決着!! 坊主の底力

 もやが濃くなりはじめ、その塊が重崎に向かってくる、覆い被さるように迫るその姿はまるで大型の獣のようだ。


「これは……拳か? こりゃいい重さだ!」


 重崎は拳らしき一撃を避けるでもなく、両手でしっかりと受け止める。その口元には興奮を隠しきれないとばかりに笑みが浮かんでいた。


「この辺か? そりゃぁっ!」


 大ぶりのパンチをもやに向かって振り回す。技もへったくれもない、重崎が得意とする……いや大好物である力比べを挑むつもりのようだ。


 ゴッ


 靄のような見た目らしからぬ鈍い音と共に拳が叩き付けられた。たたらを踏むようにほんの少しだけ猪熊が後退する。


「おっ? 当たったな? 効いてくれるといいんだが」

「シゲさん! そいつ実体あります! 姿を消してるだけっぽいですよ」


 最初は実体のない化け物かと思っていた。しかし、甘葉の目は霊ではない生身の者が放つ鼓動をつかみ取った。


「そりゃあありがてえ。だったらいくらでもやりようはある!」


 もう一発拳をたたき込む。しかし、殴られひるんだかと思いきや、すぐさま覆い被さるように迫ってくる猪熊。大柄な重崎がすっぽりと包み込まれる。そして首筋にかみつくような動きを見せた。


「動けなくして……か。じゃあこっちでいくか!」


 両手をふさがれながらも、かろうじて動ける頭を大きく振り、強烈な頭突きを繰り出す。猪熊にめり込むように重崎の頭蓋が押し込まれた。思わず両手を話す猪熊。効果はあったようだ。

 今回の猪熊は実体があるので触れることができる。しかし、何らかの術を使っているのかその姿は靄の塊にしか見えていない。


「うーん、相変わらずですよね、シゲさん。なんで勘だけであそこまで戦えるんでしょうか」


 実は重崎、霊視的な力が全くない。その野性的な勘で敵の位置やその姿の当たりを付けているだけなのだ。しかしそれでも拳は当たるし、時には関節技さえ決めてしまう。なぜかと問われると、なんとなく分かる、としか答えない。

 そして、その攻撃法法は力技一択。義父であり師匠でもある男から受け継いだ霊験あらたかな数珠を拳に巻くことで、全身に法力をまとい戦うのである。最も力が強くでるのが拳なので、必然的に殴ることが多くなるのだ。


「よーしよしよし、当たるしダメージも通っている気が……する!」


 付け加えると、甘葉も霊的なものをはっきり視る力を持っていない。物質が発するエネルギーや、対流するエネルギーの波など、力場を知覚するという能力があるだけで、霊や妖などの明確な姿形はわからないのだ。


 さて重崎と猪熊の戦いを横目に、甘葉は検索を続けた。


「その猪熊が人を害したという記録はないですね。ただ雨を降らせたり水害を起こすような力はありそうなので、封印して別の場所で奉るなどしたいところですが」

「見世物になってたって事は調伏もできそうだがな、なんにせよ一旦倒さにゃならんか」


 重崎は最高の笑顔で答える。もちろん戦いを継続できるという理由からの笑顔である。

 2m近い化け物とがっぷり四つに組み、相撲の取り組みのような状態になる重崎。全身の筋肉が大きく盛り上がり、ふたつの化け物の力が均衡している様子がうかがえる。


「あっ、シゲさん投げ飛ばされそう」

 思わず声を上げる甘葉。

 一瞬バランスを崩し、片足だけで己を支えるような状態になったがなんとか持ちこたえた重崎。元の姿勢に戻る時の反動を利用して、今度は猪熊を投げ返しにかかる。

 力比べ状態に持ち込めれば後は重崎のペースだ。甘葉はこれまで何度か化け物退治に付き合っているが、正々堂々と力を合わせようとしてくる化け物は往々にしてシンプルな価値観のことが多かった……つまり弱肉強食。強ければ上という自然の摂理である。

 そうなってくるともう手出しも口出しも無用。勝負が付くのを見守るしかないということになる。甘葉としては格闘技観戦に近い状況なのだ。

「やるな! だがまだまだやらせはせんぞ!」

 猪熊に体当たりされ一瞬膝を付くも、すぐさま立ち上がった重崎。今度は猪熊に手四つを挑むようだ。

 お互いの手を組み合わせ、相撲とはまた違った純粋な力比べ。まあ早い話がプロレスである。組み合った手が上へ下へと拮抗しつつ移動し、よりシンプルになっていく力比べはいよいよクライマックスといった印象だ。


 ぐいと押し込まれのけぞる重崎。

 あわや倒れるかと思われたが、重崎は強烈な膂力でそこから強引に押し返し逆に覆い被さるような体勢で猪熊を追い込む。

 そして、湯気が立ち上るほどに白熱した力比べは、不意に終わりを迎える。

 この戦いを偶然目撃してしまったTV局の社員であろうサラリーマン数名が、騒ぎ出したのだ。黄色い悲鳴も響いた。

 そしてなぜかその悲鳴に驚いた猪熊は一瞬だけひるんでしまう。もちろんそんな隙を重崎が見逃すはずもなく、たたみ込むように川の中に猪熊を押し倒した。

 ざばんと立ち上がる水しぶき、倒れた猪熊を見下ろしニヤリとした重崎は、両の掌をパチンと合わせ、空気を震えさせるような重く響き渡る声で

「祈破摧伏!」

 と唱える。すると、手に巻いた大きな数珠がカンと甲高い音を立て薄く光った。

 その瞬間ピシリと動きを止める猪熊。隠行が弱まったようで、うっすらとその姿が浮かび上がる。全身毛むくじゃらで一見熊のような姿ではあるが、両手には大きな爪が生え、背びれのようなものも見える。決して動物図鑑には載っていないであろう生き物だ。

「よし、俺の言葉を落ち着いて聞くんだ。とりあえずお前を退治する気はない、悪いことしたわけじゃねえしな。ただここにいるのはちょっと不味いんでな。付いてこい!」

 重崎は通じるのが当然と言わんばかりに日本語でそう告げる。猪熊は首を傾げつつも、言葉を受け止めているように見えた。

「ワハハハハハ! んじゃあ逃げるぞ!」

 4~5mはあろう整備された川の壁を、腕力のみで強引に上っていく重崎。その姿はあたかもゴリラかスパイダーマンか。

 猪熊も後を追うように、その爪をコンクリに突き立てながら上っていく。

 唖然としている聴衆を尻目に、ゴリラ型坊主と化け物は夜の町へずぶ濡れのまま走り出していくのだった。

 そして甘葉は他人を装ってそっと重崎の後を追った。



 残された人々はなにが起こっていたのか理解もできず、ただ立ち尽くすのみだった。


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