第3話
重なる時間(蒼真)
新しい教室に、まだ慣れない匂いが漂っていた。
窓際の席に座りながら、僕は手帳の角をぼんやりと指でなぞっていた。
十年前に戻ってきてから数日。やっと“転校生”として高校生活が始まったところだ。
このクラスの空気は、未来の僕には少しだけ眩しかった。
無邪気な笑い声、制服に馴染んでいく若さ、机の落書き。
そのすべてが「高校生の世界」に属していて、そして、僕はそこから半歩だけ外れていた。
「神谷くんって、どこから来たの?」
前の席の女子が、休み時間に話しかけてきた。
普通の質問。でも僕には、少しだけ答えに詰まる問いだった。
「……こっちの方、少し前に引っ越してきて」
曖昧な笑顔でごまかす。誰にも未来の話なんてできるはずがない。
僕の声に気づいたのか、窓側の隅に座っていた彼女がちらりとこちらを見た。
――藤宮美咲。
やっぱり、美咲は今もこの世界にいるんだ。
僕の記憶にある彼女より、少し幼い。でも、その眼差しや仕草には確かに“同じ人”が宿っていた。
彼女は僕と目が合うと、すっと視線を戻した。
もしかすると、僕のことを「どこかで見たことがある」と思っているのかもしれない。
だけど、それが記憶のせいなのか、ただの偶然なのか――僕には確かめる術がなかった。
放課後の廊下で、ふいに彼女とすれ違った。
目と目が合って、ほんのわずかに時が止まった気がした。
「……あの、転校生……さん?」
彼女が初めて口を開いた瞬間、胸の奥で何かが震えた。
「あ、うん。神谷です。君は……」
「藤宮。藤宮美咲」
名前を聞いた瞬間、僕の心は確信に変わった。
やっぱり――彼女だ。
あの未来で、僕が愛した彼女が、ここにいる。
でも、今の彼女は、まだ僕を知らない。
重なる時間の中で、僕はただ彼女の名前を噛みしめることしかできなかった。
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