第2話

あの日の光をなぞる(美咲)


四月の風が、教室のカーテンをふわりと持ち上げた。

柔らかな日差しが差し込む窓辺に座りながら、私は何気なく校庭を見つめていた。

新しい制服に袖を通したその日から、もうすぐ一週間が経とうとしていた。


はじめての高校生活。

不安と期待が混じり合う毎日だったけれど、なぜかこの場所は居心地が良かった。

クラスメイトたちの笑い声、誰かが消しゴムを落とす音、先生が板書するチョークの軋み。

そうした当たり前の音に包まれていると、心のどこかが静かに満たされていくのを感じていた。


でも、今日の私は少しだけそわそわしていた。


窓の向こう――校門のほうから、ひとりの男の子が歩いてくるのが見えた。

黒髪を風に揺らしながら、まっすぐこちらに向かってくる。初めて見る顔だった。

だけどどういうわけか、その姿に目を奪われてしまった。


まるで、どこかで見たことがあるような気がした。

テレビでも、ネットでもない。もっと、身近で、大切な場所――心の奥にしまっていた記憶のどこかに、彼の存在が刻まれているような。


「……誰だろう」


思わず声が漏れた。誰かに聞かれる前に、私は目線を教科書に戻した。

だけど気になって仕方がなかった。視線は自然と、また窓の外へ戻ってしまう。


そのときだった。

彼が校門をくぐった瞬間、何かが胸の奥で弾けた。


懐かしさ。

それはきっと、初対面にはありえない感情。

でも確かに、私は彼を知っている気がした。


昼休み、教室がざわついていた。

「転校生が来たらしいよ」「すっごい静かな人だった」「でもなんか雰囲気あるよね」

そんな言葉があちこちから聞こえてくる。


私は静かに耳を澄ませながら、その名前を待った。


「神谷……蒼真くん、って言うんだって」


その瞬間、心臓が跳ねた。

神谷蒼真。その響きに、深い記憶が揺さぶられる。


なぜだろう。

その名前を聞いたのは、これが初めてのはずなのに。

私のどこかが――「懐かしい」と言っていた。


放課後、昇降口で彼とすれ違った。

彼は静かに、けれど確かに私の方へ顔を向けて、小さく会釈した。

私も思わず頭を下げた。言葉は交わさなかった。けれど、その一瞬で、何かが繋がった気がした。


夕暮れの道をひとり歩きながら、私はふと立ち止まった。

色づき始めた空を見上げると、胸の奥がちくりと痛んだ。


この痛みも、どこかで知っている。

彼に会う前の私は、こんなふうに胸がざわつくことなんてなかった。

なのに、どうして。


まるで、これから何かが始まると、誰かに告げられたような――そんな午後だった。

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