!」

「ピイッ!」

「キィッ!」


 待っていたゴブリンや他の動物たちが、プレートに受け取って大喜び。


「「「「いただきます!」」」」


 しっかり手を合わせて、しっかり挨拶。

 そして、ご飯を口に運び、味噌汁を飲み、野菜を噛み、ステーキを食べる。


「うまい!」

「おいしい!」

「ぴぃ、ぴぃ!」


 みんなご機嫌な様子で、料理を食べている。

 麦也が使った厨房を見る限り、調味料や器具に関して、そこまで特別なものは置かれていない。

 ただ、出来立てほやほやの温かいご飯をみんなで食べるのは、とてもおいしい。


「んー。うん。美味い」

「ムギヤ」

「ん? ゴブちゃん。どうしたの?」


 麦也も食べていると、ゴブリンの一人が話しかけてきた。


「相談がある」

「何でも言ってみな」

「この農場。土に元気がない」

「土に元気がない? ああ、だから、野菜がなんか、いつもと違ったのか」

「その通り、そこで、この『大地の迷宮』の、60層、『アビス・ドレイク』に挑んでほしい、土壌改善アイテムが手に入る」

「60層か」


 ダンジョンの階層は10層ごとに難易度と報酬が上がる。

 1から10は『新人』のFランク。

 11から20は『初級』のEランク。

 21から30は『中級下位』のDランク。

 31から40は『中堅上位』のCランク。

 41から50は『上級』のBランク。

 51から60は『天才』のAランク。

 61から70は『人外』のSランク。


 おおよそ、このような形となっている。


 魔法が技術化され、サブスクになるほど普及する前は、Fランクの『新人』は準備中であり、『初級』のEランクが1から10層に潜っていたそうだが、今回は割愛。


 ゴブリンが言った『60層』は、天才と称されるAランクの一番上だ。


 もっと言えば、61層に挑むのが『人外』と称されているのだから、60層は『普通の人間が努力して戦える限界』ともいえる。


 そんな場所に向かってほしいというゴブリンからの頼み。

 普通ならば、『難易度が高い』となるだろうが……。


「なるほど。まあ、何を倒せばいいのかわかってるなら、それでいいか。60層のアビス・ドレイクか……」


 麦也は、白ご飯をむしゃむしゃ食べている、小さな赤いドラゴンを見る。


「プッチー。出番だぞ。たくさん食べろよ。お前の『精霊魔法』が鍵だからな」

「ぴぃ? ぴいっ!」


 プッチーはよくわかっていない様子だったが、元気よく返事したようである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る