パイロットep02 街には神様とかもいます
「んー、あんまり腹減ってないな」
仕事が休みなので少し遅めに起きたーーとはいってもまだ9時なのだがーー青年は、おもむろに冷蔵庫を開け牛乳を取り出した。コップに注ぐのも面倒と思ったのだろうか、直接紙パックに口をつけてゴクゴクと一気に飲み干す。よく冷えていたのだろう、青年の胃に落ちるとコロコロと小さい音が腹の奥から鳴った。
そして青年はおもむろに充電器につないであったスマホを手に取り、トイレへと向かう。朝方に立て続けに入るニュースのトピックを眺めつつ用を足すのが彼のルーチンだった。
すっきりしたところで今日の予定を立てていく。休日ではあるが、少し外出でもしようかな、そんな気分だったのだ。そうしてたまには外食もいいなと、思い立つ。
目的が決まるとあとは早い。座椅子にかけられていた上着をシャツの上に羽織り、お出かけ用のアイテムを検品していく。
スマホとイヤフォンの充電はOK、manaca{交通系ICカード}と財布もOK、音楽プレイヤーの準備もOK。万全の布陣である。
よし出かけようかと玄関へと向かうと背後から声がかかる。
「俺も行く行く」
声の主は少年であった。肩まで伸びた金髪と、どこか人懐っこそうな顔つきが特徴的な少年だ。
するりと玄関まで付いてきた少年に青年は話しかける。
「大した用事があるわけじゃないよ、ついでに飯食いにいくくらい」
「そっか。まあ目的はともかくついていくけどな」
そんな言葉を聞いているのかいないのか、靴を履きつつ、昼に何を食べるか思案中の青年。
「ラーメンか、カレーか……、定食でもいいか」
後ろからついてくる少年を気にすることもなく、玄関へと向かう。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
青年の名は
見た目を表現するならば、無害そうな男、といったところだろうか。背は170程度とさほど高くもなく、顔つきも穏やかな部類だ。口調もおとなしいためか、特にお年寄りからの評判は高い。
垂れ目がちでだまっていると少しだけ笑っているような表情になるためか、困った老人子供によく声をかけられるのが昔から悩みであった。人助けが嫌いというわけではないが、急いでいるときに限って声をかけられるのだ。
そんな風助だが、半年ほど前、ひょんなことから祖母より家を相続することになる。定職に付いていないので、家賃がいらないのはとてもありがたいと喜んで移住し、快適で自由な一人暮らしを満喫する予定だった。
そしてもう一人、風助の後ろを付いてくる金髪の少年は名を
霊なので少し透けており、さらに常に少しだけ浮いている。多少なら空も飛べるようだが、取り憑いている関係からか風助からはあまり離れられないようだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ふたりは家を出た後、歩いて駅へと向かった。
徒歩圏内では飲食や娯楽となると少々物足りないので、地下鉄を使って最寄りの繁華街へと向かうことにしたのだ。
ちなみに雷太は移動中でも周囲を特に気にすることなく風助に話しかけてくる。
人前では努めて対応しないようはしているが、それは彼を嫌っているからではない。うっかり会話してしまうと、独り言をぶつぶつ言っている怪しい人物となってしまうからだ。
人混みに紛れられる街中ならともかく、さして広くない生活圏内でこれをやってしまうと、変人認定されて暮らしにくくなるのは間違いないだろう。
過去に一度だけ散歩中に不審者として通報された経験があるので、雷太が話しかけてくるときは周囲に最新の注意を払うようにしていた。
そもそも相手は幽霊なのだから無視してもいいだろうに、このあたり風助の人の良さがにじみ出ているといえるだろう。
「なあなあ、憑いて出かけるようになって気づいたんだけどやたらと外人見かけるな。なにしに日本に来てるんだ? 仕事か?」
風助はまわりを気にしつつ小声で応える
「住んでる人も多いんだけど旅行客はここんところすごい増えたな。お前の時代は外国人って珍しかったん?」
「めったに見かけなかったなあ……。東京とかならいたのかもしれないけど」
「そうなんだ」
地下鉄の中でも雷太のおしゃべりは止まらない。
「すげー、なんであんなに腹だしてるんだ?」
「……」
「路線増えてるなー」
「……」
「なんか
「……」
「めっちゃこっち見てきてるぞ
「……えっ」
「こりゃ俺を見てるわけじゃないな、お前を見てる」
「うへえ」
次の駅で降りますよ、という雰囲気をわざとらしいぐらいに演じつつ車両を移動する風助。
雷太が言うところのこえー人を決して見ないように、気づいてることを気取られないようにである。目を合わせたら取り返しがつかなくなる場合もある。
そうして普段はしない鼻歌なんかも口ずさみつつ離れていく。人からみたらやましいことがあるのではと疑いたくなる仕草である。
(「車両移ったのにまだこっち見てるのわかるなあれ、お前となんか因縁あるのかもな」)
「やめてくれよ……」
片手で顔を覆い、まわりから聞こえないような声量で呟く。隣の車両とはいえ存在を努めて無視し、じっと電車が進むのを待った。
トラブルをなんとか回避しつつ目的地である大須へと到着した風助たち。
大須は寺社や服飾店、電気街にオタク街がごちゃごちゃと混在している繁華街である。飲食店も多く、食べ歩き目的の観光客も多く訪れるエリアだ。
風助がまず目指したのはここ大須の名物のひとつである唐揚げ屋である。
大須に遊びに来る時は、ここの辛口の唐揚げを食べてまず小腹を落ち着かせることにしているのだ。
あとは買い物を楽しむ観光客や、メイド喫茶の呼び込みを横目に各種動物ふれ合い系のカフェなども冷やかしつつ、街をふらふら巡っていく。
(「メイドだっけあれ。あんな人たちが客引きしてるとかすごいよなー。でも団子屋とかおもちゃ屋とかまだあるのはうれしいよな」)
「おもちゃ屋とか人が入ってるの見たことないけどな。どうやって生計立ててるんだろうあれ」
何か目的があるわけでもなし、でも有意義な時間を過ごしていくふたり。
観光名所である大須には、織田信長の父である信秀ゆかりの寺や、駅名の由来である大須観音をはじめとする寺社仏閣が集中している。
そして歴史ある街ということで、当然のように様々な見えてはいけないものも数多く存在している。
たゆたっているだけのものもいれば、人の世に恨みをもっているのであろうもの、どれだけ長い時を経ているのかもう人の形を保てていない靄のようなものもいたりと、なかなかにカオスな状況であるが、ご新規さんらしき霊があまりいないのが多少は救いかもしれない。
長く存在し続けるほど情念のこもった霊も怖いが、死んだことに気づいていなかったり、死を受け入れられていない霊は常に自分の意思を伝えようとしているので無視しきれないことも多い。早い話、新鮮なのは
そして大須に潜んでいるのはなにも幽霊ばかりではない。
「ごぶさたしてます」
「おひさしぶりだね。後ろの子もまだいるんですね」
公園の隅にひっそりと建っているお社。落ち葉などもなくきれいに整えられており、地元の人たちに大事にされているのだろうなと思わせる小さなお社だ。そしてそのお社の上には青年が腰掛けていた。罰当たりなことこの上ないが、この社の家主なのでそのへんは問題ないのだろう。青年の年の頃は20代後半といったところだろうか、精悍な顔つきをしているが優しげな口ぶりで、風助を見つけて小さく手を振る姿がなんとも親しみやすい。
「近くまで来たので。ていうか前に来たの3ヶ月前くらいですよ、そんなに時間空いてないです」
「ははは。人とは時の歩み方が違うからね、ひさしぶりって言っておけば間違いないかなって」
「そういうものなんですか」
「でも来てくれるのはうれしいからいつでも大歓迎だよ。こうやって話できる人は多くないし」
にっこりと微笑む青年。
「まあ時間があるときはなるべく寄りますので」
「うん」
(「なあなあ神様。……あんたは神様なんだよな?」)
不躾な質問をする雷太
「うーん。一応はここに奉られているけど神様ってことでいいのかな? ずーっといるとそのへん曖昧になっちゃって」
(「そういうものなのか。霊を祓ったりとかそういう力あるの?」)
「それは僕の担当じゃないかな。もし僕が力添えするにしてもすこーしだけね。少しだけ。なに? 君は成仏だっけ……したいの? それはどっちかというとお寺の仕事だと思うんだけど」
「神社と寺で役割違うのか。いや成仏したいわけではないんだけどさ」
「まあ人がそうやって分けてるからこっちも合わせてるというか」
ニコニコと笑顔で答えてくれる。
「そんな棲み分けみたいなのあったんですか。そういえば神様の名前って聞いたことなかったですね」
目上と言えばこれ以上ない存在の神様になかなかに無遠慮な発言をする風助。
「好きに呼ぶといいよ。馬鹿にでもしているんでなければさほど気にしないし。でもまあちょっとは敬ってくれるとうれしいかな? まあご自由に」
いまいち本心が見えてこない神様に風助は
「じゃあ公園の神様ってお呼びさせてもらいます。不敬にはあたらないですよね……?」
「いいよいいよ。言われてみれば名前で呼ばれなきゃならないことってなかったものね。じゃあ公園の神様ってことで」
「公園を初めて作った人みたいだな」
「本人がいいって言ってるし」
「ははは。いいよいいよ」
コンビニで買っておいたお酒をお供えし、手を合わせ一礼する風助。雷太はその後ろでふわふわと浮いている。
当の“公園の神様”は満足げに風助を見つめ
「いつもありがとうね」
と一言つぶやいた。
その後商店街を通り抜け、晩ご飯になる予定のおにぎりをいくつか購入。駅へと向かう風助たち。
(「そういやでかい寺とかいかないのな、お前。せっかく大須に来てるのに」)
「でっかいお寺とか神社にいる神様とかはまあお参りしてくれる人いっぱいいるだろうし。あと忙しいだろうしね、たまにでもいいかなって。顔見知りってわけでもないし」
(「顔見知りじゃないから無視するって。罰あたらんだろうな、それ」)
「いやでもさ、ぜんぜんいかない人の方が多いんじゃないの、世の中。俺は心の中でちゃんと敬意を払っているし行ける時にはお参りもしているよ。ま、それよりも俺は薄暗くなる前にこのエリアを離脱したいわけでね、帰りますか」
少しだけ歩く速度を上げた風助。食べる頃にはさすがに冷めているはずだが、袋からつたわる握りたておにぎりのほんのりとした温かさが家路を急がせていた。
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