第5話



 ミルグレンは部屋を出て階段を下りて行った。


 二階の踊り場で立ち止まる。


 ――昔、……まだ小さい頃のことだった。


 メリクと遊び足りないのに、彼は叔父に魔術を習う時間だと遊びを切り上げて去ってしまった。

 ミルグレンは興味を引かれてメリクの後をつけたことがある。

 今日のようにこっそりと窓からこの奥館に侵入し、目撃した。

 リュティスがメリクに対して手を上げる姿を。

 はっきりとは聞こえなかった。

 でもリュティスは何かひどく、メリクを罵ったのだ。


 そんなリュティスの姿も、

 ……メリクの姿もミルグレンは見たことがなかった。


 メリクがあんなに熱心に習うから、魔術の勉強はきっととても楽しくて面白いものなんだと思っていたのに。


 魔術を習うことは難しくて、怖くて……痛い。


 リュティスが怒りを露わにして去った後、一人ぽつんと廊下に残されたメリクの後ろ姿に、幼い王女は胸が苦しくなったのだった。


 そんなことがあったのにメリクは翌日も楽しい遊びの時間を切り上げて、いつもと何も変わらない様子で魔術を習いに奥館へと去って行った。 


 何て強いんだろう、と幼心にも彼女は思ったのだ。


 面倒臭そうに自分を撫でてくれるリュティスの手。

 本当は優しいことを知っている。

 だから、一度でも私にそうするようにメリク様のことも撫でてあげてほしいのに。

 ミルグレンはずっとそう思っていた。


 メリクはどうだったのだろう。

 一度くらいよくやったとか、よく学んでいるなとか、

 声をかけて撫でてもらったことがちゃんとあったのだろうか?


 知る術はもうないけど、……無かったのだろうと今ではそう思う。



『メリク様と会ったの。

 メリク様は立派な人になってた。

 昔よりもずっと強くて優しいひとに。

 私は私らしくいることで誰かの力になれるって言ってくれた。

 メリク様はサンゴール王国もお母様のことも恨んで無いよ。

 それどころかどちらにも平穏が訪れるようにと願ってくれた。

 国にはメリク様のことを悪く言う人達がいるけど私には分かる。

 メリク様ほど自分のことを後回しにして他の人のことを考えてあげれる人はいない。

 だからリュティス叔父様、私はメリク様といたい。

 一緒に行きたい。

 この国を出てメリク様の側で彼を支えてあげたい。

 そして今度こそ私が守ってあげたいの』



 言えなかった言葉。

 もし言っていたら、リュティスはどうしただろう。

 私のことも怒って手を上げただろうか……。


(例えそうでも良かった)


 ミルグレンは眼を伏せる。


(私は何回叩かれてもいいよ。

 でもリュティス叔父様、叔父様にとってメリク様はたった一人の弟子のはず。

 一度くらい、優しくしてあげて)


 出かかった言葉を止めたのはリュティスへの恐怖ではない。


『決して言わないで』


 それがメリクの願いだったからだ。


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