第2話「画面の向こうに、キミがいる気がした」



配信を始めて二週間。花音のチャンネル登録者は300人を超えていた。


「今日も聴きに来てくれてありがとう」


AI変声を通した私の声は、相変わらず可愛い。画面に流れるコメントを読み上げるだけでも、リスナーは喜んでくれる。


『花音ちゃんの声、今日も最高』

『仕事で疲れた心が癒される』

『毎日待ってるよ!』


その中に、最近必ず現れる名前があった。


『柊:今日もお疲れ様。花音さんの声を聞くと、一日の終わりが特別になります』


柊。

この人のコメントは、なぜか他の人とは違って心に響く。大袈裟じゃなくて、でも確実に私の配信を楽しんでくれているのが伝わってくる。


「柊さん、いつもありがとうございます。そんな風に言ってもらえて嬉しいです」


『柊:こちらこそ。今日は何か良いことありました? 声がいつもより明るい気がします』


ドキッとした。

確かに今日は、ゼミで発表が上手くいって、少し気分が良かった。でも、それが声に出るなんて。


「えっと……そうですね、ちょっと良いことがありました」


『柊:それは良かった。花音さんが幸せだと、聴いてるこっちも幸せになります』


配信後、ベッドに転がりながら、柊のコメントを思い返していた。

不思議な人だ。他のリスナーみたいに「かわいい」を連発するわけじゃない。でも、本当の私を見てくれているような……。


いや、それは違う。

柊が見ているのは花音で、咲良じゃない。


翌日の大学。廊下を歩いていると、前から見覚えのある人が歩いてきた。


同じゼミの柊先輩だ。


いつも穏やかな笑顔で、誰にでも優しい。眼鏡の奥の瞳は、人の話を真剣に聞く時にきらきらと光る。ゼミでの私の発表も、いつも最後まで聞いてくれる数少ない人。


すれ違う瞬間、柊先輩が立ち止まった。


「咲良さん」


心臓が跳ねる。まさか、配信のことがバレた?


「最近、雰囲気変わった?」


「え?」


「なんていうか、前より表情が柔らかくなったっていうか。良いことでもあった?」


昨日の配信での、柊のコメントが頭をよぎる。

『声がいつもより明るい気がします』


まさか、ね。


「あ、いえ、特に……」


「そう? でも、良い変化だと思うよ。それじゃ」


柊先輩は微笑んで、そのまま歩いて行った。


その夜の配信。

いつものように花音として話していると、また柊からコメントが。


『柊:今日、花音さんの声を現実でも聞いた気がした』


手が震えた。マウスを持つ手に力が入る。


「え、えーっと、それは……」


『柊:変なこと言ってごめん。でも、本当にそんな気がしたんだ。優しい声の人が近くにいたような』


違う、と心の中で叫ぶ。

私の本当の声は優しくなんかない。低くて、怖いって言われる声。


「き、きっと気のせいですよ。私なんて、現実にはいませんから」


自嘲的な言葉が口をついて出た。


『柊:そんなことない。声は確かに存在してる。画面の向こうにも、きっと素敵な人がいる』


『夜更かしさん:柊さん、詩人だね』

『声フェチ:深い』

『元気もらった:なんか感動した』


他のリスナーたちも反応し始めた。でも私は、柊の言葉から目が離せなかった。


配信を終えて、部屋に静寂が戻る。


柊と柊先輩。

同じ名前。でも、まさか同一人物なわけない。柊なんて名前、そんなに珍しくないし。


でも、もし。

もし、同じ人だったら?


ゾッとした。

バレたら、全てが終わる。低い声の咲良が、可愛い声の花音を演じていることが。みんなを騙していることが。


ベッドに潜り込んで、スマートフォンを見つめる。

配信のコメント欄を見返すと、柊の最後のコメントが目に入った。


『柊:花音さん、無理しないでね。素の花音さんも、きっと素敵だと思うから』


素の私なんて、素敵じゃない。

だから、こうやって偽っている。


でも。


「バレてる?」


暗い部屋に、低い声が響く。

本当の私の声。


「でも、ちょっとだけ嬉しかった」


認めたくない本心が、ぽろりとこぼれた。

もし柊先輩が、私の正体を知っていて、それでも聴き続けてくれているなら。


ダメだ。

そんなこと、あるわけない。

知られたら、きっと幻滅される。失望される。


「こんな低い声の女、気持ち悪い」って。


春の夜は、まだ少し肌寒い。

布団を頭まで被って、私は小さく丸まった。


明日も大学で柊先輩に会うかもしれない。

明日も配信で柊からコメントが来るかもしれない。


怖いような、でも少し期待してしまう自分がいる。


画面の向こうの柊は、どんな人なんだろう。

もし、本当に柊先輩だったら。


考えても仕方ないことなのに、眠りに落ちるまで、ずっと考え続けていた。

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