自分の作品の主人公は『娘』みたいなもの、バッドエンド潰すのは当然だよなぁ?
藍敦【俺ネト一巻12/13発売】
プロローグ 道を整える為に
第1話
自分が人の上に立つ人間だとは思えないが、形式上はチームの上に立つことになり、早五年が経過していた。
どうも。気が付いたらチームのリーダーになっていたプランナー(とされている人間)です。
「じゃあ俺は少し部長に呼ばれてるから、たぶん三〇分くらい抜けるよ」
「了解しました。そういえば、畑山さんが今日の正午くらいに同じく部長に呼ばれてから戻って来てないんですけど、スマホも置いていってしまったみたいなので、もし見かけたら戻るように伝えてくれますか?」
部下にそう告げられ、俺は本社部長に呼びだされたミーティングルームへと向かう。
俺は別に会社を立ち上げたメンバーの一人じゃないけど、出来立てほやほやのここに入社してから、気が付けば制作チームのリーダーに選ばれていた。
今日はどんな理由で叱咤されるのかと軽く憂鬱な気分になりながらエレベーターに乗る。
「第二部の完成は再来年予定だよな……畑山さんにストーリー部分について相談もしたいな……」
畑山さんは、俺と同時に入社した元作家で、ゲームのストーリーを担当してくれていた。
『今ウケそうな内容を、低すぎず高すぎない、無理のないクオリティでゲームにする』という、なんとも志が低くも高くもない理念の元、自分達が遊びたいゲームを作るという心で一致団結してきたチームなのだが、その分シナリオはかなり重視してきたと言える。
かく言う俺も、既に発売しているゲームの一作目にして序章の『レイディアントマジェスティー ~最初の分かれ道~』のストーリーの続きがどうなるのか、チームリーダーだというのに先が気になり、ついつい話を早く教えてくれと聞いてしまうような、大人げない行動をしている。
「さてと……何言われるんかねぇ……」
そして俺は……部長に言われた言葉を飲み込めず、気が付くと駅のホームに立っていた――
「……そりゃ……畑山さんだっていなくなるだろ……なんて言えばいいんだよ……チームの皆に」
どうやって帰ったのか。電車にどんな風に乗ったのか、それすら思い出せないまま、俺はいつのまにか無人駅の一つ、終着駅であるその場所に立っていた。
消灯時間が訪れ暗闇に包まれたホームで、ベンチに座り込みスマートホンを開く。
「圏外……まだこんな場所あるんだな……」
ふざけるなよ、何が上場のチャンスだよ! 利益度外視しろとは言わないが、だからって――
「ソシャゲが儲かることくらい知ってる……でも……半分ギャンブルじゃないか」
『レイディアントマジェスティーシリーズの当社での開発を停止することにした。シナリオ担当の畑山君には既に知らせ、新たなソーシャルゲームのシナリオを考えて貰うことにした。なに、据え置きに比べたらまだ作業も減るという話だ、悪い話じゃないだろ? 幸い、レイディアントのキャラクターとコラボしたいという他社からの話もあり――』
頭の中で残響のように繰り返すのは、部長が俺に語った言葉。
ゆっくり、じっくりと成長していく会社に業を煮やし、社長は一発逆転の可能性に賭けたのだ。
ソシャゲは否定しない。だが、俺達はなんの為に今日までやって来た。
突然チームを解体して開発を全く知らない外部企業に委託するだと!? どうなってるんだよ、俺達が生み出そうとしていた世界は、物語はどこへ行く!
待ち望んでいるユーザーはどうだ! 少しは知名度だって上がって来ていたのに……!
「……明日、皆に伝えないと……畑山さんも今頃どこかで飲んでるのかな……クソ、俺も飲みたいな……本当に……」
雪の降らない都市。けれども確かにコートの中まで冷える極寒の夜、俺はそのまま眠りにつき、それで――
「え?」
まただ、また記憶が飛んだ。さっきまで俺は駅にいて、それで……え? 流石におかしい。
ショックで記憶が飛んだとかそういう次元じゃないんだが? は? え?
俺はどうして、知らない畑の真ん中に突っ立っているんだ?
ていうか昼? いつの間に夜が明けた!? 始発は!?
その時、背後から大きな男の声が聞こえてきた。
「“ケイア”! 何突っ立ってんだ、早く終わらせるぞ!」
「え!? え、え、なに!?」
「なんだケイア、暑さで頭でもやられたか? もういい、そっち座ってろ」
男性。恐らく俺と同い年か、もう少し上くらいの人物が、俺をそう呼ぶ。
ケイア? なに、それキラキラネーム? 俺の年代でそんな名前の人間なんているか?
っていうか今の人、明らかに日本人じゃないが。日本語上手いから帰化して長いとか?
ていうか俺、なんでここにいるんだ。
「なんだ……どうなってるんだ!?」
木陰に座り周囲を見渡し、思案した結果。
どうやらここは〇〇県でもなければ日本でもない可能性が出てきた。
畑と思われる場所で作業する他の人間も皆、どこか西洋を思わせる彫りの深い顔立ちに、その瞳も緑や青と、どう見てもアジア系ではない。そして何よりも――
「これ……俺だよな」
近くの池を覗き込むと、そこに映る自分の顔が、知らない少年になっていたのだ。
えー……子役かよってくらい綺麗な顔立ちしてんなこの子……これが俺みたいだけど。
年齢は一〇かそこらだろうか? 顔はともかく、身体はだいぶしっかりしてきている。
「そして何よりも……この子の記憶もある……か?」
不思議な感覚だった。まるで、生まれてから今日まで、この子と一緒にいたかのような、そんな感覚。
そして直前まで思っていたことまで全て、手に取るように分かるのだ。
……まるで、この子が突然俺の記憶、存在を思い出したかのように。
だが俺の記憶は、あの駅のホームで眠りに落ちたところまでしか残っていない。
……死んだ? それでこれは転生? んなアホな、そういう作品は資料として読んできたけれど。
「ケイア……ノースガル地方オプスの里出身……ギムスとヘレナの息子……分かる、普通に“俺”のプロフィールを思い出せる……やっぱり俺……死んだのか……?」
これが夢じゃないことは分かる。流石に夢と現実の区別くらい、こんなに頭を長く使っていれば分かる。普通は途中で目覚めるはずだ。
で、俺はどこかの国で生まれ育った。日本語のように聞こえるのは、生まれてからずっと母国語として聞いて育ったから、意識が“俺”になっても変わらず理解出来るからだろうか。
なら……日本と連絡はつくのか? もしも本当に死んでいるなら、未練は殆どない。
ゲームがどうなったのか、両親はどうしているのか、それを少しでも確認出来たらそれでいい。
だが……ケイアとして思い出せるプロフィールが圧倒的に少なさすぎるのだ。というか記憶をたどっても、ここがド田舎だってことしか分からん。
なんだよ『今日はリュクスフリューゲンから行商人が来るから早く畑仕事終わらせないと』って。さっぱり分からんぞ、行商人ってあれか、訪問販売か? 田舎の辺境だとあるって聞いたことがあるけれど。
「どうだ、少しは気分も良くなったかケイア。行商人が珍しいからと飯も食わずに働いていたからこうなるんだぞ、まったく」
「あ……うん、そうだね“父さん”」
話しかけにきた『父』にそう当たり障りなく答える。
自分がどう振る舞っていたのかは分かる。まるで日本にいた時のことを『新たに思い出した』かのような感覚だ。まったくの別人になったという感覚がまるでない。
「今日はもういい、家に戻れ。行商人が来る、行くといい」
「あ、うん。じゃあ……行ってくる」
少しでも情報を得る為、俺はその場を離れ、里の中を見て回るのだった。
えー……結論から言うとですね、俺この国知らないっすわ。
いや、知ってるんだけど知らない。聞いたことも見たこともあるけど、知らない。
何故なら――
「急に夢の可能性が出てきたんだが……『ミスティア王国』だと……んなアホな」
判明した名前は、俺もよく知っているが『あくまでフィクションとして知っているもの』だった。
だが、誰に聞いてもそのありえない話をされ、そして今俺がいる里に、どことない既視感を覚え、更に俺の思考をかき乱していた。
この身体としての記憶のせいじゃない。日本にいた頃の記憶に、この里の情報があるのだ。
リアルさも繊細さも、詳細も比べるまでもないが、確かに里の道や周囲の地形、そして里にある商店や畑、川といった立地が……俺のチームが手掛けていた『レイディアントマジェスティー』に登場する、最初の里と同じなのだ。
だが、その里に名前なんてない。ただの『始まりの里』としか名前がつけられていなく、主人公である『少女』の生まれ故郷、というバックストーリーしか存在しない場所。
だが、確かにその『始まりの里』だと分かってしまうのだ。
「夢か……そんな訳ないか……どういうことだよ……ゲームの世界? いや、なんだこれは」
異世界? 異世界が偶然俺達の作ったゲームと酷似している? んなアホな。だったらこれが長い夢で、今頃俺が病院のベッドで昏睡状態に陥っているって説明の方がまだ説得力がある。
そもそも“ケイア”って誰だよ。そんなキャラ知らん。
これは……もう少し様子見をした方がいいかもしれないな。
もしかしたらここがとんでもないド田舎で、奇跡的にゲームと似通った場所って線もあるのだから――
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