第4話 いかにしてニートは戦うハメになったのか

「…はぁ?」

拒絶の意を示した灰二に対し、ミンは自分の中に渦巻いていた熱いモノが一気に冷えるのを感じた。

「お前、今なんて言った?」

予想外過ぎる返答のせいで、低い声が出てしまうのも致し方ない。…まぁ、威圧目的なのも否めないのだが。

しかし灰二は伊達にニートをやってきていない。この程度の圧、母親から仕送りを止めるぞと脅された時に比べれば屁でもないのだ。

「だから、戦わないけど。というか、お前なに勝手に覚醒してるんだよ?そーゆーのは別でやってくれよな。」

「いやいやいやいや!どう考えたってここは一緒に戦う場面だろうが!それがセオリーだろうが!」

「セオリーなんか知るか!俺は戦わない!」

「戦わない魔法少女って、前代未聞過ぎるだろ!」

「別に戦わない魔法少女だっているだろうが!」

「おめーのそれは戦闘参加すらしないってことだろうがよぉ!」

「イグザクトリー!良く分かったねミン君!」

「舐めてんのか!」

直接戦闘参加しない、つまりはアタッカー以外のサポーターやヒーラーといったポジションの魔法少女は確かに居るが、戦闘に参加すらしないというのは、ミンの言う通り存在しない。

そも、魔法少女は人々のために戦うのが存在意義。それを無視するような人格の持ち主は、魔法少女適性ナシとして候補者から外されるのが普通だ。…残念ながら、この魔法少女はことごとく普通から外れているようである。

「そもそも、俺は魔法少女になりたくない!そもそも、魔法少女の救助活動は無賃金!とどのつまり、無償労働だ!クソすぎる!俺は働きたくないからニートやってんだよ!」

「黙れや社不(社会不適合者の略)!碌な生産活動をしてないお前も少しは社会の役に立て!」

「だぁぁあが断るっ!誰に何と言われようと俺は自分の信念を貫くね!」

ドヤ顔で宣言する灰二。それは人を煽るために特化した、とても憎たらしい笑顔だ。

「そんな所で魔法少女っぽさ出してんじゃねぇ!」

「ざーんねんでーしたー!俺は正真正銘、魔法少女でーす!」

「殺されてぇのかこのクソ野郎!」

「おっ、殺人予告か?執行猶予はつかないぞー?」

「黙れやこの不良品魔法少女がぁ!」

ズドンッッッ!!!

汚く罵り合う二人が居る部屋が、大きく震える。

「…え?」

ポカンと惚ける灰二。対して、ミンの表情は苦々しいものとなる。

「始まったぞ、大型ダーティニアとの戦闘が。」

「こんなに揺れるもんなのか?この前きた時はそうでもなかっただろ。」

「バカ。出現場所が中央区ここに近いんだよ。」

「ふーん。…ん?」

パラパラ

振動に呼応しているかのように、天井から埃やら土やらが降ってくる。何度でも言うが、ここは耐震性をドブに捨てたアパート。例えば大きな振動…、戦闘の余波などが軽く来るだけで倒壊することは目に見えている。

そして、ここが倒壊してしまっては灰二が住むのは実家となる。

そう、鬼のような母親が居る実家だ。ニート生活など許されるはずも無い。

(ダーティニアが暴れる→家倒壊→実家に行く→ニート生活強制終了。…あれ、これまずいんじゃねぇの?蟹漁船にでも乗せられるんじゃ?)

「あ、あばばばばばばばばっ!」

「突然発狂し出しだしてどうしたハイジン廃人。」

「いっ、いいえががががっ!とっ、ととととうかい!」

焦りすぎてキョドったオタクのような物言いになる灰二。だが、現在進行形でニート生活が脅かされているのだ。こうなってしまうのも当たり前と言える。

「家ぇ?そりゃ、このままだと倒壊するんじゃ…、あ。」

ぴかーん、とミンの優秀な頭脳が閃いた。

「ハイジーン。お前、ニート生活したいんだよなぁ?このままだと、このアパートは倒壊しちまうなぁ?」

灰二の肩に、ぽんと手が置かれる。

「あ、あぁ…!」

にたぁ、としたミンとだらだらと汗を流す灰二。それはまるで、多額債務者に脅しをかけるヤクザのようだ。しかも、場所が汚部屋のせいで、よりそれっぽさが加速していく。

「魔法少女、なろうか?」

「は、はぃぃ…。」

クソニート、陥落。この男、とんでもなくゲスな理由で魔法少女になりやがった。世の魔法少女達が聞いたら憤慨すること間違いなしである。

「それじゃ、名前登録しようか。」

「くそが…。」

トントンと、半透明の板を指す悪徳業者ミン。それはMASCOTが持つ情報共有用のボードだ。魔法少女登録や、簡易的なプロフィールを書けたりする、住民登録からSNSまで幅広いことを出来るツールである。魔法少女ランキングなどもここで発表されるため、スマホというよりかは町内掲示板という扱いだ。

「名前は被りがないようにしろよー?あと、下品なのもNG。」

「マグロは?」

「…………アウト。」

「ん〜?海産物なのに、何でアウトなのかな〜?なーにを想像したのかな、クソマスコット〜?」

喉元過ぎれば熱さを忘れるとはまさにこの事。(ニート生活における)危機的状況にあるのに煽るのを忘れないとは、流石は社会のお荷物といったところだろう。

「とっとと書け!家がぐっちゃぐちゃになってもいいのかよ?」

「スミマセンそれだけは許してください。」

すぐさま土下座をかます灰二。プライド?そんなのはニート生活の前では使い捨てられたティッシュと同然なのである。

「決まらないなら、きゅわきゅわ♡クルルンとかにしてやるぞ。」

「キッッッッツ!この年でそれはきついからやめてくれ。」

「なら速く決めろ。」

「うーん。俺に合った魔法少女名ねぇ…。」

頭をひねり、記憶の彼方へと封印していた暗黒時代(別名中二病)の感性を蘇らせる。

(引きこもり…、社会的に終わってる…。あ、これならいいんじゃないか?)

「ワンルーム・ディストピアとかはどうだ?」

「唐突な自虐を初めてどうした?ハイジン。」

「いや…、かっこいいだろ。ワンルームとか、ディストピアとか。」

「名前の由来さえ知らなければ、まぁそうかもな。」

「いいだろ別に!音の響きが俺の中二魂を擽るんだよ!」

「ほいほい。じゃ、今日からワンルーム・ディストピアとして頑張っていこうぜ!」

ニカッと笑うミン。絶対に断れないと分かっている相手に対する笑顔は、嫌なほど清々しい。

「そしたら、次は魔法武器の生成呪文を…


ドォォォンッ!!!


バラバラバラバラ!!!

アパート全体がぐらぐらと揺れ、天井から土くれやら埃やら虫の死骸やらが雨のように降ってくる。

「いぎゃあー!!!マイルームが壊れる!おい、とっととダーティニアをぶちのめしに行くぞ!」

そう言い、窓をガラリと開ける灰二。魔法少女になったお陰か、身体能力も一般人とはかけ離れているようである。

「呪文はどうすんだ?」

ふわふわと付いてきたミンがそう尋ねる。

「あー、【なんか強いのでろ】これで良いだろ!」

「なんつー適当な…。」

「るっせぇ!速く行くぞ!」

窓枠に足をかけて、ローラーシューズでガッッ!!!と空を蹴る・・

これは魔法少女に備わっている基本魔法、浮遊魔法だ。基本魔法とは言え侮ることは出来ない。そも、人間とは陸地に住む生物だ。いきなり浮かべるようになったからといって、空中での姿勢の制御は決して簡単ではない。センスがない限り、完璧にマスターするのに通常三年はかかると言われている程だ。

だからこそ、ミンは啞然としているのだが。当の本人は何とも思っていないようだ。

「何で飛べるんだよ、お前?」

「あ?別に普通だろうがよ。今の俺は魔法少女サマだぞ?」

TVに出るのは浮遊している魔法少女ばかりなので、魔法少女=空を浮くものと考えているワンルーム・ディストピアからすれば、さして驚くことでもないのだろうが。

「えぇ?まじかよ。もしかして、スカイダイビングの経験とかあるのか?」

「俺は根っからのインドア派だ!そんな陽キャ的なイベントするわけ無いだろ!」

ミンの困惑など気にもとめず、空を滑空していく灰二、いや、ワンルーム・ディストピア。これから初陣だと言うのに、全く気負っていない。

(こりゃあ、とんでもない逸材を引き当てたかもな。)

戦闘の恐怖よりもニート生活の終焉を恐れている相棒を見て、ミンは少し呆れ、笑った。


オマケ

この世界の主要国家


日本…元ネタは政治家の汚職多すぎる国。

合衆国…元ネタは関税計算ガバガバな国。

連邦…元ネタは革命的で真っ赤なお国。

民主共和国…元ネタはくまのプーさんを検閲した国。

労働連盟…元ネタは独裁者がネットの玩具の国。ちくしょうおめー!



独立浮遊都市国家シモキタザワ…サブカルチャーの聖地であり、国際交流の要の地。永世中立国。ちなみに、浮遊してる都市や国家はここ以外にない。



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