第17話 数合わせなんていない
闘技場のロビーには、数えきれないくらいのテイマーとモンスターたちがひしめき合っていた。
「これがみんな、昇級選定大会の出場者……?」
「他のランクの出場者もいるからね。でもEランクが一番多いかも」
確かに、とてもEランクやFランクではなさそうな、強そうなモンスターもほんの少しだけど見かける。
「あの4本も腕があるゴリラみたいなモンスターは何て言うのかな……」
「グランバロッサです……! すごい……バルカンベアはどうやって手に入れたのかな……」
ノエルと一緒に応援に来てくれたメルカが、僕の後ろに隠れながら、あちこちにひしめくモンスターたちに目移りしている。
メルカは配合のみならず、モンスターそのものが好きなようだ。
あんな貧乏生活をしていたし、家がモンスター牧場のノエルとは違って、高ランクモンスターを見る機会も少ないのかもしれない。
「トーナメント表はあっちみたいだよ。行こ、シオン!」
「わわっ……あんまり引っ張らないでよ!」
トーナメント表はランクごとに壁に張り出されていたけど、Eランクは出場者が多いからか、4カ所に分けて貼り出されていた。
「1回戦の相手は……シージって人かな?」
「ノエルの知ってる人?」
「んーん。Fランクはまだ無名の駆け出しばっかりだし……」
まあ、相手が誰だろうと僕はゼルたちの力を信じるだけだ。
それに大会とはいっても、ランクアップが認められるかどうかは勝ち負けじゃなくて、試合内容で決まるって聞いてる。
いい試合ができればそれでいいのだ。
とはいえ、1回戦敗退じゃ不合格は免れないだろうけど……。
「君がシオン君かな?」
話しかけてきたのは、背が高くてメガネをかけた、なんだか神経質そうな男の人だった。
歳は僕たちよりちょっと上に見えるけど、多分10代だ。
「わたしがシージだ。1回戦で君と当たる」
「あ……よ、よろしくお願いします。シオンです」
いつもの癖で名乗りながら手を差し出すと、シージさんはそれを無視してメガネをクイッと上げた。
「馴れ合わない方がいいよ。私と君のどちらかは不合格になるのだからね」
そういうものか……勉強になるなぁ。
感心する僕の両隣で、ノエルとメルカが鬱陶しそうに顔をしかめていた。
シージさんは、僕の肩に乗っているゼルや頭に乗っているイグニスのイース、後ろに立っているリバグリーンのリグルを順番に眺めると、ふむと小さく頷いた。
「ドレイクパーティーか。しかもEランクを2匹も……育てるのに苦労しただろう」
「いやあ、それほどでも」
「しかし、いい選択とは言えないな。きっとEランクを2匹揃えるのに必死で、レベル上げにまで手が回っていないだろう。数合わせにただのチドラをパーティーに入れているのがその証拠だ」
……数合わせ?
「ランクの低いうちは成長の早いグリズリー種を中心にパーティーを組むのが効率的だよ。ちなみに僕のEランクモンスター・トラビスカはレベル20まで育っている」
「それじゃあ」と言って、シージさんは去っていった。
「対戦相手にアドバイスしてくれるなんて、優しい人だなぁ」
「そんなわけないでしょ!」
感心していると、ノエルが怒った顔で僕の肩を掴んだ。
「あれはね! 聞いてもないアドバイスを人にして、勝手に気持ちよくなってるタイプのキモいやつなの! つけ上がらせちゃダメ!」
「そうです、シオンさん……」
続けてメルカが暗い声で言う。
「大して実績もないくせに、知識をひけらかして偉くなったつもりでいるクチエスが……話題にも出してないのに自慢しやがって……自分もFランクのくせに上級者ぶんなカスが……」
あまりに怨嗟のこもった、深い穴から漂ってくるような声に、僕もノエルもメルカから1歩距離を取った。
「な、何かあったの?」
「いえ、別に何も」
「あと、クチエスって何?」
「口だけSランクの略です。この世に最も必要のない人種です」
絶対何かあったでしょ……。
「と、とにかく、あんなウザいやつに絶対負けないでね!」
「う、うん……」
自信があるわけじゃないけど……シージさんはひとつ、明確に勘違いしていることがある。
僕のパーティーに、数合わせなんて1匹もいないってことを。
通路から闘技場に踏み出した瞬間、たくさんの観客からの視線が――
――集まらなかった。
観客席にはまばらに観客が座っていて、多分全部で20人もいないんじゃないかって思う。
僕の応援に来てくれたノエルとメルカも悠々と最前列の一番いい席を取って、主にノエルの方が僕にブンブンと手を振っていた。
1000人くらいは簡単に入りそうな会場なのに、ほとんど空席。
だからものすごく寂しい……。
Eランク候補の試合の注目度なんて、こんなもんだっていうことだろう。
きっとAランクの選定大会には、この観客席がいっぱいになるくらいの人が入るんだろうな。
闘技場の対面からは、さっきのシージさんがメガネの位置を直しながら歩いてくる。
その背後には3匹のモンスターがいた。
真ん中を悠然と歩くのは、しなやかな体躯と長い尻尾を持つジャガーを思わせるモンスターだ。
あれがきっと、シージさんが言っていたトラビスカだろう。
臨戦態勢の証なのか、身体全体からぼんやりと燐光を放っている。金色の双眸が獰猛な輝きをたたえて、獲物――つまり僕に向けられている。
その右を歩いているのは、ずんぐりとしたバイソンのような4足獣だ。
特徴的なのは、背中に同心円状の隆起が刻まれた太鼓のような部位があること。
事前に大会で対峙することになりそうなモンスターについて、ノエルに教えてもらったけど――あの特徴は確か、ドラムパック。
Eランクのグリズリー種で、同じ種別のモンスターを強化する種族スキル〈獣神の祝福〉を持っている。
最後の1匹は、シージさんの左上辺りに飛んでいる。
鋭く大きな牙を口から生やした、人間の頭二つ分くらいの大きさのコウモリだ。
あれはファングバット。あれもEランクのグリズリー種だ。
攻撃力はさほどじゃなさそうだけど、ちょろちょろ飛び回られると厄介そうだなあ。
さすがは言うだけあって、3匹すべてをEランクモンスターで固めている。
きっとこの大会を完璧に勝ち上がるために、十分な準備を尽くしてきたんだろう。
でもそれは僕も、僕たちも同じ。
この1ヶ月の成果を、まずはここで試してやる!
「まずは1回戦……肩慣らしに、効率的な育成というものを教えてやろう。学習するといいよ」
シージさんの言葉に答えるように、3匹の獣たちが前に進み出てくる。
「ゼル、イース、リグル。行くよ!」
僕の声に応えて、リグルがのしのしと前に出て、イースが素早く走っては急停止する独特な動きでそれに続く。
そしてゼルが僕の肩の上で一声鳴いて、小さな翼を羽ばたかせながら、リグルよりもさらに前に出た。
僕とシージさんの他にもう一人、闘技場に立っている審判の男性が、僕たちの間に立って言う。
「試合時間は30分。相手のモンスター3匹を全員戦闘不能にするか、試合終了時点でより多くのモンスターが戦闘可能状態にある方が勝利となります」
僕が頷き、シージさんが頷くと、審判の人も頷いて両腕を肩の上まで上げた。
「Eランク昇級選定大会、第1回戦――バトルスタート!」
「トラビスカ! 行け!」
シージさんの指示を受けて、トラビスカが強烈に地面を蹴り、凄まじいスピードで僕たちの方に迫ってくる。
その背後ではドラムパックが地団駄を踏んでいて、その振動によって背中の太鼓のような部位が震え、どんどこどんどこという重低音を響かせていた。
きっと、あの音が仲間に力を与えている。
種族スキル〈獣神の祝福〉だ。
だけど、こっちのイースもすでに動いている。
尻尾に灯った炎を大きく大きくして、その光でゼルとリグルを照らしていた。
種族スキル〈龍神の祝福〉。
仲間のドレイク種を強化状態にする。
トラビスカの狙いは、その光の根源であるイースだった。
「ドレイク種のバフ役であるイグニスは、強靱で知られるドレイク種にもかかわらず自衛能力が低い! それが低ランク帯のドレイク種が見かけ倒しと言われる理由のひとつだ! 急ごしらえのお荷物1匹抱えて勝てるほど、対人戦は甘くない!」
ゼルとリグルが動く前に、トラビスカがイースへと飛びかかる。
回避は間に合わない。
いや、そもそもその必要がない。
僕はイースに指示した。
「イース! 《ファラミラ》で追い払え!」
炎が一瞬大きく灯ったかと思うと、イースは尻尾をぶんと扇のように振るった。
すると尻尾の炎の中から、大人の人が抱えられるくらいの火球が出現した。
「なっ!? ファラミラ!?」
シージさんが驚きの声を上げたときには、トラビスカはその火球をまともに受けてしまっていた。
ゴボッと音を立てて火球がトラビスカを飲み込み、獣は毛皮をブスブスと焼き焦がしながら地面の上を転がった。
クリーンヒットだ。ガルムルだったら一撃で命はない。
だけど、さすがに配合で強化されているだけはある。
トラビスカはぐるぐると怒りの唸り声を上げながら、かすかに焦げのついた身体をむくりと起き上がらせた。
「ファラミラ……火属性の中級魔法だと……? あのイグニス、そんなに育っているのか……」
イースがファラミラを覚えたこと。
それが、育成を切り上げたきっかけのひとつだ。
これがあれば自衛能力は十分。火力役としても頼りになる。
ただのバフ役じゃ、シージさんの言う通りお荷物一人抱えてるのと一緒だからね。
僕がにやりと笑うのを見て、シージさんは表情を引き締めた。
「どうやら君を侮っていたらしい。ここからが全力だ。ファングバット!」
シージさんの指示を受けて、ファングバットがパタパタと空に飛び上がる。
「薙ぎ払え! 《エアギラ》!」
ファングバットが消えたように見えるほどの高速で翼を羽ばたかせたかと思うと、そこから風の刃が広範囲に撒き散らされた。
風魔法!? それも全体対象の!?
あんな牙生やしといて魔法型か!
「リグル! イースを守れ!」
リグルが、いつもののんびりさが嘘のような俊敏さでイースの前に躍り出た。
直後、風の刃が辺り一帯を叩きのめし、土埃が舞い上がる。
僕は両腕で顔を庇いながら、それでもリグルから目を離さなかった。
リグルは緑色の鱗で覆われた腕を僕と同じように盾に使い、エアギラの風の刃を一身に受けていた。
しかし1歩も下がることはなく、膝を屈することもなく、その背中に小さなイグニスを堂々と守っていた。
「固い……! 盾役を兼ねたパラディン型か……!?」
回復役として採用したリバグリーンだけど、いざ配合で生み出してみると、本当に有用なのはその耐久力の方だと気がついた。
身体も大きくて、ゼルやイースをすっぽりと覆うことができるし、その緑色の鱗は、大抵のドレイク種の例に漏れず、初級魔法くらいならどっしりと受け止めて弾いてしまう。
傷ついたとしても背中から生えてる薬草をむしゃむしゃ食べて回復してしまうし、盾役としてこれ以上に頼もしい存在はない。
メルカのアドバイスに感謝だね。
「そろそろこっちも反撃だ! ゼル!」
僕の声に応じて、ゼルがくるっと鳴きながら空へと飛び上がった。
そして開かれたアギトに水流が溜まって、渦を巻いていく。
「
どんどこどんどこどんと、ドラムパックの背中の太鼓が鳴り響き、シージさんの3匹の前に魔法の壁が現れた。
魔法攻撃に対して有効な防御魔法、《マギシルド》だ。
だけど――
「――《ウォルルード》!!」
僕は会心の笑みを浮かべながら指示を出した。
ゼルのアギトに渦巻いた水流が、その瞬間、馬車を押しつぶせるようなサイズまで肥大化した。
「……は?」
空に現れた巨大な水球を見上げて、シージさんは愕然と口を開ける。
「じょ……上級魔法だとぉ!?」
シージさんのその絶叫ごと、3匹の魔獣たちは大水球に押しつぶされた。
ジャパッァアンッ! と水球が飛沫に弾け、再びその姿が現れたとき――
3匹の魔獣はもちろん、シージさんもまた、メガネが割れた状態で地面に伸びていた。
「シージパーティー、戦闘不能! よってシオンの勝利!」
審判さんの勝利宣言と共に、ゼルが僕の肩の上に戻ってくる。
そして僕は、地面に伸びたシージさんに、聞こえていないとは知りつつも告げた。
「僕のパーティーに、数合わせなんかいませんよ」
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