人外と人でなしが俺の話を聞いてくれない ~昭和のヤンキーに取り憑かれてしまいましたが僕は元気です~

蜂屋正月

パイロットep1 ヤンキーさんが後ろにいます


 ここは大いなる田舎。

 日本有数の大都市、名古屋を擁する愛知県の片隅にある地下鉄駅。


 それは始発前の早朝5時だった。

 スーツケースを足元に置きこれから旅行に向かうのであろう女性、まだ酒が抜けていなそうな顔色の悪いサラリーマン、こんな時間からどこに出かける用事があるのか不思議な老人集団。まばらではあるがこんな時間でも地下鉄を待つ乗客というものはそれなりにいるものである。

 そんな中にホームの端で始発を待つ一人の青年がいた。


 年の頃は20代前半だろうか。

 さして洒落っ気があるわけでもないが、清潔感を感じさせる見た目で身長は170そこそこといったところ。クラスに2人くらいいそうな平凡な見た目と雰囲気は、むしろ周囲に安心感を与えてくれるほどだ。きっと彼が捨て猫だったら、3番めくらいに貰われていくだろう。決して1番目ではないが、最後まで残るタイプでもない、そんな感じだ。

 まあ、服装を含めいろいろ気を使って整えればモテなくもない……かもと言えなくもない、そんな容姿だった。

 ただ、今現在の彼の顔には徹底的に覇気が欠けていた。

 ……まあ今日は疲れているのかもしれない。



「うるせぇぞぶっ殺してやろうかおう! 陰気くせえそのツラ一発なぐらせろコラ!」

(……すごくガラ悪いなぁ、俺のすぐ後ろでそんなエキサイトしなくてもいいのになぁ)


「フヒヒ、こ、殺したければ殺せばいいじゃないですか。僕はだれか道連れにしたいだけですからね。この人の背中を押して電車に飛び込ませられればあとはどうなってもかまいませんよ。な、なんだったら仲良く成仏したってかまいません。こんな若い子の未来をつぶせたら大満足です」

(……こっちはこっちでタチ悪いなぁ。俺の未来なんてたいしたものじゃないし命なんて狙わないでほしいなあ。まあだからと言って他の人を道連れにすればいいってワケじゃないんだけど。うっかり見たり知っちゃったら悪い夢見そう)


「いい根性してるなてめえ。わかったよツラ貸せ。ケリつけてやるよトイレに来いや」

「ヒヒヒ、や、やれるもんならやってみればいいんですよ」


 疲れ切った青年は、自分の背後で繰り広げられるののしり合いを尻目に、心底うんざりした表情でただただ電車が来るのを待っていた。


「やんのかコラぁ!」

「ヒヒ、ヒ」


 響き渡る怒鳴り声と卑屈な笑い声。

 まばらとはいえ始発前の静かなホームである、電車を待つ人たちの耳目を集めそうなものだが、なぜか誰も見向きもしないで、それぞれの時間を過ごしている。

 無関心極まる現代社会の闇だと社会派コラムに書かれそうな事案かと思いきや、無視され続けているのも当然である。この場において彼らの口論が耳に届いているのは言い争いの目の前に立っている青年ただひとりなのだった。

 なぜならば喧嘩をしているこのふたり……数え方が正しいかはこの際ともかく、このふたりはいわゆる地縛霊と称される存在なのだ。そして、そんな存在の声を聞くにはある種の才能が必要だ。本人が望んだかはともかく、この青年はそれを知覚できる力を持ってしまっていた。世間一般に霊能力などと呼ばれる力である。



「あのさ……、幽霊同士って殴り合ったりできるの?」


 青年がガラの悪い方の霊に気安い態度で尋ねる。


「生きてるのは殴れなかったけど幽霊同士ならいけるはずだ」


 長い金髪をざんばらに垂らした少年が、やる気満々で拳を握りながら青年に答える。中性的な印象を与える整った顔つきながら、気の強さをうかがわせるギラ付いた瞳。言葉の端々から威勢の良さを感じさせる活きの良い男だが、実際のところは死んだ人である。あとちょっと透けている。

 そして服装はこれまた今時珍しい詰め襟つめえりの学ラン、しかも短ランと呼ばれるたけを短く改造したタイプ。つまるところ絶滅して久しい昭和オールドタイプのヤンキーそのものの姿だ。そのわかりやすいオラつきっぷりも、服装と相まってなにやら伝統芸的な美学すら感じさせ、まるで90年代のヤンキー漫画から飛び出してきたよう。具体的に言うとマガジンかチャンピオンあたり。


「殴れるもんなら殴ってみればいいじゃないですか。」


 青年との会話で、少々ボルテージが下がりかけたタイミングで、口げんかの相手であるもう一体の霊が余計な煽りをかぶせてくる。

 こちらは見た目的に30代前後のサラリーマンだろうか。伏し目がちでたまに声が小さくなるあたり、生来の性格はあまり強気な方ではなかったのだろう。発言だけならばいかにも悪霊といった印象だが、悪行に踏み切れるタイプにも見えない。実際のところこのホームで起こった連続不審死などのニュースや噂は流れていないので、被害者はまだいないのだろう。もちろん今のところ、ではあるのだが。

 煽るような態度も売り言葉に買い言葉ということでの発言なのだろう。


 しかし、古今東西生死に関わらず、煽られて黙っていられるヤンキーなど存在しない。



「よし! おまえ殺す!」


 どちらも死んでいるはずなのだが、ヤンキー的に欠かしちゃいけない決めゼリフ。もちろん生きている時でも本気で殺意を抱いた事はないのだろうが……慣用句としての“殺す”という台詞セリフ。改めて認識すると物騒きわまりない。

 そしてヤンキー側が大きく振りかぶりパンチを繰り出す。風切り音が聞こえてきそうな鋭いパンチがサラリーマン風の霊を吹き飛ばした。まさか殴られるとは思っていなかったのか、焦りの表情を見せるサラリーマン。殴られて当然といった表情でそれを見下ろすヤンキー。


 すでに死んでいて透けているとはいえ、ヤンキーがサラリーマンに暴力を振るっている絵面えづらなど正直見ていられない。透けたおまわりさんがもしいるのなら、通報したほうがいいだろう。


(うーん、町中で見かけたら止めなきゃならない場面だろうけど。いや現実だったら止められないけど。なんか痛々しくて見てられないよ。このまま無視し続けるのも精神的に辛いし止めようかな、よし)

「まあまあ実害があったわけじゃないし、その辺で終わらせてあげて。おじさんも死んでるからといって変なことばかり言ってると、いらないトラブル呼び込んじゃいますよ」

「お、俺だって殴られっぱなしじゃないぞ!」


 痛みがあったのかどうかはわからないが、サラリーマンの方は興奮さめやらないご様子。周辺がどんよりと黒くなっていき、これぞ悪霊といった雰囲気を醸し出しはじめた。

 ここからパワーアップして本格的な幽霊バトルが始まるのだろうか。


「だっしゃあっ!」


 しかしこういう時のヤンキーは空気を読まない。パワーアップ中とか関係なく問答無用で殴りかかると、サラリーマンを包んでいたどんよりしてきた空気が霧散した。

 殴られた方も面食らったような表情を見せるが、すぐに気を取り直したようで


「いつもいつも理不尽に踏みにじられる! 俺が何したっていうんだ! たかが2年先輩ってだけで俺にいつも仕事押しつけてきたり、ていのいいパシリさせたり、社会人になってまでなんで俺ばっかり嫌な思いさせられ続けるんだ!!」

(これは生前の話かな。なんかいろいろ噴出してきたぞ)

「挙げ句の果てに飲まされた酒で泥酔して……ホームで転んで死ぬとか……」


 死因がまさかの本人の口から語られた。ちょっと同情しちゃいそうな最期だったご様子。

 死ぬ直前まで無念を積み重ねた末、悪霊となったのだろう。


「あー、なんか大変だったようですね」

「俺は悪くないんだ!! それでも死んでからも理不尽に殴られるとかこの怒りお前に理解できるか!!」

「いや、少なくとも今はおっさんが悪いだろ。こいつのこと殺そうとしてたじゃん」


 絵面えづらとしてはヤンキーに殴られるサラリーマンなので、ヤンキーの方が悪人に見えてしまうが、元々は彼が青年を殺そうと企んでいたのが原因なのだ。そしてヤンキーはそれを救った……ことになるのだろうか。イラついて殴っただけかもしれないが。


「……」

「……」

「だろ?」


 思わず沈黙してしまう青年とサラリーマン。原因を思い出した青年も思わず苦笑い。

 仕切り直すかのようにコホンと軽く咳払いしつつ口を開く。


「あなたもこんなことしちゃだめだよ。実際に手を出しているのかはわからないけど、そんなことばかり言ってるといつか後戻りできなくなるよ。幽霊が後戻りできない状況ってよくわからないけど」


(これでホーム飛び降り事件とかあったらどこに通報すればいいのかな。警察とか市役所に窓口あるだろうか?)

 あごに手を当てて青年が悩んでいるとホームにようやく始発電車が入ってくる。

 うつむきき黙っている元サラリーマンはそこから動く様子もない。


「それじゃ俺は仕事あるから」


 始発だけあってガラガラの車内で端の席を確保しつつ、サラリーマンから目は離さぬまま別れを告げる。

 こうやって話しかけられたのは今日が初めてだが、ずいぶん前からホームでみかけていた地縛霊の元サラリーマン。

 今後もずっといるのだろうか。思い直して成仏してくれるのか。もしかしてまた話しかけてくるのだろうか。青年は心底面倒くさそうにため息をついた。



「おい、俺のこと無視すんなよ」


 そして青年の隣に当然のように座ってくる元ヤンキー。大きく足を組んで大変ガラが悪いが、車内は空いているので誰かに迷惑をかけているわけでもない。そもそも幽霊である。


「うーん。お前は結果として俺を守ってくれたんだよな」

「そうだっけ」

「ありがとう、なのかな?」

 それは素直な感謝の言葉。

「知らね」


 そっぽを向いてヤンキーも応える。




 AM6時にもなっていないド早朝。ドアがゆっくり閉まり、電車は動き始める。


「朝から疲れたな、眠い……」

「駅ついたらおこしてやるよ」

「頼む」


 1分と経たずに眠りにつく青年。今日もごくありふれた日常がスタートする。



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