第50話 思い出の風景
親に言われて通うことになった塾。努力してもなかなか成績が伸びなかった。そんな時に声をかけてくれた他の中学の男子。それが志喜だった。挨拶をしたり、アドバイスをくれたり、そして優タンと誰にも呼ばれなかった呼び方で呼んでくれた。
けれども、引っ込み思案な彼女は、彼の周りにはすでに友人たちがいたから、なかなか積極的に話すことも出来ず、それでも志喜と同じ高校に行って近づきたいと思うようになった。
以前よりも高いレベルの志望校変更は両親にも教員にも止められたが、それでも変えようとしなかった。成績が上がらない時には、それ見たことかと叱られもした。
一人泣いたことなど一度や二度ではなかった。
それでもあきらめなかった。
だから神頼みもした。おまじないもした。
そう、最初はそうだった。人のあまり来ない古い小さな神社。そこが息抜きの場所になった。誰に聞かせるわけでもなく、誰にも聞かせられないような、誰にも聞かせるつもりもなかった思いを呟いた。
そして高校合格。
それは中学までとは違うある意味を持っていた。自分が志喜の勉強のレベルに近づいたことを意味していた。
「バカだった私でも、ようやく都筑君と同じ所に行ける」
塾で志喜の周りにいた塾生たちの中で、別の高校に決まった生徒が多かったから、なおさらにそう思えた。
合格して、あの神社へお礼参りにも行った。
そして計画していたことを実施した。
春休みに志喜が祖父の実家に行くことは聞いていた。だから島内の観光を口実にして自分も会いに行こうと。
そしてメールを送った。返事はすぐに来た。
「それじゃあ、一緒に廻ろうよ。皆で」
一読して喜んだ後、気になった。
――皆って誰のことだろう?
志喜の周りに人がいることには慣れている。そのつもりだった。けれど、それはうらやましいことでもあった。その思いが志喜と会っていた塾がない日々に、遠く離れている日にそのうらやましさが、じっとしていられない気持ちになった。受験までの鬱屈した思いや押さえていた思いが合格とともにさく裂してしまったのかもしれなかった。
――行こう。すぐに
それは志喜に知らせたよりも一日早い出立だった。
それが羽多優の物語。
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