第2話
拝啓、チームの皆、それにくそったれな我が社の上司の皆様。
俺がこの謎な世界に迷い込んでから、五年の月日が経ちました。
相変わらず目は覚めない。というかもうここが異世界だと認めている。
ここは、間違いなく俺達の作っていた『レイディアントマジェスティー』の世界だ。
しかもそれだけじゃない。『過去の世界』だ。それを決定づけた理由は――
「ケイア君悪いわねぇ……お出かけする途中だったのに『リヴァ』の子守りをお願いしちゃって。もうすぐうちの人が畑から戻って来るから、もう少しお願いね」
「ええ、大丈夫ですよ。今は収穫で皆さん忙しいですからね、いくらでも手伝えることならお手伝いしますよ」
「……本当、ケイア君ったらこんなに立派になって……お父さんもお母さんも鼻が高いでしょうねぇ……」
「いえいえ、まだまだ世界を知らない若輩者ですよ」
「そう言える一五歳がこの里に何人いるのかしらね……」
今、俺がゆりかごを軽くゆすりながらあやしている『リヴァ』と呼ばれた赤子。
本名『リヴァルス』は、紛れもない……『レイディアントマジェスティー』の主人公だった。
……間違いない。まだ薄っすらとしか生えていない濃い藍の髪と、同じ色の瞳は、間違いなく将来、深窓のお嬢様ならぬ『深蒼』のお嬢様となる人物だ。
そして……作品の売りである数多の分岐、いわゆるルート次第では、タイトル通り『輝ける女帝』へと至るとされている人物。
だが残念ながら、あの作品は序盤で終わっている。いや、終わらされている。
だから……この子がどんな道を選び、女帝へ至るのかは知らない。
「あーぶ……きーあー」
「んー、どうしたんだいリヴァ?」
「きーあー!」
「はいはい、きーあだよー」
「ふふ、本当にうちの子はケイア君が大好きねぇ。あの人ったら『パパよりも先に呼ぶなんてあんまりだ』なんて嘆いていたわよ?」
「はは……すみません」
「ふふ、いいのよ。あら、噂をすればなんとやらね、戻って来たみたい」
そして、戻って来た微妙に嫉妬心を抱いている彼女のお父さんと二、三言葉を交わした後、俺は日課である『里の裏手にある森の奥深く』へと向かうのだった。
「よしよし、今日もあるな」
森の奥。不自然に鎮座する大岩の窪みに身を滑り込ませると、何故か辿り着いてしまう拓けた場所に、五本の木が生えている。
森に生えている木とは明らかに違う種類の見知らぬ木。
この木なんの木気になる木は確かに存在していた。
そして俺はその五本の木から、今日も一つだけ実っている『小さな木の実』をそれぞれ回収する。
「今日で丁度五年、か。ここじゃ一年が三六五日じゃないからな、計算はしやすいな」
一年は三五〇日。俺がこの場所に来るようになってから、今日で丁度五年だ。
俺は……ここに実っている木の実を、毎日全て食べてきた。
知らない木の実を食べるリスクを何故負っているのか。その答えは――
「これで……もしもゲームだったら大体全ステータス+1750ってところか。強くてニューゲームなんてレベルじゃねぇなこりゃ……」
近くにあった石を軽く指でつまみ力をこめると、パンと音を立てて粉砕されてしまう。
どんな力だ。そして石を空に投げれば、遥か彼方まで飛んでいく。
間違いなく、ゲーム時代の『ステータスアップアイテム』の効果が俺に適用されている。
この場所は、元々はゲームになかった。だが、ゲームの難易度が難しいと嘆くプレイヤーの為、救済処置として追加された隠しマップだ。
『貴重なドーピングアイテムを無限に採取出来るポイント』として追加されたこの場所が、本当にこの世界にもあったのだ。
だが、無限に採れると言っても一日一つだけ。だから俺は、それを毎日欠かさずに回収し、食べてきたのだ。
実験として『攻撃力増強の実』を非力な女の子に食べさせてみたこともあるのだが、その子に効果は表れなかった。
どういうわけか、その効果は俺にしか現れないことが既に判明している。
悪用の心配はないと思うが、それでもこの場所は誰にも教えていない。
「……この里を出た後の安全の為に。そして……物語の続きを見守る為に」
俺の、今の目標はこれだ。『もう絶対に続きを見ることが叶わない物語を、現実として、近くで見守る』その為だけに、毎日欠かさず食べてきたのだ。
ゲームと同じなら、リヴァが一八の誕生日を迎えた年の収穫祭の日、主都から来た『冒険者一行』に見出され、この里から外の世界に旅立つ。
そして『主都リュクスフリューゲン』にて、彼女は最初の選択を迫られ、その道を歩んでいく。
俺は……それを近くで見守りたい。だが元日本人の俺に、危険に立ち向かう勇気も、特別な才能もない。だから……この救済措置を最大限利用させてもらったのだ。
これなら……彼女について行くだけじゃない。未来に降りかかる災厄を先んじて払い、悲しい運命を排除し、道を整えることも出来るのだ。
「情が湧いた……か。リヴァの道行きは決して順調じゃない。どんな道を選んでも、悲しいイベント、許せないイベント、苦しいイベントに溢れていた……それを、もしも回避出来たのなら……」
もしかしたら、その辛い経験がやがて彼女を女帝と呼ばれる人物に育て上げるのかもしれない。
だが俺には、どうしてもゲームとして盛り上げる為に、不必要で理不尽な展開を盛り込み、難易度を上げたようにしか見えなかったのだ。
まぁ救済処置を求められるくらい高難易度なゲームだったのは俺も認めているし。というかその内容で開発にGoサイン出したの俺だし。
だが、こうして現実としてそれが待ち受けていると知ったら、絶対に回避させたいのだ。
「あの子が一八になるその日まで……陰謀と欲望、覇権争いが渦巻く主都の道をならしておく……この世界をしっかりと調べて、助言を与えるのが俺の今の目標だから……な」
まぁ、嬉しそうに毎日ゆりかごの中から俺に向かい手を伸ばすあの子が、不幸な目に合うなんて許せないっていうのが一番の理由なんだけどな。
「一五になったから一応は大人の仲間入りだしな……今日、父さんを説得するか。最悪腕づくで認めさせることになるけど」
相変わらず優男にしか見えない俺。だが……本気を出せば大岩どころか家一軒くらい持ち上げられる程度の腕力もある。
戦士としての才能があると分かれば、さすがに里で腐らせておく訳にもいかないって考えるだろう。俺の父さんはそこまで愚鈍じゃあないからな。
さぁ……じゃあ最初の関門、突破させて貰おうか!
「構わんぞ」
「え? てっきり反対されるかと思ったけれど」
「母さんも構わないか? ケイアの才はこの里に留めておくにはもったいない」
「そうねぇ……どうしてか貴方、とても賢いものねぇ……私と父さんの子なのに、算術からなにまで里の大人顔負けだったじゃない。主都で働き口を探すのだって、良い選択肢だと思うわ」
普通に賛成されたんですが。だが、どうやら俺の頭の方を評価してくれているらしい。
確かに、日本では腐っても大学は出ている人間。まだ学校が一部の特権階級だけのものであるこの世界の平均より、多少は頭が良いかもしれない。
だが、それでいいんですかパパン、ママン。貴方達の息子は今『頭を使うとしても物理的に使う(頭突き)道』へ進む気まんまんなのですが。
「ただ、出来たら毎年三回は顔を出して欲しいわぁ……秋の収穫祭の時期と、冬の年越し、そして貴方の誕生日。三回は無理でも、せめて一回は戻って来てね?」
「ああ、そうだな。それに、お前がいなくなると里の商人の手伝いを出来る人間が減る。皆、お前には随分と助けられているんだぞ」
「はは……分かった、出来るだけ戻るようにする。じゃあ……今年の収穫祭が終わったら、俺、旅立つよ」
「分かった。主都は多くの人間が日々、他人を蹴落とし、成り上がろうとしていると聞く。お前は聡い子だが、それでも心配だ。重々、気を付けるのだぞ」
父は、幼い頃は中々の『昔気質な頑固者』と思っていたのだが、俺の記憶が戻り、子供らしからぬ動きをするようになってからは、割と自由に行動をさせてくれていた。
そして、様々な村の仕事を俺に体験させるような人だ。
恐らく、何かしらの才能……というより、要領の良さを見出していたのだろう。
だから、今回もある程度は自由にさせてくれるかもしれないという予感はあった。
が、母さんや、そんな軽いノリで送り出すんですか。昔からめちゃくちゃ過保護だったじゃないですか。
少し前までは森の木の実回収する日課が困難な程、監視の目がきつかったというのに。
「主都にはどうやって移動するつもりだ? 道中の護衛だって必要だ」
「そうよねぇ……この村の自警団のお兄さんを頼む訳にもいかないし」
たぶん何が出て来てもワンパンです。盗賊の凶刃に襲われても皮膚に跡すら残らない可能性。
一応、木の実の効果を確認する為に、様々な検証はしている。
結果、身体が危機を感じるような外傷を負うことはないと分かっている。
そして同様に攻撃力という名の筋力も。こっちに攻撃の意思がなければそこまで大きな力が出ることはない。つまり、日常生活に支障はないと言える。
素早さも同様。本気で走ると地球なら世界記録を塗り替えられるどころか、そのまま研究機関に連行されそうなタイムが出そうです。
知力も上がっているはずだが、こっちは実感なし。元々魔法の威力に関係するステータスだが、残念ながら魔法の使い方が分からない。それこそ、主都で調べてみるのもいいかもしれない。
そして最後のドーピングはMP。これも計りようがないので実感なし。
個人的にはHPが欲しかったが、この辺りは筋力のおかげで体力も上昇しているように感じた。
とまぁ、たぶん現段階で俺に護衛というものは必要ないのだが――足が欲しい。
流石に走って行くわけにもいかないし、残る手段は行商人に同行する、だ。
「行商人さんに同行したいと思ってるよ。かなり仕事のお手伝いで貸しも作っているしね、前々から相談はしていたんだ」
「そういえば、里側の帳簿付けやら何からしていたな。店の人間も感謝していたぞ」
「そういうこと。あの人ならしっかり護衛もつけてるし、無理なく主都まで行けると思うよ」
そうして親の許可を得た俺は、次に行商人が来る日まで、荷造りや今後の予定をつめていくのだった。
いよいよ明日、行商人がやってくる。
俺は自室のベッドで最後の荷物チェックをしながら、今後について考えていた。
主都はこの村から馬車で一月もかかるというが、途中で他の村にも寄るという。
まぁフルに野宿って訳じゃないのなら、長旅初心者の俺でもそこまで苦じゃないと思うのだが。
まぁ現段階で疲れ知らずなのだし、そこまで心配はしていない。
旅立ちを決めたあの日から、主都に引っ越す為の準備を始めていたのだが、俺は最後にカバンの中に『木の実が入った瓶』も詰め込む。
俺はもう、五年目の節目を境に木の実を食べてはいない。
だが、実そのものはこうして毎日回収していた。まぁまだ数週間分だけど。
俺にしか効果はないが、もしかしたら……人によっては効果があるかもしれない。
貴重品なのだし、一応こいつも持って行く。
「問題は主都でどう動くか……」
ゲームのルート分岐は多岐に渡る。リヴァは、あらゆる才能に恵まれており、様々な『ギルド』と呼ばれる各職業の集団に引っ張りだこにされる。
そこで、最初の分岐が入るのだ。
『騎士ギルド』『冒険者ギルド』『魔術師ギルド』『傭兵ギルド』『教団ギルド』基本はこの五つ。
それぞれストーリーの展開も変わり、どこに進んでも……厳しい展開が待っている。
その分岐後も更なる分岐が待っているが、それについては今は考えなくても良いか。
「俺が彼女を誘導するのは避けたい……あくまで彼女の人生なんだ……彼女がどこに所属しても手助けしやすい冒険者になるか……? それとも最終的に一番権力を持てる騎士ギルドか……」
ベッドの上で一人頭をひねる。既に夜も更け、蝋燭の明りが悩める俺の瞳を照らす。
炎……魔術師は正直不安要素しかない。俺が使えるかもわからない。
傭兵ギルドは、展開上様々な重要人物と顔を繋ぎやすくなるが、五つの中では一番難易度が高かった記憶がある。ヘタしたら仲間になるはずだった人物と敵対したり。
教団ギルドはまぁ……さらなる分岐で悪堕ちルートに行きやすいって印象だな。
こっちも面倒そうだし俺には向かない、か。
「父さんも母さんも俺が商人ギルドかどこか商人の店に働きに行くと思ってそうだよなぁ」
やはりここは無難に冒険者かね。自由度も高いしフットワークも軽いし。
まぁ……どんなに能力に優れていようが、人生は苦もあり楽もあり。これからリヴァが一八になるまで、俺が平穏無事に生きていられる保証もないのだ。
……まずは生活基盤を作るところから、かね。
そうして、俺は里を出た。
主都への道中で、様々な村、町、事件、主都の話を聞きながら、改めてここが俺のよく知る世界だと再認識しつつも、年甲斐もなく好奇心に胸膨らませていた。
当然だ。身一つで上を目指す、なおかつ自分に最低でも戦力だけは備わっていると知っている状態なのだ、そりゃテンションも上がるってものだ。
それに、行商人の護衛についていた『パーティ』つまり冒険者や魔術師の混成隊から、各々のギルド良し悪しも聞けた。
これも俺の選ぶ道の良い判断材料になってくれた。
この世界での俺はまだ一五歳の若造ではある。
だが、俺には力と知識、その両方が備わっていると自負している。
ゲームと全く同じだとは思わないけれど、それでも主要なイベント、その時代に起きることは把握している。
だから、俺は排除しよう。一八年後の、リヴァが独り立ちをする、本編が開始されるその前に。
俺を、まるで親兄弟のように、嬉しそうに手を伸ばすあの赤子が、将来苦しまないように、悲しまないように。
そう決意を新たにし、主都への旅路は進んでいく。
やがて一月が経過し、ついに辿り着いた主都。
やはり既視感がある。地球ではお目にかかれないような巨大な外壁に覆われた都市、物語の舞台『リュクスフリューゲン』。
様々な野望と裏切り、出会いと別れ、憎しみと殺意。ありとあらゆる感情と思惑が交差する魔都。
俺が、物語の舞台となるこの場所で、最初に選んだ道は――
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