蛇に早くと急かされる


「うわぁぁぁぁぁっ!」


 夕食の後片付けをしている最中。ソファーに寝転がってTVを見ていた雷太が、いままで見たことのないスピードで飛び去っていく。

 何ごとかと雷太が直前までいたソファーへと近づくと、窓の外に70~80cmほどもあるだろうか、なかなか大きな蛇がにょろりと鎮座していた。

 堂々と落ち着いた様子でこちらを見つめてくるその姿は、ただ者ではない雰囲気を感じさせる。だがそうは言っても見た目は大きな白蛇、これが雷太が言っていた謎の蛇なのだろうか。


「あの……、もしかして手紙置いていったっていう蛇さんですか?」

「あ、はい。その蛇です。お手紙読んでいただけました?」


 丁寧な受け答えに驚く。雷太よりしっかりしてるんじゃないかなこの蛇。それと手紙の件も想像通りだったらしい。


「えっと、いただいた手紙なんですけど、恥ずかしながら達筆すぎてほとんど読めなくて。かろうじて婆ちゃんの名前があることくらいしか」


 蛇が驚いている……ような仕草を見せる。自分自身、驚くほど冷静に対処できているのが悲しい。珍妙な出来事に馴れてしまったという事実を再確認してしまった。


「あー、まさかそんなことになってたとは。ちゃんとお手紙で伝えた方が丁寧かと思ってたんですが裏目に出てましたか」


 首をうなだれさせ反省しきりの様子、の蛇。表情がないはずの爬虫類なのに、感情が伝わってくる。


「それでどんなご用なのかなと。せっかく来ていただいたわけですし直接ご用件を言っていただければ……」


 ぱっと顔を上げ、うれしそうな蛇。


「ああ、ありがとうございます。私が仕えているオヤシロさまが、鳥安さまにぜひ会いたいとのことで」


 突然の提案に驚きつつも、同時にオヤシロさまとは誰なのだろうかと当然の疑問が浮かぶ。


「うちの婆さんのお知り合いなんでしょうか、そのオヤシロさまという方。そんでもってなんで俺が?」


 なるほどそうだったのかと得心がいったようで、蛇の方もとりあえずと落ち着いて説明を始めた。


「ああ、なるほど話が伝わっていなかったのですね。鳥安さまのお婆さまが生前オヤシロさまに鳥安さまの保護といいますか、安全を願って幾度となく参拝されておりまして。お婆さまが大変信心深い方だったのでオヤシロさまもその願いを叶えるべきだと……、かなり気合いが入っておりまして。ええ」


 婆さんがそんなことをしていたのかと驚いたが、そもそもオヤシロさまが誰なのか分からない。そんな俺の表情を察したのか、蛇が続ける。


「あ、そうですよね。オヤシロさまのことをまずはご説明しないとですね。オヤシロさまはここからさほど遠くないお山に社を構える土地神様ですね」

「え、神様?」

「ええ、神格を得た白蛇の神様です。大変美しく慈悲深い方ですよ。すこし思い込みが強いですが」


 聞き捨てならない単語がさらりと流れた気がした。そして無視していいような単語ではないことも同時に感じられた。

 これは覚悟を決めるしかないのかと気を引き締め直していると


「ああ、さすがに今日じゃなくても大丈夫だと思います。数日中にいらしてもらえればと。もちろん、取って食おうとかそういうものではないです。まあ引っ越しの挨拶とか顔合わせついでだと思って」


 ほぅと胸をなで下ろすが、行くのは決定事項ということなのか。そして重要なことも聞かなくては。


「あの、場所はどこに……?」


 少しばかり恥ずかしそうにしている白蛇。そうですよね、こんな初歩的なことを伝え忘れていたんですもんね。


「ここから北東にお社があります。白麗社と呼ばれておりまして、この地域に古くからいる人間に聞けばわかるんじゃないかと。歩いても1時間かからないと思いますよ」

「あ、えっと。わかりました。近々伺いますとオヤシロさまにお伝えください。あとなにか気をつけるようなことありますかね」

「お気軽にどうぞ。お婆さまとの約定を果たせなくてやきもきしていたのが爆発しただけですし。本当に顔合わせ程度です。そういえばお婆さまにオヤシロさまのことなにも聞いてませんでした?」

「うーん……、オヤシロさまって名前は直接聞いてないような。なんかひとりでもさみしくないように神社にお参りしておいたよとかそのくらいかな……」

「あー、言葉数の多い人じゃなかったですもんね」


 その一言で済まされるのだろうか、と疑問を持ちつつも、オヤシロさまとやらに詣でることは決定だ。しかもなるべく早く行かないと不味いことになるだろうな、と予想もついた。


「必ずお伺いしますので。そうお伝えください」

「はい。お伝えしますね」


 そう告げくるりと首を返すと、そのまま音もなく姿を消した。……山って事はここからそこそこ距離ある気がするけどどうやって帰るのだろうか。車通り多いよこのへん。



「あ、そう言えばお供えとかいるのかな……。持ってった方がいいよな」


 神様になにを持って行けばいいのか分からないが、どうしたものだろうか。線香は……仏様か。お花とか菓子折あたりかな。


(「もう帰ったかー?」)


 居間の壁から雷太が顔だけ出している。ホラー過ぎて怖いよそれ。


「うん、帰った帰った。そんでもって蛇の神様に会いに行かなきゃならんくなった」

(「うげ。それってめちゃくちゃでかい蛇ってことか?」)

「そうじゃないの。お使いの人も蛇だったんだし」

(「俺はパスだ」)


 心底嫌そうな顔をする雷太。お前そんなに蛇嫌いだったんだね。


「でもさ、お前は俺に憑いてるんだろ? 自動的に一緒に行くことになるんじゃないか?」

(「そうか。そうなんだよな……。うーんギリギリまで離れても外だと視界に蛇入るよなぁ」)

「諦めろ。まあ目でもつぶってたらどうかね。ぶつかったり転んだりする心配はないんだしさ」

(「蛇だろー蛇だよなー」)


 めっちゃ悩んでるな。

 ……そういえばいつまでコイツは俺に憑いてるつもりなんだろうな。

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