第11話人生の振り返りと、その他の選択の振り返り

「あっいけない。こんな時間…」

と妻は食事の支度を始めた。


「喉スプレーとトローチを買ってくるよ」

と声をかけ

近くのドラッグストアに向かう。


俺はタブレットのことを考えていた。


あれはたしかにトローチに似てるよな。


そうか…

あの一粒は妻が舐めたのか。


なぜだか少し笑いが込みあげてきた。



これまでタブレットで8の人生を経験した。

今の人生を合わせると9つだ。


どの人生が一番よかった?


そんなことは簡単だ。


俺はポケットのタブレットを取り出し

ゴミ箱に捨てた。


昔は『たわいもない幸せ…』という言葉を聞いても、鼻で笑っていた。

そんなものに価値はないと…

そう思っていた。


そんな言葉は

成功を諦めたものの

戯言だと…

そう思っていた。


まったく

俺は…

どこまでも

傲慢で

偏見で

そして愚かだった

今はそう思う。


そしてそんな自分さえも

愛おしく感じる。


そんな愚かな俺でも

大きな成功があっても、

たわいもない幸せがない世界線があると知った今

果たして

以前のように

不敵な笑みで笑えるのだろうか?


俺には

たわいもない幸せが

とてもとても

愛おしく見えた。


なぜだろう。

感情があふれだす。

涙の気配があふれだす。

日常への感謝があふれだす。


この日常の

退屈さが

とてもとても

愛おしく感じた。


妻の笑顔

妻の料理

妻の小言


同僚の気遣い

68円の缶コーヒー

たまに褒めてくれるツンな上司


自販機の下で拾った百円玉

アイスの当たり棒


そんな小さな幸せが

俺の心の支えになっていた。


プロによる愛想笑い

一流シェフによる料理

すべてに同意する部下


指示待ちの部下

豆からひいた炭火焼コーヒー

いつも褒めてくれる部下


取引先から貰った高級時計

なぜか当った有名ミュージシャンのコンサートチケット


大きいはずの幸せが

なぜだか

虚無的に感じられた。


俺の幸せには

いつのころからか

前提条件がついていた


但し…


俺と妻が幸せであること


と…


全ての幸せを共有したくなる

かけがいのない存在がいること

それこそが

俺にとって最重要だったのだと…


そう気が付いた。


他のどのルートを見ても妻はいなかった。

だから俺は妻のいるこのルートを選ぶ


ぱっとしない日常かもしれないけど…

あんだけあった可能性を蹴ってまで

選んだ人生だ。

これからもっと面白いことがあるに違いない。

それに

妻のことを愛しているからな。

妻とのことをナシにはできない。


俺はドラッグストアで

のどスプレーとトローチ

そして新作のスイーツがないか探した。

おいしそうなプリンがあったので

一つ買って帰ろう。


帰ったら、プリンを半分こしよう。

そんなことが、すごくすごく楽しみに思えた――。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る