第4話「VTuberの花音さんに、出演依頼です」
朝、スマートフォンの通知音で目が覚めた。
配信アプリからのメッセージ。差出人は「大学声優コンテスト運営委員会」。
眠い目をこすりながら開くと、そこには信じられない内容が書かれていた。
『VTuber花音様
突然のご連絡失礼いたします。
この度、当コンテストでは新しい試みとして、匿名VTuberの方にも門戸を開くことになりました。
花音様の配信を拝見し、その表現力に感銘を受けました。
ぜひ、コンテストへのご参加をご検討いただけないでしょうか。
もちろん、正体は明かさず、花音としてのご出演で構いません。』
手が震えた。
まさか、花音に直接オファーが来るなんて。
でも、これは詐欺じゃない。メールの署名には大学の正式な連絡先が記載されていた。
AI変声での参加。
それって、ズルじゃないの?
一日中、そのことが頭から離れなかった。
講義も上の空で、ノートには同じ文字を何度も書き殴っていた。
「声優コンテスト」
「花音」
「AI」
「嘘」
昼休み、学内ラジオから聞き慣れた声が流れてきた。
「こんにちは、学内ラジオ『声と心』の時間です。パーソナリティの柊です」
柊先輩。
やっぱり、ラジオもやっていたんだ。
「今日のテーマは『声の力』について。
みなさん、声には人を救う力があるって、信じますか?」
食堂のスピーカーから流れる柊先輩の声に、思わず箸が止まる。
「僕は中学生の時、ひどい吃音で悩んでいました。
人前で話すことが怖くて、自分の声が大嫌いでした。
でも、ある配信者の方の声を聞いて、変わったんです」
吃音?
あの流暢に話す柊先輩が?
「その人の声を聞いていると、不思議と心が落ち着いて。
『声を出すことは怖くない』って思えるようになりました。
だから僕は信じています。声には、人を救う力があるって」
胸が、ぎゅっと締め付けられる。
私の偽物の声が、誰かを救っている?
いや、違う。救っているのは「花音の声」で、私じゃない。
「今度の声優コンテストも、きっと素敵な声との出会いがあると思います。
どんな声でも、誰かの心に響く可能性を持っている。
それを忘れないでください」
ラジオが終わり、食堂にいつものざわめきが戻る。
でも私の心は、さっきよりもずっと重くなっていた。
その夜、配信を始める前に、もう一度メッセージを読み返した。
『花音としてのご出演で構いません』
つまり、AI変声を使ってもいいということ。
でも、それで勝っても意味があるのか?
葛藤しながらも、配信ボタンを押す。
「みなさん、こんばんは。花音です」
いつも通りの可愛い声。でも今日は、その声が偽物だという意識が、いつも以上に強い。
『夜更かしさん:花音ちゃん、今日は元気ない?』
『声フェチ:確かに、いつもと違う感じ』
鋭い。リスナーは、微妙な変化も見逃さない。
「あ、ごめんなさい。実は……」
言おうか迷った。でも、花音として相談するのも、なんだか違う気がする。
『柊:何か悩み事でも?』
柊のコメントを見た瞬間、言葉が溢れ出した。
「あの、もし……もし、自分の声じゃない声で何かに挑戦するって、ずるいと思いますか?」
コメント欄が少し静かになる。
みんな、真剣に考えてくれているのが分かる。
『元気もらった:声も個性の一つだと思う』
『新規リスナー:加工だって表現の一つじゃない?』
『夜更かしさん:花音ちゃんが悩んでるなら、きっと大切なことなんだね』
そして、柊から。
『柊:その声で誰かが救われているなら、それは本物だと思う。
でも、使う人が苦しいなら、別の道もあるんじゃないかな』
涙が、一粒こぼれた。
画面の向こうの柊は、いつも核心を突いてくる。
配信後、コンテストへの返信メールを打った。
『出演をお受けします。花音として参加させていただきます』
送信ボタンを押した瞬間、罪悪感と期待が混ざり合った複雑な感情が胸を満たす。
花音の声でなら、輝ける。
花音の声でなら、認めてもらえる。
でも。
「私のウソの声が、誰かを救ってるの?」
暗い部屋に、低い声が響く。
答えは、まだ見つからない。
ベッドに入り、天井を見上げる。
明日からは、コンテストの練習も始めなきゃいけない。
花音として。偽物の私として。
柊先輩のラジオでの言葉が、頭の中でリフレインする。
『声には、人を救う力がある』
もし、本当にそうなら。
私の嘘は、許されるのだろうか。
分からない。
分からないまま、私は花音であり続ける。
窓の外で、春の夜風が強く吹いている。
何かが、変わり始めている予感がした。
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