第24話 霧中の戦い
霧の向こうから飛びかかってきた二つ首の大蛇を、リグルが正面から受け止めた。
しかし、霧の中に浮かぶ影はそれだけじゃない。
僕は即座に指示を出す。
「イース! リグルの近くによれ! 絶対に離れるな!」
この状況では、バラバラに各個撃破されるのが一番怖い。
僕はイースと一緒にリグルの背中に駆け寄った。
リグルの腕に食いついていたミストオロチは、リグルに振り払われて、また霧の向こうに消えていく。
なんて恐ろしい戦術を使うモンスターなんだ。これじゃあ、どこからどれだけ襲われるか分かったもんじゃない。
さっきみたいに都合よく縁結びの加護が未来を教えてくれればいいけど、未来視は僕の意志じゃコントロールできない。当てにするのは避けるべきだ。
だったら霧の中から脱出したいけど……真っ白な視界は、あっという間に僕の方向感覚を奪っていた。もはや自分がどっちから来たのかもわからない。
せめてここが湖じゃなくて海だったら、波の音で方向がわかったのかもしれないけど……。
タイミングを計っているのか、霧の中の影は浮かんだり消えたりを繰り返していた。
だけどきっと、それも数秒。今のうちに対応策を考えないと……!
僕は、さっきリグルの腕に食いついていたミストオロチの姿を思い返す。
首が2つある、ネズミくらいなら丸呑みできそうなサイズの大蛇……鱗の色は少しくすんだ白色。きっと霧の中に保護色で隠れるためだろう。
種別はきっとドレイク種。だけど翼は生えていなかった。
「ゼル! スライムモードになって周りに広がれ!」
僕の指示を受けて、ゼルはすぐさまその場に溶けた。
そしてその液状の体で、僕たちを囲うように円を描いた。
ミストオロチは翼を持っていなかった。だから、地面を這いずって移動するしかない。
こうしておけば、ゼルの体の上をミストオロチが通った時に感知できるはずだ。
なんとか迎撃態勢を整えた時、どこからか「ぉあああぁあああぁ……」という重奏した断末魔のようなものが聞こえてきた。
バイロンさんのものじゃない。おそらくは、彼が連れていたモンスター――ドロウグリムの声か。
さっきの悲鳴からして、多分バイロンさんはすでにミストオロチに襲われた。
それで彼のモンスターが統制を失って、続けざまにミストオロチの餌食になっているのだ……。
できれば助けたい。だけど、この状況じゃ僕も動けない……!
せめて方角がわかれば……だけどこんな真っ白な視界で……!
僕たちもミストオロチたちみたいに、霧の中を自由に動ければいいのに……!
「……ミストオロチみたいに……」
そうか。
霧を操るミストオロチは、きっと何らかの方法で、この濃霧の中でも辺りの状況を知ることができる。
霧を操るモンスターだったら――
「ゼル!」
僕は、周りに広がって警戒態勢を取ってくれているゼルに言った。
「さっき飲んだ霧を吐け!」
ゼルは水たまりになった体の中から首だけを出して、パッと青白い霧を吐き出した。
あれは、バイロンさんのモンスター、ウィスペルの体の一部のはずだ。
もし、バイロンさんがまだ生きているのだとしたら、テイムモンスターの本能が……!
「よし……!」
リグルが警戒している方向から見て、右の方に青白い霧が流れていくのが見える。
バイロンさんはあっちにいる!
僕はゼルたちに指示を出し、リグルを先頭にしてその霧の先に走った。
その行動に刺激されたのか、ミストオロチたちが次々と霧の中から飛び出し、僕たちに噛みつこうとしてくる。
それをリグルが振り払い、イースが炎で迎撃し、ゼルが液状の体で捕えた。
5匹目を追い払った後に、ようやく霧の向こうに倒れた男の影が見えてくる。
「バイロンさん!」
バイロンさんは倒れ伏して、額からおびただしい脂汗を流しながら僕の顔を見上げた。
その右腕からだらだらと血が流れている。
下腕に4つの噛み跡。ミストオロチに噛みつかれた跡……。
「てめえ……何をしに……」
「あなたのウィスペルに用があります!」
この人は、ゼルを狙って僕を騙そうとした悪い人だ。
しかし、こんな人でも目の前で死なれるのは目覚めが悪い。
僕とこの人は、どうあっても対立する運命にあるけど……今この瞬間は、僕たちが協力しなければ明日がない!
「霧の体を持つあなたのウィスペルなら、この霧の中でも自由に動けるはずです! ミストオロチの位置を教えてください! 僕が奴らを追い払います!」
「…………っ」
バイロンさんとしても、獲物として狙った相手に協力するのはプライドが拒絶しただろう。
それでも、常に危険と隣り合わせにいるテイマーとして、必要なことを理解してくれた。
「ウィスペル!」
真っ白な霧の中、青白い別の霧が動く。
ひんやりとした冷気もウィスペルがいる方向から感じる。これだったら……!
「イース!」
僕は青白い霧が見える方向に向かって、指をさしながら叫んだ。
イースのファラミラが白い霧を貫く。
ぶわっと霧が一瞬取り払われ、その直後、丸焦げになったミストオロチがパタリと倒れるのが見えた。
よし! 行ける……!
ウィスペルが教えてくれる目印に従って、僕たちは2匹、3匹とミストオロチを仕留めていった。
全部で何匹いるかもわかった。全部で6匹! 仲間を失っても撤退する気配はない。
2匹はバッと散ったかと思うと、前後から同時に襲いかかってくる。
「ゼル! 後ろ!」
リグルが前のミストオロチを受け止め、ゼルがドラゴンモードに戻って、後ろのミストオロチに頭突きをぶちかました。
残り1匹――!
その時、僕はようやく、足元に1匹のミストオロチが忍び寄っていることに気づいた。
2匹は囮!?
声も出せずに後ずさったその時、そのミストオロチはぶわっとバネのように飛び上がって、鋭い牙を僕の目の前に突きつけた。
だけどそれが僕の喉に食いつく寸前――
一振りの剣が眼前を横切り、ミストオロチの鱗に深く食い込んで、その体を地面に叩きつけていた。
僕は尻餅をつきながら、その剣の主を見上げる。
紫色の眼光を放つ、鎧とマントをまとった骸骨。
ネクロナイト。
バイロンさんが連れていたモンスターの……。
「格下のテイマーに……一方的に助けられてちゃ……俺の残り少ないプライドが……廃る」
バイロンさんが脂汗を流しながら、にやりと片方の口の端を上げた。
「それに恩を売っておいた方が……この後、命を拾いやすくなるだろ……?」
その言葉を最後に、バイロンさんの体からがくりと力が失われた。
マイナスの仕事縁を持つ、今後どうあっても、対立関係からは逃れられない運命の人。
だけど一時的になら……こうやって協力することもできるんだ。
僕は頬を緩ませて、気を失ったバイロンさんに言う。
「恩なんか売らなくても……助けましたよ。あなたには、誰から僕のことを聞いたのか、教えてもらわなくちゃいけないんですから……」
ともあれ、命があったことを今は喜ぼう。
霧が晴れるのを待ってから、バイロンさんを街に運んで――
二つ首の大蛇が目の前に飛びかかってきた。
「――――っ!?」
僕は反射的に左腕で顔をかばう。
その左腕に、二つの首が――四つの牙が、勢いよく噛み付いた。
「あぅぐっ……!」
痛みを超えた灼熱の感覚が、一気に左腕を麻痺させる。
本能的に涙がにじんだ視界で、僕は腕に食いついたそいつを見た。
鱗に炎でついた焦げがある……。最初にイースのファラミラを食らったあいつか! まだ息があったのか!
僕が襲われたのに気づいたリグルが、慌てて振り返る。
だけど僕は、直感的に右手を上げて、それを制していた。
最初に倒したと思ったのに、こいつだけがまだ生きていた。
戦闘が終わったと思った油断を突いて、こいつだけが僕の元までたどり着いた。
僕とこいつには、縁がある。
「せ……精霊様のご加護により、このものから魔を取り除くべし……!」
とりわけ力を込めて、僕は普段はしない最後の呪文を叫んだ。
「――テイム!」
噛みつかれた左手から眩い光が広がる。
それに目がくらんでいるうちに、ほとんど感覚のなくなった左腕から、ゆっくりと牙が抜けていくのを感じた。
光が収まり、僕はまぶたを開ける。
すると僕のそばには、いまだ僕の血で口を汚したままのミストオロチが、大人しい顔で佇んでいた。
成功……だ。
僕が深く息をついて肩の力を抜くと、リグルが大急ぎで駆け寄ってきて、その翼から薬草をむしって左腕の傷口に当てた。
「ありがとう」
僕はそう言ってリグルの頬を撫でると、テイムしたミストオロチの顔を見下ろす。
名前をつけないと。
そうだな……四つの牙で噛み付いてきたのが縁だったから……。
「……『ヨキバ』。君の名前はヨキバだ」
そう言った直後、ヨキバの頭の上に状態窓が現れた。
ミストオロチ レベル9
Eランク
水・風属性/ドレイク種
・種族スキル
〈五里霧中〉
・個体スキル
〈水属性強化Lv1〉
〈Empty〉
〈Empty〉
・現ステータス(ステータス成長率)
体力:52(D)
魔力:32(F)
攻撃力:40(E)
防御力:30(F)
魔法攻撃力:51(D)
魔法防御力:28(F)
素早さ:53(D)
・推奨配合相手
〈シェリリス〉
意外と魔法型のステータスなんだな……。
それにDランクの成長率が三つもある。それでいてGランクがひとつもない。
明らかにリバグリーンやイグニスよりも高水準だ。
もしかすると、ミストオロチってEランクの中でも上位の種族なのかな……?
配合をしてない分、ステータスはリグルやイースに劣るけど、何より気になるのは末尾の項目。
シェリリス――聞いたことないモンスターだけど、昇華配合があるのは確かなことだ。
フォグリンを探してたのに、これは結構すごい出会いをしちゃったかも……?
それにしても、どうしてEランクエリアにいるはずのミストオロチがスライムの森に……?
東のFランクエリアにDランクのテルガルムがいた件といい……僕って運悪いのかな。
そんなことを考えているうちに、辺りに立ち込めている霧も徐々に晴れていった。
よかった……リグルの薬草のおかげでちょっとずつ痛みは収まってるけど、さすがに早く街に戻りたい。
バイロンさんも運んでいかなきゃいけないし――
「あれ?」
湖がはっきり見えるくらい霧が晴れてきた頃、僕のポケットの中からカタカタと何かが震えるような音がした。
そのポケットにはラバンが入っている。
それを取り出すと、ラバンの針がある方向を指して震えていた。
なんだこれ? 戦闘に集中してて気づかなかったけど、もしかしてずっとこうなっていたのか?
針が指した方向を見る。
そこには、いまだに深い霧が立ち込めている一角があった。
不自然に……霧を閉じ込めた透明な箱がそこにあるみたいに……。
そしてその中に、ミストオロチとは明らかに違う小さな影が、うっすらと浮かんでいる。
あれは……もしかして……!
僕に気づかれたことに気づいたのか、霧の中の小さな影は、びくっと怯えたように跳ねて、僕たちから遠ざかり始めた。
「ゼル!」
僕が指示を出すよりも前に、ゼルはスライムモードになってそれを追いかけていた。
スライムモードのゼルのスピードはそこらのモンスターには負けない。
あっという間に追い抜いて、ぐにょんと体を壁のように上に伸ばして霧の塊の前に立ちふさがった。
霧の塊は、ゼルの体の中にぽちゃんと埋まる。
そして当然ながら、液体の中で霧が立ち込めることはない。
白い霧が消滅して、ゼルの体の中には1匹のモンスターだけが残った。
まるでリスのような、小動物型のモンスターだけが。
「あれが……フォグリン?」
少なくとも、ラバンの針はそう言っていた。
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