都合を聞かずに決められる
衝撃の事実である。家賃いらないし親戚も寄ってこないしでめちゃくちゃ助かってはいるけど、婆さんそんな捕虫器みたいな庭付きの家をくれたのか。確かに対策取らないと今後住むのに支障がありそうだ……けど。
「いや、その、そんなことに。でも俺ひとりの時間も大事ですし。あんまり賑やかなのも苦手ですし」
「部屋空いとるんじゃろ。一部屋もらえば適当にやっとくぞ。そうさの、信心だけは欠かさないようにな」
「適当に食事でもこしらえて定番おやつと新作おやつとあとジュースあたりでもお供えしていただければいいかと。それくらいでじゅうぶん満足しますよオヤシロさまは」
お染ちゃんがオヤシロさまの発言を翻訳してくれた。
「あのそれ単なる居候ですよね、しかもニート寄りの。食費とかかかりますよね」
今の所食うに困っているわけではないが、食事だけならまだしもおかし毎日となると出費がかさむだろう。
「そこはわしの御守りがあるからの。なんらかのかたちで収入は増えるはずじゃぞ」
うわーその辺を解決する算段も想定済みですか。信じていいのかな。神様だもんな。
あ、そういえば大切なことを忘れてた。
「そういえば御守りが依り代になるってどういうことですか? 神社抜け出すとかではないんですよね」
「わし本体はこの社の神体じゃからここからそんなに離れられんのよな。だから分体じゃ。孫に憑依してしまう手もあるが、そこなチンピラがおるから空きがなくてな、入れん」
「そこでオヤシロさまの皮を使った依り代を御守りにしてそこに分体を宿すのですよ。霊格が強すぎる存在が直接入ると人体に影響ある場合もありますしね。安全策でもあります」
お染ちゃんマジ有能、わかりやすい。でも影響ってなにそれ。
「えっなにそれ怖い。俺が俺でなくなっちゃうとかそういうのですか?」
(「うわ、俺を祓おうとか言ってたの邪魔だったからってことか。危ねーなあ」)
もしかしてピンチだったのだろうか俺たち。
「もちろん傷つける気はないからな? 乗っ取るとかもない。まあ御守りを手に入れるとインベントリが拡張されて装備枠が増えるみたいなものと軽く考えてもらえればな。ほれ、物語中盤のちょっとした強化イベントみたいな」
……ゲームとかヒーロー番組じゃないんだから。使う単語がどうも戦前生まれとは思えない。そして御守りも差し出されたままで引き下がってくれる気配はない。
「なるほど。じゃあ……納得しているわけじゃないですけどありがたくお受けします」
「うむ。殊勝な心がけじゃ」
オヤシロさまがムフーと鼻息荒くドヤ顔をしていらっしゃる。こういう所かわいい気がするけど、神様だからうっかりすると祟ったりするんだよな。気をつけないと。
「分体さまのほうはまあ適当にお世話していただければ。あとこちらのお社にはだいたいオヤシロさまがおりますので分体さまに話しかければこちらにも伝わります。子機みたいに考えてください」
分体さまに話しかけたらオヤシロさま本体の口から俺の声が出力される様を想像してしまった。トランシーバーかな?
「というわけで、と。ほれ」
オヤシロさまの足下にそこそこの大きさの白蛇があらわれた。大人の腕くらいの太さがあってなかなかの迫力だ。
あ、雷太の気配消えた。離れたか。まあこんだけ蛇蛇してたらなあ、怖いか。
雷太の慌て様を見て不思議なほど冷静になっていると、白蛇の周囲の空気が熱を帯びているように揺らいでいく。
じわじわと人のシルエットに変化していく白蛇。オヤシロさま本体より一回り小さいのかな? 一回り年下というか。30代のセクシーなお姉様が20代のセクシーなお姉様になった感じだ。うん、どちらも尊い。けどこれから俺の家にこの分体さまが来るわけだよな。プレッシャー感じるよなあ、気休まるかしら。
「「こんなもんかの。分体になるとそのままの形にはならんなやっぱり」」
同時にしゃべるんだ。サラウンドオヤシロさまだな。
「「孫よ。わしが魅力的だからと言って不敬なことはするなよ。まあ欲情するくらいなら許すぞ。ほれ欲情してみい。」」
もしかしてセクシーなポーズなのだろうか。両手を挙げて威嚇するようなポーズなのだが、なんかどこかで見たことあるなこの姿。動物園だったかな。
「いや、そう言われましても」
「オヤシロさま。人は見た目だけでも欲情しますが、内面だってその感情に影響を与えるのですよ。今のおオヤシロさまは内面マイナス値です」
ピシリと言い放つお染ちゃん。さすがだ。的確な指摘ありがとうございます。
「「なあお染や、最近わしに厳しくないか?」」
「お外にでるのですから、最低限恥をかかない程度にはなってもらわないと。お姿とお言葉を同時に理解できる人は久しぶりなんですから、いい関係築いた方がよいですよ」
「「信心さえあればほら、腐りやすい生魚だって神々しく見えるもんじゃろ。」」
「自分を鰯に例えるのもちょっと……。まあたまにそちらにも様子を見に行きますね。それと同期を切らないとすごく聞き取りづらいですよ」
お染ちゃんが様子を見に来てくれるんならちょっと安心かも。暴走したときのためにお染ちゃんに直接つながる手段もらっておいた方がいいかな。
そんなことを考えていると、分体さまがするりと御守りの中に潜り込んできた。
神様とはいえ人間の形をしたものが小さな御守りに吸い込まれるのはなかなかに奇妙な光景だ。
「うむ。居心地も悪くないな。おい孫や」
手に持っていた御守りから分体さまの首だけがにょっきり飛び出してきた。
「うわあっ!」
うわなにこれ怖い、思わず御守りを落としてしまった。変な出方やめて欲しい。
「おおう。落とすな落とすな。痛くはないが驚くわ」
「すいません。でもその出方はホラー過ぎます」
お染ちゃんが頭を押さえてため息をついている。
「そ、そうか。気をつけようかの。声だけのほうがよいか」
とりあえずお守りを拾い直したのだが顔だけでているので生首を持ってるみたいだ。やっぱりこのスタイルは嫌すぎる。
「そうしてください。あ、でも人前ではこちらから声出して話しかけられないのでそのへんよろしくお願いします」
「わかったわかった。はよ行こうではないか」
うーん生首。
「よろしくお願いしますね」
深々とお辞儀するお染ちゃん。そして紙袋を俺に渡してきた。これはなんだ?
「準備してたお荷物はこちらに。分体さまのお部屋にでもおいてください」
なにがはいってるんだろうか。思わず覗き込むと、中にはビデオテープと数枚のDVD、あとこれはゲームソフト……? SWITCHのソフトかなこれ。なんでこんなもんがあるんだ。
「あのこれ……。なんなんでしょうか」
「おう。それは境内に忘れられたり、供物に紛れ込んでたり、たまに鞄からパクったりしたものじゃ。ここでは見られないす遊べなかったからな。孫の家でソフトを楽しませてもらうぞ」
なんか神様らしからぬ単語混じってたけど基本は忘れ物なのか。でも言っておいた方がいいかな。
「あの、俺んちビデオみる機械とswitchないです。DVDはかろうじてノートPCに付いてますけど。」
さすがにビデオとか持ってないよ。ゲームも最近はスマホのしかやってないなあ。うわ、めちゃくちゃショック受けた顔してる、オヤシロさまと首だけ分体さま。泣きそう? もしかしてこれってけっこう重要な目的だったのかな。
「「えええぇ。そうか……ないのか……」」
「ビデオデッキなんてある家のほうが少ないんじゃないですかね。switchはともかく」
「「どうにかならんかの。switchだけでもな。のう」」
「じゃあお金入ったら……」
ぱぁっと表情が明るくなるオヤシロさまと分体さま。シンクロ状態復活するほどショックだったんだな。あと目の前と胸の前で同時に話されるとすごい気持ち悪い。
「「うむ! その代わり身の回りの安全はまかせておけ。
(「男同士じゃないとだめなことだってあんだよ」)
おっ雷太も反論してきた。近くに戻ってきたか。
「ほほう。それはいやらしいことか?」
(「んなわけねえだろ! このエロ女!」)
言ってやれ言ってやれ。
あれ? でもオヤシロさま黙っちゃったぞ。不味かったかな?
「オヤシロさま照れちゃってますね。自分で言うのは平気なんですが言われると恥ずかしくなるみたいなんですよ。照れ隠しで祓われますよ」
(「……」)
こっちも黙っちゃった。
やだなあこの沈黙。まああんまり話し込むのもなんだし。うん、帰ろう。
「それでは用件もだいたい終わったようですし、私たちは帰りますね。またそのうちよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。何かありましたらご気軽にご連絡くださいね。あとお帰りはお気をつけて」
「はい? それではまた」
やっと帰れる。しかし新しく人、人じゃないか。増えるのかあ。慣れるまで大変そうだ。
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