第10話 こんな所まで根回しされてるんだけど!

「今日も今日とて、しっかりと護られてますねぇ」

 ベランダに出て、ランチタイムを過ごし始める私と優理ちゃん。そして私達からつかず離れずと言う所で佇み続ける、忍足君。


 優理ちゃんはそんな彼を見つめながら、私にコソッと耳打ちしてきた。

 私は「うん」とため息交じりに答えてから、購買のパンにかぷっとかじりつく。


 分厚いながらもふわふわとろとろの卵とオリーブオイルが塗られたハムのハーモニーが飛び込んできた。マヨネーズもしっかりとパンチを効かせ、卵とハムの味を際立たせている。めちゃ美味しい。


 私は卵ハムサンドのおいしさを噛みしめてから、「でもさぁ」とポツポツと小さく紡ぎ出す。

「昨日の事もあるから、もうあんまり強く言えないよ」


 まぁ、言えたとしても「俺には大義名分があるので」って言う態度を崩せるとは思えないんだよねぇ。

 私はハァと心からのため息を吐き出した。


 優理ちゃんは「そっかぁ」と苦笑を零すが、「でもさぁ、そろそろ諦めて忍足君に折れるって言う手はどうよ?」とニヤリと口角を上げ始める。


 とんでもない提案にギョッとし、すぐに「やだよ」と噛みついた。

「色々と散々な目に遭うだけだもん」

「あ~。確かに、周りの女子とかめぐを血祭りに上げそうだわ。私達の忍足君を返しなさいよ、忍足君にアンタは釣り合わないのよって感じで」

「でしょ? だから絶対に嫌なのよ! そういう女子達って本当に怖いんだから!」

「それは分かる。けどそれって周りがネックってだけで、忍足君自身は良いって事だよね?」


 思いもよらない部分の突っ込みに、私は「ハッ? !」と素っ頓狂な声を上げてしまった。そればかりか、手にあるサンドイッチをむぎゅっと潰してしまう。


 そんな私に、優理ちゃんは「って事だよねぇ?」とわざとらしく問いを重ねてくる。

「思い返せば、昨日まではどうせ嘘だとか言っていたのに、今は忍足君の告白をちゃんと受け止めている感じもするしねぇ?」

「そ、そそ、それは……その、ちゃんと受け取らないと失礼だと思ったからで。べ、別に忍足君の事を良いって思っている訳じゃ」

 トントンと重ねられる言葉に、鋭く切り返して崩そうとしたのに。私はたじたじとしながら言葉を紡いで、バシャバシャと目を泳がせて答えてしまった。


 それだから勿論

「あれれぇ、めぐぅ? なぁんか、怪しくなぁいぃ?」

 いつも以上に、ニヤニヤ・むふむふとし始める優理ちゃん。


 私はグッと歯がみしながら「怪しくない」と突っぱね、ニヤニヤ・むふむふしている優理ちゃんからサッと目を逸らす。


 すると私はパッと捕らえられてしまった。いつの間にか、私を見つめ続けている優しい眼差しに。


 ドキンッと、心臓が高く跳ねた。胸にもズキンッと一撃が入る。


 い、いやもう、違うってば。落ち着いて! 落ち着くのよ、私!


 ドキンと言う高鳴りから、徐々に加速していく心臓に、私は「うるさい!」と一喝して窘めた。


 そしてパッと捕らえられた視線から逃げだし、「そんな事ないの!」と優理ちゃんと対峙し直す。


「まぁまぁ、そう頑なになりなさんな」

 優理ちゃんは生温かい表情で、私の肩をポンポンと叩いた。


 な、なんかムカつくわ。

 私がイラッとしていると、優理ちゃんは「そんな躍起に心を抑えつける事ないと思うよ」と安穏とした口調で言葉を継いだ。


「好きになったら好きで良いじゃん。自分の好きって言うのはさ、突然やってきて突っ走るもんでしょ。それを人からとやかく言われる筋合いはないんだし、止めようとする人が無粋ってもんだよ」

「だ、だから。私は別に忍足君を好きって訳じゃ」

「そう? 私は忍足君、すっごく良いと思うけどなぁ。如何せん、滅多にお目にかかることが出来ない優良物件ってもんじゃん」

 そんな人に八年前から、ずっと一途に思われてんだから最高としか思えないわ。と、私の言葉を遮って、しみじみと言う。


 けれど、私はそんなしみじみで流された「違和感」に、ハタと気がついた。


「ねぇ、待って? もしかしてだけど、優理ちゃん。忍足君に、何か言われた?」

 そうじゃなきゃ、八年前とか具体的な数字は出ないよね? とばかりに鋭く突っ込む。


 すると優理ちゃんは「別に別に」と、ニカッと白い歯を見せて答えた。

「ただちょっと、協力を持ちかけられて応えてるってだけの話よ」

 彼女の答えは、まるで雷の如く、私の身体にピシャーンッと落ちた。と言うか、貫いた。


 こ、こんな所まで根回しされてる! って言うか、いつの間に優理ちゃんにまで手を回して籠絡したの? !


 私はバッと、早々且つゴリゴリと私の味方を削っていく彼を睨めつけた。

 忍足君はフッと相好を崩す。


「当然、協力者は多い方が良いからね」

 何も言っていないのに、笑み一つでそう言われている気がしてならなかった。


 ……ぬぐぐ、やられた。まさか、優理ちゃんにまで手を回すなんて。


 私はグッと奥歯を噛みしめ、ふんっとサンドイッチにかぶりつく。

 そうするしか、今の私に取れる「悔しさをぶつける方法」はなかった。もぐもぐと咀嚼しながら、憮然としてしまう負けを噛みしめる。


「優理ちゃん、恨むからね」

「いつか恨まれなくなるから大丈夫よ」

 切り返し方と言い、いなし方と言い、優理ちゃんの方が私よりも何枚も上手だと痛感する。


 ……良いわよ、もう一人で戦うから! 女子の争いに巻き込まれるのは、ぜぇったいにごめんだもの!

 一人の力で、この囲いから逃げ出してやるわよ!


 内心で力強く誓うと同時に、また勢いよくサンドイッチにがぶっと噛みついたのだった。

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