第59話 どうしてこうなっているのかというと
神社に隣接する公園のベンチを一同が囲んでいる。
座っているのは志喜とチコだった。
「どうやら妖力のバランスが偏ったみたいで」
そう語り始めたのは小清水だった。何のことを話しているのかと言えば無論、羽多の飼い犬と化したふじのことである。
「ボクがしばらく飼っていたんだよ」
「どうやって島から連れて来たんだ?」
「それこそ妖力が弱まっていたからね、鞄の中で大人しくしてもらっていたよ」
志喜は、小清水の荷物が出航の際に一つ増えていたことを思い出していた。
「ちょいと具合がよくなったみたいで、化ける練習してたら、こうなってね。ほのかのとこに行ってみたら、優もいてさ、話したら」
「私が飼ってもいいかなって」
「ボクは山に帰った方がいいんじゃないかって言ったんだけど」
「我もせめてもの罪滅ぼしに、お嬢を守ろうかとな。山の守護はすでに臣下に任せてある。時折我も見に行くと言っているし」
小清水の説明を遮るようにしてコーギーなふじが理由を述べた。
「犬がしゃべるといろいろ問題あるから。もう喋んないで。てか、お嬢って」
慌てて口元に指を立て、志喜はコーギーに顔を近づけた。
「大丈夫、私だけでなく母様と婆様から術を施してあるから、万が一にもそれがまた暴れ出すことはない」
茅野からそう言われれば、安心と言うものであった。具合が悪くならないように、あのミサンガみたいなのも作れるだろうし、ふじ自身も何かしら対策をするからこそ提案しているだろうし。
「それにしても、あやかしを飼うなんて。優タンも思い切ったことしたね」
――お前が言うなよ
とは茅野と小清水が同時思ったことである。羽多は苦笑いをしている。
「ほのかてさ、憑いたのは祓うって言ってなかった」
「言ったさ、その気持ちに変わりはない。でも、ふじは優に憑いているわけじゃないし。ただ犬になって飼われてるだけだし」
「何か屁理屈じゃない?」
――だから、お前が言うか
茅野と小清水の声に出さないツッコミである。
「ていうかさ、暁とほのかって連絡取りあう仲だったの? 何で僕には番号とかアドレスとか教えてくれなかったのさ」
「その方が面白いと思って。ボクの胸触ってるし。それくらいの茶目っ気はあってもいいだろ?」
「胸触ったって……?」
何気ない――と言っても小清水本人は軽い冗談風にそう言わないと自身が恥ずかしくてしょうがないので、そんな風な口調になっていたのだが――小清水の一言に、羽多の顔色が蒼白になる。
「ああ、言ってなかったっけ? 志喜と初めて会った夜明けに、人気のない小学校のグランドでボクを押し倒して、そして胸にそっと手を置いてね、その後……」
「わー! その話は終わり。過失だよ、過失」
慌てふためく志喜は両手を大きく左右に振って、話しの終了を促すものの、
「でも事実だよ。そう易々と水に流せるわけじゃないよ。どうだった、ボクの胸は」
「それは……」
小清水の悪戯が止むことはなく、それは
「キーセーツー、今何想像したァ?」
茅野が真新しい制服の胸元から、よく見慣れた縄を取り出させることになり、それを必死で止めた。
「都筑君……」
「おい、また生霊化したらどうするんだ?」
羽多の目が涙目になっており、それを見て言った茅野の一言は志喜にとっても、羽多にとっても重々しいものだった。
「それはそうと、そっちのオオカミ……あおゆきがいる理由は?」
話題を変えたのも茅野だった。彼女からすれば、志喜から離別したということを聞いていたから、そこに、しかも海を渡って現れたことに並々ならぬ関心が起こるというものである。志喜にしても然りであった。
「主様からご命令だ」
あおゆきが言ったのはこういうことだった。チコが志喜に憑いていた日々。祖父の目からそれは実に実りの多い日々だったようである。それならば、チコを手元に置いて躾けるよりも志喜の傍に置いた方が勉強になるだろうと。よって、チコ待望の船に乗ることもできたそうだ。
「かわいい子には旅をさせろってわけか」
茅野はまた面倒事をといった感じで頭を掻いた。
「その通り、それならば私も同行することになるわけだ。私の使命だからな」
再会を喜びながら、志喜にはどうにも解せないことが一つあった。
「僕の記憶が消えなかったのは?」
チコの祖父が消すと言っていたチコたちと共に過ごした日々の記憶。それがなぜ残っていたのか、それを訊き出すいい機会だった。
「主様の話しによればだ、術の行使の途中で、都筑君と姫様や私との交流があまりにも緻密過ぎて修正点をだね……」
その話しぶりに志喜は、あおゆきらしからぬぎこちなさを感じた。
「えー私が聞いたのと違うぅ。あおゆきがおじい様に……」
「姫様、お召し物が乱れております」
と珍しく大きな声を上げたあおゆきの顔が赤くなったのを志喜以外の全員が気づいた。
「こっちで住む所はどうするの?」
と志喜が言った矢先に、メールが届いた。
「言い忘れてたけど、チコちゃんが今日からまた来るからね。それとお母さん賞取れちゃった!」
さっそくのツキということか。それにしても、どう「また」なのかは志喜には理由説明がなかったが、どうやら
「術かけたんだ」
「もちろん! またとり憑きますので、よろしくお願いします」
チコはニッコリして、一礼をした。
「あおゆきさん、それでその格好は……」
「ああ、こちらに来て、どうやら私は君らと同年代らしいようだからな。どうせならということで、主様の御力で君らと同じ高等学校に通うことになったのだ」
「はあ、そうなんだ」
――なんでもありだな
とは思ったものの、言葉にはしなかった。
「あれ、じゃあ、名前、フルネームは?」
「ああ、それも心配ない。佐倉蒼雪という名にしておいた」
そう言って、落ちていた小枝で地面に名を書いた。
「佐という漢字には助けると言う意味があるらしい。だから、姫様をお守りするあおゆきという意味にしたのだ」
「そう、良い名前だね」
志喜の笑顔に、蒼雪の頬がうっすらとピンク色に変わる。それを見て茅野と小清水が志喜の足を片方ずつ踏みつけた。
「痛いよ、何すんの?」
「虫がいたのでな、感謝しろ。キセツ」
「これはボクが知っているまじないの一つでね、悪い虫がつかないようにっていう」
しかめ面になる志喜に、立て続けに茅野と小清水が言い訳するのだが、
「暁、それ絶対ウソだろ」
との彼の反論は、
「他にも知ってるんだからね、まじないくらい」
否応なく彼女がクォーターであることが思い出され、あやかしの血筋なら本当に知っていそうなので、引っ込めざるを得なかった。
「都筑君……」
それを再び涙目になった羽多が手を口に当てて見ていた。
「どうしたの、優タン。目にゴミが入ったの?」
ベンチから立ち上がり、ティッシュを渡そうとポケットから取り出す。志喜の気遣いに彼女の涙目はすっかりおさまってしまった。
それをコーギーはあきれたように見ながらも、どこかほっとした様子だった。
憑いたことによる体調不良や、蒼雪との接触などによる体調不良は起こらないとのことも聞かされた。それというのもチコの祖父が施した術に寄るらしいが、志喜にはその詳細を知らなくても大したことではなかった。
「チコが憑いたってことは、蒼雪さんの住む所は……」
志喜が言いかけて、
「蒼雪は私の所に来い。部屋が余っているからな。じっくり祓ってやることもできる」
「一人暮らしするから、ボクの所に来るかい?」
名乗りを出るものを二人もいた。しかし、蒼雪はすでに住む所は確保してあると告げた。そんな女子たちの話しを和気藹々とした戯れと見ながら、志喜が
「でも、まあみんな一緒に春を迎えられたんだね」
と言うものだから、そこ居る女子たちがため息をついたことは言うまでもない。
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