第7話

 シリュー君の宣言に嫌な予感がするも、それを面白がるようにジェシカ嬢が話し出す。


「あら? そんな噂があるの? じゃあ……ケイアさん、私と結婚して主都で暮しましょう?」


「はいお断りしますごめんなさい」


「残念。噂は所詮噂よねぇ。で、あの子はもしかして……」


「今の流れで頷く男がいると思ってるのか……まぁ君ならもしかしたら頷く男もいるかもしれないけれど」


「まぁ! それなりに私の容姿を認めているようね?」


「そりゃね。しかしこれは……」


 シリュー君はなおも続ける。


 その様子を、何も知らずにリヴァも周囲の人間も見守っているが――俺はもう、この後まかり間違って求婚をその場の空気に流されてリヴァが受けてしまわないか、心配で心配でどうにかなりそうなのです!


 お前! なんでそんなアメリカのサプライズプロポーズみたいな真似してんだコラ! 断られたら近隣の村にまでお前の黒歴史が刻まれるんだぞ!?


『長年、思っていた相手が少し前に一八歳を迎えました。だから……私は今日この日、彼女に求婚したいと考えています!』


 その言葉が告げられた瞬間、辺りからシリュー君をはやしたてる声が上がる。

 ……無論、隣からも。


「良いわよーキミー! がんばんなさーい!」

「……こりゃちょっと見ていられないな」


 こういうの『共感性羞恥』って言うんだったか。


『私……いや、俺は今日お前に婚約を申し込む! 次期里長として、どうかこれからも俺を支えて欲しい! リヴァ!』


 その瞬間、事情を知らない周囲の人間が静まり返る。


 求婚された人物が名乗り出るのを待っているのか、固唾を飲んで見守っていた。


 ああああああ……見ていられない! ダメだ、ダメだこの空気は!


 チラリと視線を向ければ……リヴァがキョロキョロと辺りを見回している。


 君だ君。今告白されたのは君だぞ! ほら、隣の友達が耳打ちしてあげている。


『さぁ、前に出てきてくれ、リヴァ!』


 もう一度シリュー君がそう言うと、リヴァは拡声器もないのに、周囲全てに聞こえるような大声で――



「えー! なんで私!? 私シリューの友達ですらないよね!? ごめんね、お断りします!」



 ……いや、まぁ断るのは予想出来ていたのだが……流石にそれは酷いというか。

 静まり返った辺りに響く、あまりにも容赦のないお断りの言葉。


 正面からバッサリってレベルじゃねぇ……首を斬り落とされ晒されたようなものだ……。


 そして静まり返った辺りから……大爆笑が上がった。


 流石にこれは……可哀そう過ぎやしないだろうか。


 だが……この三年間見ていたが、あの二人は友達とすら呼べないような関係だった。


 いつも一方的にシリュー君がからみにいき、それをリヴァが受け流し、さっさとどこかに行ってしまう。


 会話らしい会話もなく、何かにかこつけてシリュー君が自慢げに何かを語り、そしてたまに俺に文句を言って去っていく……。


 そりゃ確かに友達ですらないわなぁ……。


「あっちゃー……あの子、さっき馬車に乗っていた時に話しかけてきた子よね? あの二人って友達じゃないのね」


「まぁ、そうだね。雲行きが怪しくなってきたな。あの女の子の傍に行って来る」


「……そうね。あの男の子、逆上して襲ってくるかもだし」


 見れば、中央でマジックアイテム片手に立ちすくんでいるシリュー君が、周囲から上がる爆笑の声に気が付いたのか、見る見るうちに顔を赤く染め上げていく。


 そして我慢の限界が来たのか、マジックアイテムを地面に叩きつける。


 瞬間、拡大された異音が響き渡り、彼は試合用に置かれていた木刀を掴み取り――


「恥をかかせやがって! お前なんて! お前なんてもういらねぇ!」


 そう喚きながら、大勢が見守る中、凶行に及ぼうとした。


 その動きがスローモーションのようにゆっくりと俺の目に映り、急ぎ二人の元に駆け付けた頃には、木剣がリヴァへと振り下ろされようとしていた。


 リヴァも反応出来ているようだが……今回は俺が動くか。流石の俺も腹に据えかねる。


 おいガキ、うちのリヴァに何してくれてんだコラ。

 ゆっくりと見えていた木剣を、素手で掴み取る。

 向こうからしたら、突然俺が現れたように見えただろう。


「恥を知れシリュー君。今すぐここから消えてくれ。これ以上恥をかく前に」


「な! テメェの……テメェの差し金か! お前さえいなけれ――」


「いい加減にしろ」


 木剣を握りつぶす。

 飛び散る破片がシリュー君の顔にぶつかると、彼はよろめきながら、どこかへと走り去ってしまっていた。


 ……一連のやり取りを見ていた人間の中には、当然里長もいる。

 流石に、この状況でリヴァや俺を咎める言葉はないだろう、な。


「リヴァ。ここは居づらいだろう? 少し歩こうか」


「う、うん……驚いた……なんだったの今の……」


「……馬鹿な若者が現実を知っただけさ」


 そうして、未だ騒ぎが収まらないこの広場から、二人で抜け出し里の外れにある溜め池へ向かうのだった。




 すっかり日も暮れ、里の中央の大きなかがり火や祭の明りが、薄っすらと里全体を照らしているのが遠目から見える池の畔。


 そこで、まだ少し動揺しているリヴァが、ぽつりと語り始めた。


「驚いちゃった……ついあんな風に言っちゃったもん、逆上するのは当然かも」


「確かに。けれども、日頃の二人を見ていた人間は納得すると思うよ。なんで、彼の告白を止める人間がいなかったのかな」


「だってシリュー、ずっと威張ってるからね。この歳になってもあんな調子だもん。知ってた? 今シリューに取り巻きっていないんだよ。呆れて皆離れちゃった」


「……そういえば、いつも彼は一人だったな」


 どこか疲れた風に、そして同時に罪悪感を滲ませながらリヴァが語る。


「……里にさ、居づらくなっちゃった。お父さんとお母さんは大丈夫かな……」


「あの場には里長もいたからね。事情はみんなが知っているさ。むしろ居づらいのはシリュー君だろう。あんなことをしでかしたんだ、暫くは謹慎だろうさ」


「そっか。あーあ、成人して初めての収穫祭だったのに。変な思い出が出来ちゃった」


 苦笑いを浮かべながら軽い調子で彼女は言う。

 けどそれは……確かにその通りだ。


 なら……いいよな。少しくらい流れを変えたっていいよな。

 そもそもあんな求婚の仕方をするなんて俺は知らなかった。


 ゲームと全て同じじゃないのなら、最終的な流れさえ同じならそれでいい……よな。


「……リヴァ、今日から俺は君を子供扱いしない。一人の大人の『剣士』として、君に提案する。この里に来ている遺跡調査のパーティーが主都に戻る際、俺も主都に戻ろうと思う。新しく、やりたいことが出来たんだ。だからまた里を出るつもりだ」

「え……嘘、なんで急に……!」


 するとリヴァが悲痛な声を上げるが、それをさらに遮るように言葉を続ける。


「だから――リヴァ、俺は君に護衛を頼みたい。主都まで、一緒に来る気はないかい? 君なら、主都で新しい道に進めるかもしれない。もしそうなったら、俺も助けになれるかもしれない。君は主都で、新しい生き方を始めてみたいとは思わないかい?」


 そう告げると、彼女は目を見開き、こちらを凝視しだす。


「え、嘘本当に? 私が主都に……どうしよう……」

「実際、憧れもあったんじゃないかい? 剣を鍛えて、それがどこまで通用するか試したいと思っていたんじゃないかい?」

「それは……うん。私は試したいんだと思う……」


「……決まりだ。今日の出来事はご両親を説得するのに丁度良かったかもしれないね。俺も、説得に協力する。幸い、主都には俺の使っていた家もあるからね、何か困ったことがあれば俺も手助け出来るよ」


「本当に? 一緒に行ってくれるの? 私、本当は前から主都に行ってみたかった。でも主都で嫌なことがあったから戻って来たんだよね、ケイアは。私、ケイアも一緒に来てもらいたかったけど、そんなこと頼めないって思って言い出せないでいた……」


「は? いや、誰だそんなこと言ったのは。別に向こうで嫌なことなんてなかったぞ?」


「あれ? だって冒険者でやっていけなくなった根性無しってことで、商人ギルドでもいじめられて、それで里まで戻って来た情けないヤツだーって……」


 心外である! 風評被害甚だしいのだが!?


「……それ、シリューが言っていたんじゃないかい?」


「うん、確かそう」


「まったく……なんで俺はそこまで嫌われているのかねぇあの子に。これでも赤ん坊の頃に子守りをしたこともあるってのに」


「ね、なんでだろ。でもそっか……主都かぁ……きっと広いんだろうね」


「広いぞ、実は王都よりも広いからな、あそこ。大陸外からも人が集まるし、俺の所属している商人ギルド宛ての荷物も毎日届く。その関係で亜人や獣人も多いんだ」


「へー! じゃあ……先、家に戻ってお父さんお母さんに話しておかないと。たぶん反対されると思うけど……なんとかなるよね」


 なる。それは保障する。既に賽は投げられたようなものなのだから。


 後は明日、遺跡の調査に向かうジェシカ嬢一行に同行の旨を伝えれば……よしんば断られたとしても、俺の馬車だってあるのだし。


 いよいよだ……いよいよ始まるのだ『レイディアントマジェスティー』の物語が。


 全てはゲーム通りには進まないのは、既に分かっている。


 何よりも、一五年の歳月をかけて俺が主都をとりまく環境を変化させているのだし、少しは悲劇も回避出来るだろうと踏んでいる。


 この世界はゲームでは語られなかった様々な出来事が起こりえると、今さっきも身をもって知ったのだ。きっとこれから先だって不測の事態だって起こるだろう。


 だが……俺はその先を見てみたい。いや、一緒に紡いでいきたいのだ。


 物語のその先へ……輝ける未来へと向かうその道を、共に歩んでいきたいのだから――

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