厄介事は分け合うもの
「で、こんな夜中になにしにきた」
玄関先で立ったまま、長身の女性がイライラした様子を隠そうともせず甘葉に言い放つ。
「ええ。本当に突然ですいません。とりあえずはおとなしくなっているので安心してください」
申し訳なさそうにしてはいるが、気安い態度で接する甘葉。微妙に本題を切り出してないあたりもなかなかにしたたかだ。
対する女性の名は、
ちなみに学生の頃は女子生徒に兎月王子と、男子生徒には女王様と陰で呼ばれていた。ちなみに体育祭では白組の王として代表に君臨していたので、ひとり王族コンプリートである。
そんな兎月だったが、自宅で就寝前ということで、すっぴんに普段使いの流行りなど無縁のフレームの眼鏡、ちょっと首回りが伸び気味のシャツというラフすぎる格好だった。甘葉はその無防備な姿に動じる様子も遠慮する様子もない。
「また化け物とかそういう話? 普通はこういうのって坊さんとか神主の仕事でしょうに。ほら、メグの師匠とかに持ち込むべきじゃないの?」
「シゲさんとこの親父さんは今四国なんですよ。なんか大きめの案件があったみたいで」
説明を受けた上でそれでも納得できない表情の兎月。変わらずニコニコと押し切ろうとする甘葉。根負けしてあきらめた兎月は甘葉を家へと招き入れる。
決して広くはないが整頓された清潔な和室に通される。中央のちゃぶ台と、そのまわりに置かれた座布団が生活感を感じさせる。
どっかとあぐらをかいて座布団に腰を下ろす兎月と、座布団を軽く引き寄せ、音も立てず静かに正座する甘葉、対照的なふたりの様子は、そのまま
「で、なにをすりゃいいの?」
ちゃぶ台の上を指先でトントンと叩きつつ詰めるように告げる兎月。動じることなく、少し申し訳なさそうな仕草を見せつつ甘葉は告げる。
「さっきも少し言いましたけど実はシゲさんが退治した化け物を連れてきていまして」
「は? そんなこと言ってた?」
片眉をつり上げ、なにを言ってるんだとばかりににらみつける卯月。
「化け物とはいってもシゲさんが折伏してるんでおとなしいですよ。今外で待ってます、2mくらいありますけど」
「あー、それはそれとしてメグは私にどうしろと言ってたの」
「なんか事情ありそうだから聞いてやってくれだそうです」
「そのメグ自身は今なにしてるの?」
「お酒呑みに行っちゃいましたね。栄に来たの久しぶりだからって」
こめかみを指で押さえつつ、心底あきれた表情の卯月。
あきらめたように笑顔を見せるだけの甘葉。
「わかったわよ。明日仕事だからさっさと終わらせましょ」
「すいませんねぇ」
こういう状況になれているふたりは、答えを先延ばしにするだけの議論は時間の無駄ということも理解している。だが、兎月はやられてばかりというのは性に合わないと、あとでどうやって仕返ししようかと思考を巡らせるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
軽トラの荷台でおとなしく待つ猪熊の前にやってきたふたり。猪熊は言いつけ通り隠行を発動させており、その姿は非常に認識しづらい状態となっている。しかし、卯月は対峙した時点でその存在を認識できているようだ。
ポケットから取り出した紙片を
空気がピシリと音を立て、猪熊の穏行が解除される。兎月はその姿を見て一瞬たじろぐも、猪熊に近づいていく。威嚇するかのようにぐわりと口を開く猪熊。
「あら」
意外そうな顔で猪熊を見上げる卯月。
「ちょっとたどたどしいけど……、本当にお話できるのね、あなた」
獣型の化け物である猪熊、表情ははっきりわからないが、なにか話が通じていることがうれしそうな雰囲気が伝わってくる。兎月の受け答えもどこか柔らかい。
「そうなの」
「がう」
「わからなくなったのね」
「がーう」
「なるほどねえ」
兎月からぽつぽつと紡がれる言葉が、会話が成立しているであろう状況をうかがわせる。
「あなたはどうしたいの? 帰りたい?」
しかし、兎月のこの言葉を最後にやりとりが止まった。
双方なにやら困ったような雰囲気である。
「あのー、何か困ったことありました?」
意を決して甘葉が尋ねてみると
「どこかに移り住みたいらしいんだけど、人がほどほどにくるところがいいらしいのね。寂しいのは嫌みたい」
「あー、なるほど。それは……ねえ」
寂しすぎず、かといって騒がれない、そんな都合のいい場所がそうそうあるわけではない。安全性を確保しつつ住める場所となると、社などを建てて奉ってしまうのが手っ取り早いのだが、そんな物をいきなり街中に作ってもうさんくさいことこの上ないだろう。変な新興宗教扱いされてイタズラされても困る。
猪熊自身の危険性は低そうとはいえ、化け物ではあるのだ。
「困りましたけど……、しかしなんでそんな結論になったんですか?」
「それはね……」
兎月の聞き取りと甘葉が持っている情報を合わせると猪熊と呼ばれていたこの化け物は、200年ほど前に長野の山奥で人間に捕獲されたらしく、その珍しさから見世物として売られていったそうだ。しかし、見世物とされてもその待遇は悪くなかったようで、興行主にとても
その後、世情の変化により興行をやめざるを得なくなった興行主が、いつか迎えに来てやるからと、川底で待っているように命じたとのこと。
さらに関係者だろうか何者かが、飢えぬようにとTV局の地下にたまり続けていた雑念を吸い出して猪熊の元へと運ぶ仕組みを作ったようだが、このあたりの具体的な話は猪熊が詳しく知るところではないようだ。
「うーん、餌が来なくなったから空腹になって外に出てきたってことなのかな? しかしなんでTV局の地下にそんな術込みの仕掛けを作れたのか不思議ですね」
「その辺は終わったことだしどうでもいいわよ」
興行主と関わりのある人物が局にいたのだろうか。今となっては謎であるが、確かに兎月の言う通り、今そんなことはどうでもいいだろう。
「まあそれはそれとして、人は好きだから人のそばにいたいと。……まあ本音を言えば人里離れた山奥に返すのがベストなんですけどねえ。シゲさんに任せたらまた適当に処理されそうですから、シゲさんのお師匠さんに一報入れておきます」
「でもとりあえずの住処はどうするのよ。私の家は無理よ。この辺犬の散歩多いからすぐ騒ぎになるわよ」
「うーん」
そこそこ田舎だけど甘葉たちの目が届く範囲で、自由のきく一軒家で、こういうのに抵抗のない人物に心当たりは……。
「そうだ、あった」
「見当付いた?」
「風介くんのお家」
「え、あの子の家? こないだ家の前を通ったけど端から見てわかるくらいに訳の分からない状況になってたわよ。なにあれ」
「そんな状態だからこそいい感じに隠せそうかなと」
にっこりとほほえむ甘葉。苦々しい表情の兎月。兎月は彼のバックボーンも知っているし、雇い主としての責任もある。
「あの子来週バイトいっぱい入ってるんだから寝不足とかにならないよう注意してよね」
「あ、彼の家に持って行くのは否定しないんですね」
風介のバイト先の店長、兎月は釘を刺すように指先で甘葉の胸を突くのだった。
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