またもや無茶振り迫られる
「やあやあ。ツチノコ探し結構大変だったみたいだねえ」
それは日曜日の早朝。いつもなら来る前に必ず一報くれるはずの甘葉先生が、連絡も無くいきなり玄関先に立っていた。
いつもニコニコほほえんでいる甘葉先生だが、今日は一段と笑顔だ。その手にいかにも贈答品という見た目の紙袋を下げている。
「えっと、珍しいですね先生。こんな時間にいきなり来るなんて。いやまあいいんですけど」
常日頃相談相手になってくれたりお世話になっているので、迷惑と言うこともないが、来た理由が知りたい。さすがにツチノコの話するために朝から来ないだろうし。
(「なんか怪しくねーか? おっさんの後ろから変な気配するんだけど」)
雷太が訝しげな表情で警告してくる。
「いやあ、ツチノコの土産話も聞きたいんだけどね、実は別にお願いがあってさ」
笑みをますます深める甘葉先生。信頼してはいるがやっぱり怪しい。
「怖いのは……嫌ですよ?」
「いやいやいや、そんなそんな。まあとりあえずこれを受け取ってね。“ぴよりん”だよ」
名古屋駅など一部店舗でしか買えないレアなお菓子を差し出してきた。しかもまったく崩れてないあたり、願い事への本気度合いが伺えるな。
「もらいものですか? わざわざ買いに行ったりしたとかじゃないですよね」
「お願いするんだから、そりゃちゃんと自分で買いに行ったよぉ」
本気すぎて怖い。しかし食べたいのでもらっちゃいたい。
「で、頼み事ってなんなんでしょうか。場合によってはお受けできないかもしれないんですが……」
甘葉先生が差し出してきたのは、スマホ程度の大きさの木札だった。なにやら筆で文字やら模様が描かれている。
「これをね、ちょっとの間でいいんだけど風介くんのお家の庭に埋めておいて欲しいんだけど……、もちろん法に触れたりとかそういう危ないのじゃないよ」
「えっとそれをなんで僕に?」
「ほら、僕んち借家だし勝手に埋めるのは問題あるかなって。ここだったら持ち家でしょ? あと木を隠すには森の中っていうじゃない」
確かに自分の持ち家ということになってはいるが、借家だって木札くらい埋めても怒られないだろうに、実験的な家庭菜園ですみたいなさ。
……いや、納得しかけたけどよく考えたら木札を埋めるってなんだその儀式。
(「なあなあ、その札も怪しいっちゃ怪しいんだけどさ、それじゃなくておっさんの後ろに変なのいるんだけど」)
先生いるときに話しかけるなよとも思ったが、なにやら聞き逃せない言葉が耳に入ってきた。そっと甘葉先生の背後に目を向けてみる。するとそこには、ぼんやりと薄くなってはいるが、人より大きいなにかが座り込んでいた。
「うわぁ! なんすかその後ろの!」
あはは、とごまかすように頭をポリポリ掻く甘葉先生。
「やっぱ見えちゃうかあ。えっとこの子を預かってもらいたくてさ、なんていうかな……妖怪の類というかね? 猪熊っていうんだけど」
「そんな小型犬預かってみたいな話じゃないですよね。なんかでかいし妖怪って危ないんじゃないっすか?」
一度存在に気づいてしまうと、じわじわとピントが合うようにその妖怪とやらの姿が見えてきた。
全体の姿は毛むくじゃらで名前のとおり確かに熊っぽい。ただ背中にヒレのような突起があるのと、手がその体格に対して大きいのが異様だ。顔は愛嬌があるとも言えなくもないが、たまに口を開けると口が裂けたのかと思うくらいの開き方をする。あー、やっぱり化け物だなこれ。
「人には馴れてるから大丈夫だよー。なんだったら大型犬くらいのおとなしさというか。食べるものも魚くらいだし人も襲わないし優しい子だよ」
優しい妖怪ってなんだろう。わあまた口開いたよ、おっきいなあ。
「でも頼み事ってお札の話なんですよね、その妖怪はどうするので?」
「隠さず言っちゃうと妖怪の住処をここに一時的に作ろうかなって、そのためのお札なんだ。川とか水場の妖怪なんだけど、この家の裏に水田と用水路あるじゃない、あれを水場に見立てて簡易だけどそこに祀ってしまおうかなと」
簡単に言っているがそれは可能なのだろうか。妙に具体的な説明してるし可能なんだろうなきっと。でも俺だったら東京に引っ越すっていわれて、住所の表記が東京都になっているってだけの離島に連れて行かれたらなんか話が違うんじゃないかって言うと思う。用水路は水場かもしれないけどそこに妖怪住むっておかしいもの。
「でもでもうちはここんところ変なもの抱えちゃってまして。オカルトめいた物がこれ以上増えるのもなにかなと」
少し驚いた表情の甘葉先生。そりゃそうでしょう、うち大変なんですよわかってください。こちらもすこし大げさにアピールしておくのも忘れない。
「まあそういうわけでそこそこ存在感あるのがふたつもあるんですよ」
「ふたつ……だけ? もっとない?」
「ええふたつもですよ。えっと今なんか気になること言いませんでした?」
いやさすがにそんなそんな。俺はふたつしか認識してないんですがそれ以上あるの!? 雷太さんガードマンになってくれるみたいなこと言ってませんでしたっけ。思わず雷太の方に振り向く。
(「いやいやいや。怪しげなのはいっぱい来るけど家に入ってるのはさすがにないはずだぞ」)
とりあえず否定してくれたのはありがたいけど、オカルト関係いっぱい来てることは来てるんだね。うーんそれはそれで。
「まあ猪熊さんは人との生活も慣れてるんで、その旨伝えておけばむしろ番犬的な役割もしてくれると思うよ。雑霊とかも頼めば食べちゃうし。それと今はちょっとサイズ大きいけど肉体封印すればその辺も調整できるようになるみたいだよ。なんにせよ一時預かりってことでさ、ね?」
「オカルトに特攻スキルのある番犬ですか……。今の家にはありがたいのかなあ。あ、ちょっと待っててもらえますか先生」
よく考えたらうちには神様いるんだった。さすがに話通しておかなきゃ駄目な気がする。甘葉先生の方もすでに預かってもらう気でいるのか、もう場所に当たりを付けている。
俺も蛇神さまにお伺いを立てるため大急ぎで家の中に駆け込む。家主は俺のはずなんだけどなあ。
「ドラえ……じゃなくて蛇神さまー。お世話になってる人がうちに妖怪置いていっていいかって言ってるんですが」
玄関にはすでに蛇神さまが待ち構えていた。さすが神様、話は聞いていたぞという雰囲気だ。一見威厳がありそうだが、蒲焼きさん太郎を手に持っている。それめっちゃべたつくから、食べたあとに壁とか触らないでくださいね。こちらの発言に対してはさして気にしている様子はないので大丈夫なのだろうか。
「わしがいるから不要と言えば不要じゃが、まあ増やしてもええぞ。わしも家の中を護るだけでよくなるのは楽じゃし」
「そういうものですか」
「ただここの鎮守神はわしということだけはわきまえさせるぞ。わしが一番偉い」
胸を張って存在をアピールしている蛇神さま。家主の地位はどのくらいの位置になるんでしょうか。
「場所はどの辺ならいいとかありますかね」
「雑霊ホイホイの近くがいいじゃろうな。家の中はわしのもんじゃからダメ」
「……なるほど」
なんかいっぱい言いたいことあるんだけどまあ仕方ないのだろうか。
「ほれ、はよ済ませ。朝ご飯まだじゃぞ」
「へいへい、仰せのままに」
なんとかゴーサインをゲットだぜ。……あれここ俺ん家だよな。持ち主俺だよな。
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