自由気ままに動かれる
「ふむ。改めてここが孫の家なのじゃな」
キョロキョロとまわりを見回しながらオヤシロさまが話しかけてくる。
「ええ、元は婆さんの家ですね。今は俺が名義上も家主になってます」
「なあなあ、蛇の神様本当にここに住み着くの?」
ひそひそと囁いてくる雷太。まあ気になるよな。
「そうとは言ってたけど……。気が向かないとかでやっぱやめたとかあるかもよ」
こちらも小声で応える。
婆さんが飾っていた土産物を持ち上げてみたり、引き出しを開けてみたりと家主の意思などどこ吹く風で自由に動いていたオヤシロさまがくるりと振り向いた。
「おうもちろんそのつもりじゃ。本殿だけだと窮屈でのう。渡りに船と言ったところだったんじゃよ、孫のことは」
やっぱり聞こえてましたか。それはそれとして、だからあんなに俺が来ないこと怒ってたんですね。そう納得していると、オヤシロさまは家の中をさらに探検し始めた。
「ほれお守りもって着いてこい。家の中全部を見て回るぞ」
素直に着いていくと、元婆さんの部屋に俺がメインで使っている部屋、倉庫代わりの部屋に、雷太が定位置にしている客間、トイレや風呂など家の隅々まで見て回るオヤシロさま。まあごく普通の古い家なんだけど神社に住んでた人には新鮮なのかな。
俺の部屋の引き出しまで開けようとするオヤシロさまを軽く制止しつつ、1時間ほどで家の探検は終了した。なにやら思案中のようだが……。
「よし! わしの部屋は真ん中の和室じゃの。立派な縁側もあるしあそこに陣取ればだいたい家全体回れるじゃろ」
縁側ってベランダですねそれ。別に間違っていないだろうけど。でもそこは……
「婆さんの部屋ですか。でも、あそこ仏壇ありますけどいいんですか? まがりなりにも神様のお部屋に仏様とか」
仏壇外せって言い出したり、仏様とケンカとかになるんじゃないだろうか。
「ええよええよわしゃ気にせん。神仏混淆じゃ神仏混淆、いっしょに拝んでおけ」
「神仏混淆とかそういうものなんですかね……」
丸め込まれるというか雑に塗りつぶされるというか、強引に進められてしまった。こうなると拒否も難しいよな、実際空き部屋なわけだし。
「一応は分社ということになるのかの。装飾なんかは追々じゃ。とりあえず
模様替え気分でなにするつもりなんだろうか。すでに後悔が始まってきた。
「鳥居とかやめてくださいね、ばかでかいしめ縄とかガラガラいう鈴とか」
家の中にマジ神社が建立とかやめていただけるとありがたい。
「まあとりあえずは朝晩お供えじゃの。楽しみにしとるぞ」
えー。仏壇だってたまに手を合わせる程度なのに、どうしたらいいんだろ。あとで検索してみるか……。あと三宝ってどこに売ってるの、ていうか三宝ってなんなの。
「三宝ってのはアレな。お供えする時の台だぞ」
雷太が不意に解答をくれた。
「なんで俺の疑問分かったの?」
「そんな顔してた」
なにそれ怖い。でも助かったな、霊になってはいるけど雷太さんさすが昭和の人だ。現代人はそういう儀式的なことに疎いんですよ。
「えー、朝晩に洗った米と水、お酒をお供えすればいいんだな」
木でできた三宝というなにやら古めかしい形の台の上に、洗った生米が盛られた皿と、水が入ったおちょこのような器と酒が入った器が並ぶ。これで間違いないはずだと、元婆さんの部屋の引き戸の前にお供えを設置した。なんかお供えというか差し入れみたいだなこれ。
オヤシロさま喜んでくれるといいなあ、と思いつつ、手を合わせとりあえず拝んでおいた。しかしホームセンターって何でも売ってるんだな。そのうち十字架とかお祈り用の絨毯とか扱い始めるんじゃないだろうか。
よしと一息ついたところで、自分の朝食にとりかかる。今日はバイトがあるので、手軽にシリアルで済ませることにする。砂糖がまぶされたコーンフレークの牛乳がけ、それにホットコーヒーというシンプルな構成だ。
「いただきます」
軽く手を合わせるとさくさくと食べ進む。牛乳を入れた直後の食感も好きだが、後半しっとりしてふにゃふにゃの食感も好きなので、ペース配分を考えつつ食べる。
そうしているうちふと視線を感じた。雷太……は、漫画を読んでるな。『ガラスの仮面』? また渋いのを読んでいる。まだそれ完結してないとか言ったらネタバレになるんだろうか。で、それはそれとして俺が感じた視線の主は、消去法であのお方となるか。変な霊は入れないって言ってたし。
あの……、と思わず声をかけたくなったが、すんでの所で止めておいた。なんとなく声かけると面倒くさいことになりそうな気がしたのだ--しかしめっちゃ見てるな。お米足りなかったのかな? 夜は量を増やした方がいいんだろうなきっと。
なんか気まずいのでかっ込むようにして食事を終えると、慌ただしくバイトの準備に取りかかる。今日はいつものゴミ屋敷掃除だ。
常連のお婆さんのお家は今回あまりゴミが増えてなかった気がする。収集癖少し落ち着いたのかな。
ゴミ屋敷の人は精神的にトラブルがあることも多いというので、少し改善したのだったらとてもいいことなのだろう。お仕事は減っちゃうかもなんだけど。
お婆さん自身もなんか明るくなったというか積極的に自分の昔話とかしてきたので、なにか変化あったんだろうなきっと。仕事はスムーズに片付いたし、オカルトに巻き込まれなかった今日はとても良い日だ。
そんなわけで帰宅からの夕食タイムである。
仕事で楽できたので今日は少しだけ手の込んだ食べ物でも。とはいえ食べるのは自分ひとりなので、豚汁とチキン南蛮の二品。揚げたりする本格的なのじゃないけど、たまに少しばかり凝ったモノが食べたいときもある。
豚汁は婆さんの味を受け継いだジャガイモとタマネギとゴボウ入り。味噌は赤味噌じゃなくて信州味噌を使うのだ。
チキン南蛮は片栗粉をまぶして多めの油で揚げ焼きにして、タルタルソースは多めに作って明日別の料理にも流用しよう。うん、完璧だ。途中で油がはねてやけどしそうになったが、奇跡的に身体が動いて避けられたのもとてもラッキーであった。今日はなんかいろいろ順調である。
そしてこれはいつものことなのだが、料理をしていると雷太が俺のことを不思議な顔で眺めていた。
「どうした? お前は食べられないよね」
「いや、男のくせにいろいろ料理するんだなーって思ってな」
「料理するだろ。食べたいものあったら」
よくわからないが昭和の男は料理しないのだろうか。そういや前にそんなこと言ってた気がするな。でも全然しないってこともないんじゃないだろうか。どうなんだろう。
「まあうまそうだなって思ってるよ、いつも」
「ならよしだな」
さっそく食べることにしようそうしよう。熱いうちに食べないと罰があたる。出来上がった料理をちゃぶ台へと運び、コップに冷たい麦茶を注ぐ。さあ宴の始まりだ。
まずは熱々の豚汁を一口。今回も良いお味だな、ちょっと七味を加えてみようかな。
うむ正解。
そして順調に食べ進めていると、うん? また視線が……。お米いっぱいお供えしたのにまだ足りないのだろうか。でも何ごともほどほどが大事だと思う。
まあそれはそれとして自分のご飯。ひさびさに作ったけど豚汁おいしいな。愛知だとどこ行っても赤味噌なので田舎味噌の味噌汁ずっと食べたかったんだ。いっぱい作ったし2、3日いけそうだ。チキン南蛮もタルタルソースがこってりしててなかなか米が進む味。自画自賛だがこれは人にごちそうしても喜ばれるのではないだろうか。
うーんまだ見てるな。
さすがにこれを無視するのも悪い気がしてきた。
「オヤシロさま。もしかしてお米足りませんでした? お水も一応買ってきたお水なんですけど」
オヤシロさまプルプル震えてる。美女は震えてても様になるなあ。そんな姿を眺めつつチキン南蛮をもう一口。
「孫や」
「はい」
「お前だけうまそうなもん食って、わしには生米と水ってどういうことじゃ」
こんなに尽くしてるのにクレームじみた物言いをしなさる。豚汁をまた一口。
「さすがに神様へのお供えですし失礼の無いようちゃんと調べたんですが」
もらいものだけど米は新米だし水なんてアルプスのお水だから霊験あらたかなはずだ。きっと。
「本社でのお供えが気にくわないって話は前にしたじゃろ。覚えとらんか?」
そういえばそんなこともあったような。
「ファンタが少ないとかでしたよね。じゃあファンタ開けますね。お風呂入ったあとでいいですかね、いま夕ご飯ですし」
「いやそういう話じゃなくてな……。ファンタはもらうがな」
よかった。喜んでいただけそうだ。命を救ってもらったことだし感謝の気持ちは伝えたい。
「生米とか水とかそういう形式張ったのは本社でやっとるからいい。ここではもっと……お菓子とかな、ジュースとか、そういうものをだな。あと家で食事するときくらいわしにも同じものを出せ。いつもうまそうなもん食いおってからに」
えー、俺と同じご飯食べたいとかそういうのは最初から言って欲しい。こちらとしては神様にどういうおもてなしをしたらいいかとか、ネットに流れている情報くらいしかソースがなかったのだ。あと何をしたら喜んでもらえるかとか、あんまり人にものあげたりするタイプじゃないのでよくわからない。
「じゃあ今日の晩ご飯はひとりぶんですし、味見程度でしたら……」
「しかたないのぅ。でもその汁はなにやらいっぱい作ってなかったか?」
オヤシロさま目ざとい。
「これは数日かけて食べるものですので。あと好物ですので」
「……」
これは譲れない。ちゃんと食べきれるよう配分して作っているのだから。むかし婆さんに自炊のコツとして、『計画的に食材を使うのが大事』と教わったのだ。
来客用のお椀にご飯と豚汁をよそい、チキン南蛮は2片だけ皿に取り分ける。食卓は一緒でもいいのかな?
「食事はお部屋にお持ちします?」
「わざわざ別部屋で食う意味もなかろ」
「片付けもあるので助かります」
そうだ、お茶も準備しないと。そう思い台所に立ち麦茶を注いで戻ってくると、ご飯はきれいさっぱり無くなっていた。
「えっそんなにお腹空いてました?」
「腹が減るとかではないのじゃがな。信心があれば本来食事はいらぬし、わしの娯楽のようなものなのだが……、いいものじゃの孫の食事は。日々の楽しみが増えたわい。あ、おやつ、じゃなくてお供えも忘れるなよ。基本はお菓子とジュースじゃ。酒はたまにでいいぞ、あれ鼻にツンとくるからちょっと苦手なんじゃよな」
おやつって言った。お酒も漠然とお供えしてたけどあれって神様が飲むものなんだな。
「ご要望承りました。なるべくご期待に沿えるようがんばります」
「うむ。期待しておるぞ。その代わりといってはなんだが家の守りは任せておけ。分社としてきちんと発展させてやろう」
家が神社になるのはちょっと……、大晦日とか大変じゃない? でもまあ霊とかそっちの心配なくなるのはありがたい。こればかりは婆さんにも感謝しておかないとな、後で仏壇に手を合わせよう。
「それと、まあいろいろ供えてもらいたい物はあるんじゃがな。一度に言っても困るじゃろうし、収入が増えたころまた頼むぞ」
「あ、はい」
こんなオヤシロさまとの生活は始まったばかりです。
雷太? 離れて見てるだけですね。なんか言って欲しい。
ちなみにその時雷太はなにをしてたかというと、窓の外をぼんやり眺めていた。
「あーあ。かかわりたくねえ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます