第23話 友と
ある晩、久しぶりに村上と会った。
場所は都心の高級ホテルのバー。天井の高い静かな空間にはピアノの音色が低く響き、窓の外には東京の夜景が宝石のようにきらめいていた。
互いにグラスを傾けながら、懐かしい思い出話に花を咲かせた。村上の語り口は変わらず理知的で、時折、冗談めいた皮肉が混じる。その度に、肩の力が抜けて自然と笑みがこぼれる。
頃合いを見て、俺は彼を呼び出した理由を切り出した。
「まったく。最初から俺に任せておけばよかったんだよ」
村上は氷の溶けかけたグラスを揺らしながら、ため息交じりに言った。
「そうするべきだったと今では思ってるよ」
「まあ、お前のことだ。どうせ変に気を遣ったんだろ?」
「そりゃそうだろ。あんなことになって……どの面下げてお前に頼めばいいのか……」
「あのなぁ。お前ら二人をくっつけた責任ってのが俺にはあるんだ。最後まで面倒見させてくれよ。俺の面子にも関わるんだから」
村上は明るい調子で笑いながらも、俺の心情を察してくれている。いつだって、この男はどこか頼りがいがあった。
「ありがとう、お願いするよ」
俺が素直にそう言うと、村上は「任せとけって」とグラスを掲げてくれた。
「俺はな、嬉しいんだぜ。十年前にやれなかったことを、今になってもう一度やり直す機会をもらえたんだからな」
村上がふいに目を細める。
「そうか……」
そこまで思ってくれているのかと思うと、一番に彼に頼らなかったことを申し訳なく思う。
「そう言えば、美咲ちゃんにはもう随分会ってないな。最後に会った時は、まだこんなに小さかった」
村上は手でサッカーボールくらいの隙間を作る。もちろん、そんなに小さくはなかった。
「本当は今日、美咲も連れて来たかったんだけど……。今はあの子、男の人を怖がっててさ、どうしても会わせられないんだ。ごめんな」
「気にすんなって。あの真希ちゃんの子だもんな。そりゃ男関係で苦労もするだろ。元気にしてるならそれでいいよ」
「写真でよければ、最近一緒に撮ったのが……」
俺はスマホを取り出し、待ち受け画面を見せる。
「どれどれ」
村上は眼鏡を押し上げて、ジッと画面を覗き込む。
「……おいおい、これ本当に娘か? お前の彼女と間違えてないよな?」
「そんなの、いないよ」
スマホを返してもらい、もう一度写真を見る。それは、最近行ったテーマパークで撮った写真だった。俺の膝に座った美咲が、俺に顔を寄せてカメラに向かってピースサインをしている。俺もどこか照れくさそうな笑顔を浮かべている。
「なんだよ、ラブラブじゃねーか。俺の娘なんかよ、最近冷たいぜ~」
村上が苦笑混じりに肩をすくめる。
「千穂ちゃん、中学生だっけ? 美咲もちょっと前まで冷たかったよ」
頬を掻きながら写真を見返す。言われてみれば、確かに……。年頃の娘との距離感としてはおかしいのかもしれない。自分の感覚が麻痺していたことに気づかされる。
「うちって、変なのか……。親子ってこんなもんだと思ってたけど」
「まあ、仲がいいってのは悪いことじゃないさ。俺は安心したよ」
村上はにやりと笑い、俺の肩に手を置いた。
「お前がそんな顔するようになるとはなぁ。何考えてるのか分かんねえ奴だったけど、やっぱり娘には敵わないんだな」
「なんだよ、それ」
俺は照れくさくなって視線を夜景にそらす。
「まあ、これからの段取りは全部俺に任せてくれ。美咲ちゃんとの幸せな生活は、俺が全力で守ってやる」
村上はカラカラと笑い、グラスの氷が涼しげな音を立てて揺れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます