第16話 ピクニック
ギルドマスターから極めて重要な情報を聞いた翌日、朝早くから私達孤児院の家族は一つの塊となってトレストの街を突き進んでいた。
私とリリィが先頭を歩き、レアードとカインが後列に並ぶ。
大人に挟まれる様に大勢の子供達が列を作って並び、ウキウキしながら笑みを浮かべていた。
私は背後の子供達に目を向け、笑みを見せる。
子供達は私の視線に気づくと、楽しそうに歓喜の表情を見せそのうちの何人かが隣に並ぶ。
子供達は楽しそうに最近の出来事を話してくれる。
孤児院のあそこを直したや、虫が出たなど大変だったはずなのに楽しそうに話している姿を見てホッとする。
リリィも小さい子の手を握ったり話したりして楽しそうにしている。
後ろに目を向けるとレアードとカインは子供達の世話に手を焼いていた。
子供達はレアードとカインに肩車や抱っこを要求しており、両腕に子供状態であった。
リアやティアなど内面がしっかりした子供達も互いに情報交換しながら笑い合っていた。
その後ろではグリードとアグロスが自慢げにまだ小さい子供達に剣術の自慢にしていた。
子供達は無垢な表情でそれを聞いていて、目の色を輝かせている。
私はその光景を微笑ましく見つめていた。
⭐︎
新緑の森。
トレストの南側、深淵の森とはトレストを挟んで逆側に位置する森がある。
その森は名の通り緑豊かな森であり、非常に日当たりが良い。
また日当たりの良さと肥沃な土から農業が盛んに行われており、田んぼや果物の育成が行われている。山を登っていくと山頂には開けた広大な草原が広がっており、ピクニックをするのに適した地形となっている為、有名な観光スポットとなっている。
そして、最後にこの森には魔物が現れないことも観光スポットと呼ばれる所以となっている。
この森には魔素が一切存在しない。
その為に魔物が近寄らず、産業や観光の妨げとならないのである。
南門を出た私達は真っ直ぐ南に向かう。
途中から街道を逸れて細道に変わる。
進むたびに徐々に景色が変わる。
田んぼが増え、虫の鳴き声が響き渡るようになる。
子供達は初めての街の外の景色に感銘を受けている。
子供達は田んぼの上を飛んでいる昆虫を見つけ、指を刺す。
皆がその指の先に映る昆虫に目を向け、すごいすごいと感動しているようだ。
「あれはトンボって言うのよ」
リリィは田んぼに近づくと宙に手を伸ばす。
しばらくするとトンボが集まり始め、そのうちの一匹が指に乗ってくる。
「「うわぁぁぁ!!」」
子供達は戻ってきたリリィの周りに集まり、指に止まっているトンボに目を向けていた。
子供達がバタバタと掛けてくる音でトンボは飛んでいってしまう。
あぁぁぁぁと残念そうにする子供を見てリリィはくすりと笑う。
「音を立てると昆虫は逃げてしまうわよ」
「じゃあ、どうしてリリィ姉はトンボ?を捕まえられたの?」
子供の一人が疑問を投げかける。
子供達は音を立ててないと言う理屈が分からないらしい。
「それはね、自然に溶け込むのよ。自然の一部となることでトンボの危機感を失くせるの」
「ん?よく分かんない」
子供には理解出来ないようだ。
首を傾げて可愛らしい仕草をしていた。
田んぼでは農業に励んでいるお年寄りが多く見らた。
子供達はお年寄りの元に駆けていき騒がしく何かを話していた。
私達は子供達の後を急いで追いかけるが、お年寄りと仲良く会話をしているのが確認出来て一安心する。
子供達は大きなリアクションをとりながら、言葉足らずな発言を手振り身振りで表現していた。
それを見ていたお年寄りは口元に手を当て、笑みを浮かべたり、腹を抱えて笑い合っているのが見えた。
お年寄りは子供達に行き渡るようにたくさんの飴やらお菓子を与え、それに感謝した後、私達はその場を後にした。
その後、皆で他の田んぼを見て回り、他のお年寄りともたくさん言葉を交わした後、ようやく新緑の森の丘の麓に到着した。
子供達は目を輝かせてウズウズとしている。
早く登りたくて仕方がないのだろう。
早速私達は子供達を引き連れて登っていく。
森の中は山道がきちんと整備され歩きづらさは感じない。
日当たりが良いためか、木々が元気に育ち森全体が明るい雰囲気を醸し出していた。
丘を登っていくと、すぐに果実農園が見えてくる。
色とりどりの果実が顔を出し鮮やかに彩っている。
その景色に子供達だけでなく私達も思わず笑みを浮かべていた。
子供達は再び私たちの元を離れていき農園で作業をしている夫婦に話しかけにいってしまう。
夫婦はしばし話した後、切り取った果物を配っていた。
子供達は喜んでそれを食べ、ほっぺが落ちるような表情を見せていた。
私達はすぐに駆けていき、謝罪の言葉を口にする。
しかし夫婦は気にしていないようで、私達にも果実を振る舞ってくれた。
確かにほっぺが落ちるような美味しさだ。
横を見ると、レアードがこちらに目を向けて必死に笑いを堪えていた。
レアードに蹴りを入れて、蹲っているうちに私達は登り始める。
しばらく色々な種類の果実農家や蜂蜜農園を見かけ、その度に少量を頂いていった。
レアードは反省の色を見せず、私の顔を見て必死に笑いを抑えている。
そんなに面白いの?
もう反応しないことにした。
農園を越えてからはしばらく登山が始まった。
たくさん口にしたからかお腹がたぷたぷだ。
脇腹に手を添えながらもみんなで笑みを浮かべながら登っていく。
途中、何度も休憩をとり、ゆっくり進んでいく。
そして、昼に差し掛かろうというところでようやく開けた空間に出た。
だだっ広い草原が辺り一面に広がっている。
所々に木が残っており日陰もきちんとある。
ピクニックにうってつけの場所に違いなかった。
子供達は草原を目にした途端に駆け出していた。
各々赴くままに走り回り草原を転げ回っている。
その姿を見てようやく私達年長者組も動き出す。
木陰にやってきて、巨大なレジャーシートを広げる。
総勢30人が入る広さだ。
いくつも広げて繋げて行く。
途中からリアとティアも戻ってきて手伝ってくれた。
昼間近と言う時間であるが、お腹が空いていなかったので、ここからは自由時間となった。
子供達は鬼ごっこを始めたのか掛け声を上げながら走り回っている。
リアとティアも鬼ごっこに加わり、可愛さらしい笑みを見せている。
私達は木陰で各自好きなことをする。
レアードは横になり寝始め、カインは持ってきたキャンプ用品でお菓子を焼き始めている。
私とリリィは木に背中を預けて、子供達の様子を見ていた。
「初めてかもしれないわね。こんなふうに家族全員で好きなように過ごすのは」
リリィが子供達に笑みを向けながら口を開く。
その瞳には母親の様な慈愛を感じていた。
「そうね」
子供達を見ていると思っていた事がたくさん溢れてくる。
「私、今とても幸せよ。生きて行くのは大変だけど、孤児院に生まれた事自体は悪い事じゃないって思ってる。だって孤児じゃなかったら子供達にもレアードやカイン、リリィ姉にだって会えなかったから」
これは紛う事なき本心。
子供達の笑顔、家族の笑顔が私の原動力であった。
「私もよ。昔は自分の境遇を憂いていたけど、今はそれ以上に幸福だなって感じる。それはきっとみんなで支え合っているから。一人じゃないって心の底から感じられるからだと思うの」
リリィは私に目を向ける。
リリィの瞳が私に聞いている。
あなたはどうなのって?
だからこそ、私も答えた。
「私も今は同じ。少し前までは頼れなかったけど、今なら分かる。家族ならそれが当たり前なんだって」
「その通りよ。もっと頼っていいの。もっと寄りかかりなさい。それが家族なんだから。レアードとカインだってそれを望んでる。分かるでしょ?」
今なら分かるとはっきり言える。
レアードもカインも心配してくれていた事。
いつでも手を伸ばし続けていたことに。
「ありがとう。みんなと家族になれて本当に良かった」
私達はその後も途切れる事なく会話を続けた。
⭐︎
それから数刻の間、ひたすら遊び続けた子供達は私達のいる木陰に集まり、休憩を始めたので、私は食べ物を焼き続けているカインの元へ向かった。
カインは額に汗を滲ませながらも手を動かし続けている。
「手伝うわ」
「なら、そっちお願い」
私達は息のあったコンビネーションで次々と焼いていく。
子供達は次から次に完食して行くが、見事に捌き切っていた。
子供達がお腹いっぱいになった為、片付けを始めた。
私とカインは並んで物を仕分けして行く。
リリィ姉さんとレアードは子供達と追いかけっこをして遊んでいる。
そんな姿を見ているとカインから声がかかる。
「体調は問題ないか?」
カインが私に顔を向ける。
キリッとした顔つきを崩さず、いつもと変わらない単調さで問われる。
「大丈夫よ。カインこそ大丈夫?きつい戦い続きだったけど」
カインは冷静な男で、いつも淡々としている。
その為、感情の抑揚をあまり表に出さない。
けれど、彼なりに心配してくれているのはよく分かる。
「君に比べれば大したことはないよ。けど君はスキルで無理やり回復させ続けていた。体には相当な負荷がかかっていたはずだ。本当に大丈夫なのかい?」
カインの表情が僅かに歪んだのを見逃さなかった。
きっと無理をさせてしまったことを悔いているのだろう。
「大丈夫よ。もう無理はしないから。だからそんな顔しないで」
カインはその発言を聞いて、僅かに目を開いて自分の頬に手を添える。
「そんな酷い顔してる?」
「いいえ。カインは抑揚が小さいからあまり変化はないわ。けど私達家族は分かるのよ」
「君も充分小さいよ」
互いに見つめ合い、やがて、吹き出す。
互いに口元を隠し、笑いを堪えている。
「ふふふ、ありがとう、カイン『にぃさん』」
「ふっ、君にそう言われると何だか照れるな。いや、こちらこそ何だかスッキリした。ありがとう、『妹』」
ぷっと、再び吹き出す。
それからカインとも途切れることなく色々なことを話した。
時には笑い、時にはガッカリし、けれどとても充実した時間であった。
⭐︎
夕方近くになり、夕焼けが見え始める。
皆あまりの景色の良さに言葉を忘れて見入ってしまっていた。
私は一人離れたところで夕焼けを目に収めていたが、足音が聞こえ目を向ける。
「よお」
レアードが隣に並ぶ。
「もう終わりなのね」
「物足りねぇか?」
「当たり前でしょ」
私は当然だと主張する。
「ふっ、俺もだ」
しばし静寂が訪れる。
並んで夕焼けを見ていると、レアードが再び声をかけてくる。
「とんでもないことになっちまったな」
間違いなく魔人のことを言っているのだろう。
「そうね。どうなるのかしら」
「さぁな。だが最上位騎士が来るってんだ。なんとかなるだろ」
私はそれでも不安を拭うことは出来なかった。
「最上位騎士って強いのかしら?」
私達は最上位騎士を見た事がない。
だからこそ聞いても意味がないことは分かっているが、それでも聞かずにはいられなかった。
レアードは考え込んだ後、ゆっくりと口を開く。
「ギルドマスターよりは強いってのは間違い無いだろ。それで魔人をどうにかできるかは分からねぇけど、俺たちは俺たちの出来ることをするしかねぇからな」
「連携訓練・・・・・・ね」
じわじわと不安が私を襲う。
「心配すんな。皆お前のことを嫌っちゃいねぇ。あいつらもな」
あいつらが誰を刺しているのかすぐに分かった。
だからこそ分からなかった。
「どう言うこと?」
「あいつら、お前のこと恨んでるとか言っときながら毎日見舞いに来てたんだぜ。一日も忘れることなくな」
レアードは笑みを浮かべる。
私にはその言葉が理解できなかった。
「え?もう一回言って?」
聞き間違いかともう一度聞き直す。
「毎日見舞いに来てたんだよ。律儀にな。なんだかんだ言ってもそれが本心なんじゃねぇのか?」
見舞いに来ていた。
私の事心配してくれていたの?
それが本心?
つまりそれって?
「本当は私の事恨んでないって事?」
「かもしれなぁって事だ。今度会ったら、お前の方から声かけてみたらいいんじゃねぇのか。きっと返事返してくれると思うぜ」
「そうかなぁ?」
自信無さげに嘆く。
「自信持て。お前の気持ちはきっと伝わるさ」
「そうね。私頑張ってみる」
そう言うとレアードは笑みを向けて、私の頭を乱暴に撫で回した。
その後、レアードと色々話をして盛り上がっていたらリリィとカインが子供を引き連れてやってきた。
皆今まで以上の笑みを浮かべていた。
「帰るか」
「そうね」
レアードと共にリリィとカインの元へ向かう。
その後、荷物を分散してまた笑顔のまま、森を下っていったのだった。
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