ワンルーム・ディストピアは働きたくない

椎螺艦澄

序章

第1話 初出勤、またはニート活動の維持

実に不思議なことだが、この世界には魔法少女が存在する。

魔法少女−−−華美な衣装を纏いビームやら魔法やらを繰り出して敵を倒す、うら若き乙女たち。百年ほど前には液晶の中の存在だったが、今では街中でよく見られる存在である。

といっても、彼女らが登場したのは四分の一世紀前のことだ。

1999年7月5日、ノストラダムスの予言は大当たりし世界各国どころか南極や北極、海上に異界と此方を結ぶ無数の"ゲート"が開いた。そこから這い出てきたのは地球上のどの生物とも似つかない真っ黒な泥のようなナニカ。破壊行為を開始したそれら、Dirtyniaダーティニアに各国政府が攻撃を試みるが、火も銃もミサイルも核も、何一つとして効かなかった。

ダーティニア対抗だと大義名分を振りかざし核を落とす合衆国。消えかかっていた筈の共産主義が復活し、革命が成された連邦。内部分裂が起こり数百年前のような有様になった人民共和国。大国の内政はぐちゃぐちゃ、小国は泥に飲み込まれて土地ごと消滅。混沌の渦に飲まれて、ジリジリと劣勢に追い込まれていく人類。

後にバッド・フロンティアと呼ばれるこの時代。

そんな人類史上最悪の時代に、原初の魔法少女は誕生した。

それはダーティニアと同じく異界から訪れたMASCOT(Miracle and Synergy Creatures of Transcendental−−−奇跡と共鳴の超越的生命体)が人間と共鳴をしたことによって産まれた、救いの乙女達だ。

MASCOT、彼らはダーティニアに奴隷として扱われていた存在である。身長15cmほどのデフォルメされた動物のような姿をした彼らは、他種族と共鳴することによって、共鳴種族が莫大なエネルギーを生み出すことを実現可能にする。残念ながら、異界にいた他種族はダーティニアだけなので、むしろ力を強めるための道具として使用されていた。そんな支配から抜け出した数名のMASCOTが地球へと亡命し、対ダーティニア戦前を持ちかけるためへ、人類にコンタクトを取った。世界政府はこの提案を飲み、2000年にFM協定(人類種とMASCOTによる対ダーティニア協定)が締結。そして、遂に人間とMASCOTの共鳴実験が開始される。…実のところ、共鳴したからといって人間がダーティニアと同等のエネルギーを生み出せるかは大きな賭けだった。だが、追い詰められた人類にはその低い確率に縋るしかなかったのだ。

そうして実験初日、

運命の女神は哀れなギャンブラー達に応えた。

人間とMASCOTの共鳴実験は大成功を収めた。

驚くべきことに、人間とMASCOTの共鳴はダーティニアとの共鳴に比例するほどのエネルギーを生み出せたのだ。

共鳴により戦闘に特化した肉体や服装(これは異界基準なので、地球に住む人類にはフリフリ衣装の美少女にしか見えない)に変化したその姿は、まるで地上に現れた救いの乙女たち。畏敬と救いの念を込められ、彼女らは「魔法少女」と呼ばれた。

こうして、人類のダーティニアへの反撃の狼煙が上がった。

魔法少女達は支配されていた地域(およそ地球上の7割ほど)を瞬く間に奪い返す事に成功。また、少ないながらもゲートを消滅させた。現存しているゲート付近は危険地域として封鎖。魔法を利用したインフラ整備や、魔法と科学技術の融合による文明復活。こうした偉業の上に、なんとか人類は存続を許されたのだった。

それから25年が経った2025年でも、ダーティニアの脅威は消えては居ない。魔法少女が少ない地域はあっけなく泥に飲み込まれている。それに、魔法少女の強さにもバラツキがあり"一魔法少女の格差"なんて言葉も生まれてきている始末だ。そもそも、未だ世界情勢がぐちゃぐちゃなので、魔法少女を軍事利用している国も出てきている。元先進国達も、多くは内ゲバや革命が起こり、まともな統治が出来ているとは言い難い状態だ。

それでも人間とは逞しい生き物で、学校や会社、スーパーなどを作り、電子機器普及させて、なんとかバッド・フロンティア以前の景色を取り戻している。

…実際は、なんとか社会や国を維持させている、の方が正しいのかもしれないが。

ともあれ、人類は今日もぐだくだと生き延びているのだ。

もしかしたら、明日滅んでしまうかもしれないそんな儚い世界。これはそんな星で生き続ける、愛らしく強かな少女達の英雄譚である___!!!




「魔法少女ピーチティー、只今参上!」

しゅたっ、とビルの上に立ったのは桃の花ような淡いドレスを纏った少女。桃色のシフォンが重ねられたスカートは、風に靡きふわりと広がる。サラサラとした白色の髪は腰まで伸びており、少女の可憐さを際立たせる。頭にちょこんと乗る細かな装飾が施された銀のティアラも相まって、まるで何処かの姫のような姿だ。しかし、少女は守られる姫ではない。苛烈なる戦乙女であり、人々を守る人類文明の守護者、魔法少女なのだ。

対するは20mをゆうに超える巨軀を持つ泥の怪物、ダーティニア。人型の泥は瞳の部分を赤く光らし、街をニタニタと見下している。そして、背後には青紫の歪んだ円が浮かんでいる。無惨にも引き裂かれた次元の跡、異界と此方を繋ぐゲートだ。そこから、ポコポコと2mほどの人型ダーティニア達も這い出して来ている。

街に三十分前に避難警報が出ているため、市民たちは地下のシェルターへと隔離済みだ。よってこの場に残るのは、異形の怪物と小さな桃色の粒だけである。

一人巨悪に立ち向かおうとする桃の少女のもとに、白猫のような姿のMASCOTがやってくる。

「ピーチティー、今回のダーティニアは大型個体だにゃ。一人でやるのは危険にゃ!」

声を上げ、相棒に避難を進めるMASCOT。それもそうだろう。大型個体は上から二番目の強さを持つダーティニア。熟練の魔法少女でも一人で倒すのは至難の業とされているのだ。ましてや、魔法少女歴三年のピーチティーが倒す確率はゼロに等しい。

「分かってる!…けど、北区と西区でもゲートが開いてる。他の魔法少女達はそっちに行ってて、とてもじゃないけどこの東区に来れる余裕はない!かといって、放っておいたら街に被害が出るのは目に見えてる。けど、ここで見て見ぬふりなんて、私には出来ないっ!いや、魔法少女としてありえちゃいけない!」

「でも、他の魔法少女と連携してやっと中型を倒せる程度の力じゃ、焼け石に水だにゃ!一旦ここはほかの地区に行くにゃ!」

「行かない!足止めにしかならなくてもいい!それでもっ、誰かの命を救いたいのっ!」

MASCOTの指示にも反対し、戦う決意を固めるピーチティー。

「はぁ…、分かったにゃ。キミがそこまで言うなら、僕も力を貸すにゃ。」

「ほ、ほんとっ?ありがとう!」

「キミねぇ…。」

パァァァと顔を綻ばす相棒に、呆れたような息を漏らすMASCOT。

と、そんな会話を繰り広げる少女達に泥の手が接近する。その巨体からは想像できないほどのスピードで迫る。陸上競技のアスリートでも避けることは困難だ。

「まずっ、回避するにゃ!」

「もっちろん!」

だが、魔法少女にとってこの程度の攻撃を避けることは容易い。たんっと後方にステップし、攻撃を避ける。

バンッッッ!!!

屋上が叩きつけられ、ビル全体が跳ねるように震える。次の攻撃をしようと、ダーティニアがぐぐっと身を縮める。

「まずい!一気にかたをつけるにゃ、ピーチティー!」

「分かったよ!」

すぅ、と息を吸い必殺技を唱えるピーチティー。

「【泥より産まれし侵蝕者よ

桃色の光の粒子がふわふわとピーチティーの周りに漂う

 聖なる桃の息吹に清められ 

掌の前に集まり、少女の専用武器を作り出していく

 懺悔をその身に刻みこみ 

ガチャン、と鈍色に輝くガトリングガンがセットされた

 浄化されよっ!】」

−−−魔法武器:白桃の慈雨 セット完了−−−

ドォルルルルルルルルッッッッ!!!

言い終わる同時に、殺戮兵器が回転し泥の塊へと無数の桃色の弾丸が撃ち込まれていく。桃色に光る弾丸は慈雨の様にも見えるが、実態は敵対者を殺すことに特化した文明の暴力装置だ。弾丸が泥の中に捻り込まれた後、どっぱんどっぱん内側から小爆発が起こり、ダーティニアの皮膚がボコボコと沸騰する。中々エグい武器だが、それを耐える大型ダーティニアもかなりヤバい。

「残り弾数203だにゃ!弾の消費スピードが過去最高にゃ!」

「うっ、分かっちゃいたけど辛い!これ、弾尽きるんじゃないの?」

一見魔法少女が有利に見えるが、それも長くは続かないことはピーチティーも理解している。本来、中型程度ならば数分間行動不能に陥られせることも出来るのだが、今回の大型はゆっくりとだが手を動かそうとしている。雨の壁も、大型にとってはゲリラ豪雨ではなく小雨程度のものなのだろう。

「ピーチティーの実力だと、本当に足止めにしかならないのにゃ!」

「だから、分かってるって!それにしてもっ、全然崩れない!どれだけ深くに核があるのよっ!」

凄まじい轟音にも負けないような声でピーチティーは声を上げる。だが、愚痴りたくなるのも仕方のないことだ。ダーティニアは核、赤い結晶の心臓部を壊されない限り消滅することはあり得ない。つまり、核に攻撃を与えられなければ、何回攻撃しても徒労に終わる。なので、泥をどかして核を剥き出しにして破壊することが魔法少女達の戦い方だ。

そして、全てのダーティニアを消滅しなければ、元凶のゲートを閉じることは不可能なのである。

過去にダーティニアが居る状態でゲートを閉じようと、何人もの歴戦魔法少女達が挑んだが、帰ってきたのは無残な死体のみだ。無理にゲートをを閉じようとすると魔法少女の肉体は内側から弾け飛んだのである。更に、ダーティニアは小型から大型へとランクアップし、ゲートもむしろ二倍にまで膨れ上がるという大惨事が起こった。これにより、ダーティニアが居る状態でのゲート封鎖は禁止されているのだ。(というか、魔法少女研修で真っ先に危険性が教えられる。)

「残り弾数50!ピーチティー、そろそろ撤退準備をするにゃ!」

「分かってるよっ!」

徐々に勢いが弱まってきたガトリング砲を両手で抱えながら隣のビルへと飛び移り、少しずつ後退していくピーチティー。それにつられて、ダーティニアもピーチティーに接近してくる。が、身軽な少女にはあと一歩のところで攻撃が届かない。

「あーもう!泥払いすら満足に出来てないじゃない!私のバカっ!」

「最初からそう言ってるにゃ!」

「あーもう、そこは慰めてよ!」

「するわけないにゃ!…北区のダーティニアが討伐されたから、他の魔法少女達がもうすぐやって来るにゃ。」

「えっ!もう終わったの?本当に?」

ピーチティーが大型ダーティニアと戦闘を開始してから、ほんの5分程しか経っていない。

(北区のエースはとんでもないアタッカーだって聞いてたけど、想像以上だ…!)

「当たり前にゃ!あっちは百戦錬磨のベテランにゃ!」

内心で舌を巻くピーチティーに、自分ごとのようにMASCOTが自慢をする。

「なら、存分に暴れてもらう!」

そう口を動かしながら、人気が少ないビルエリアに誘導するピーチティー。誘い込んでいるのは、魔法少女専用のバトルフィールドとして整備された場所。ここでなら、他の魔法少女が必殺技を放ったとしても街への被害は幾分か抑えられるのだ。まさに、対大型ダーティニア戦場としてはうってけである。

(よしっ、ここまで来たら応援が来るまで逃げまわーーー

 ベ、ダァァァンッッッッッッッッ!!!!!!!

「あぇ?」

ぐちゃ

肉と、液体が混ざり合う音。硬いビルに柔らかい体が叩きつけられる音。

「ッ!!!ピーチティー!」

(…?、どうして、そんな顔してるの?)

愛するMASCOTへ言葉を投げかけようとした時、ピーチティーはようやくその事実に気づいた。

「あ 、」

自分の肉体が、ダーティニアの手によってビルへと押しつぶされていることに。戦場を駆ける頑丈にして俊敏な体は滅茶苦茶な方向に関節を曲げ、お姫様みたいと喜んだ服は腹からはみ出た臓物と真っ赤な血に汚れている。ダーティニアの黒い泥がとろとろと溶け出し、ピーチティーの肉体に絡みついていく。泥と触れ合った肉はしゅうしゅうと煙を上げながら、泥に混ざり合っていく。だが、ダーティニアの泥に含まれる麻痺効果により、身じろぐことすら出来ない。ピーチティーに伝わるのは、母親の羊水に浸るようなぬるやかな快感だけだ。

獲物を飲み込み、同化する。回復方法は無し。

飲み込まれたら、そこで終わり。

これこそが、ダーティニアが異界を支配できた理由。

侵蝕だ。

「ピーチティー!早く逃げるにゃ!」

残りのダーティニアの手で捕らえられているMASCOTが、泣き叫び、喚く。しかし、ピーチティーの意識はもう泥の与える快楽に浸かってしまって、その声が届くことは無い。

絶望

その二文字が実に似合う状況だ。愛らしき魔法少女は快楽に伏し、MASCOTは敵の手に捕らえられている。これがもし地上波で流れていたらならば、文句殺到で放送中止となっていただろう。


まぁでも大丈夫。

カラカラカラ…

何故って、この話の主人公がようやくやって来たからだ。

「はぁ〜〜〜………。ダリィ〜〜〜。」

毒々しいラズベリーピンクのローラーシューズを転がして、目の下に隈を作った少女がビルに降り立ちる。目の前で魔法少女が侵蝕されているというのに、その表情に怯えの色はない。それどころか、気怠さまで漂わせている。まるで歴戦の魔法少女のようにも見えるが、こいつはこの戦いが初陣だ。

今まで会ってきたどのタイプの生物と違うことで、大型ダーティニアも心なしか困惑している。

「き、君は?誰なのにゃ?」

白猫のMASCOTが質問するが、大きなため息を吐くだけで返事はしない。

「えぇ…。」

流石にMASCOTも首を傾げる。というのも、いかに態度が悪い魔法少女だって、普通は自己紹介くらいするものなのだ。

(いやそもそも、この子は魔法少女なのかにゃ?)

魔法少女は基本的に可愛らしかったり、凛々しかったり、美しかったりする衣装を纏うのだが…、その魔法少女の服装はどう見てもノーマルな魔法少女の服装では無かった。

黄ばんだ白い襟付きブラウスに、よれよれのラズベリーピンクのネクタイ。そしてこれまたよれよれのラズベリーピンクのミニスカート。同じピンクだというのに、ピーチティーのとは違い、その色は何処か毒々しい。唯一の真白いソックスは長さが合っておらず、チグハグだ。ブラウスの上にオーバーサイズの黒いコートを羽織っているが、そこに可愛さは無い。むしろ、可愛いさを減らすために羽織っているようにも見える。

ラズベリーピンクの大きなツインテールと、髪と同じ色のタレ目の瞳は実に魔法少女らしいのだが、目の下にできた大きな隈と口から覗くギザギザとした歯がせめてもの可愛さを台無しにしている。

「おい、ミン。このデカブツをぶち殺せばいいのか?」

不機嫌そうな声音でそう尋ねる(推定)魔法少女。すると、ハムスターのような姿のMASCOTがコートのポケットから飛び出してきた。ふわりと浮かぶと、少女の問いに答える。

「そうだぞ、ハ………、ワンルーム・ディストピア。」

ワンルーム・ディストピアと呼ばれた少女は口をへの字に曲げた。凶悪な顔つきが更に凶暴になった。

「おいてめぇ。俺の名前さらっと晒そうとしてるんじゃねぇよ。」

「さらっと晒そうとする。おぉ、ジャパニーズ駄洒落か!中々いいんじゃねぇの?」

「ちげぇよ阿呆。というか、駄洒落じゃねぇ。その下らない事を喋るお前を先にぶっ飛ばしてやろうか。」

「怖い怖い。倒すなら先にこっちのダーティニアにしてくれよ。」

「面倒くせぇな、おい。」

「魔法少女としての最低の仕事はしてほしいぜ。」

呑気そうに会話を続ける二人(?)に堪忍袋の尾を切らしたのは、侵蝕されている魔法少女のMASCOTだ。

「ちょっと!なに呑気にしてるのにゃ!」

「あ?なんだよ?」

「いや、ピーチティーを助けてくれたりはしないのにゃ!?」

「ピーチティー?どこに桃の茶があるんだよ。」

「ワンディス〜。ピーチティーってのは多分、そこで侵蝕されてる魔法少女のネームだぜ。」

「ほーん。そうなのか。」

酷く冷めた目線で倒れ伏す柔らかな桃色の少女を見下す、ワンルー厶・ディストピア。

「侵蝕された奴は死ぬ。五歳児でも知ってる常識だぞ。助ける意味がない。というか、死にたくなかったら逃げれば良かっただろ。」

「なっ…!そんな言い方しにゃくてもいいじゃないにゃ!ピーチティーは一人でも多くの人間を助けようとしたのにゃ!」

「いや、ミイラ取りがミイラになってたら意味ねーだろ。馬鹿かよ。」

「…。」

「おーい、ワンディス。お相手さん絶句しちゃったから。そこまでにしてやれ。」

「メンタルクソ雑魚ナメクジかよ。いや、ナメクジに失礼だわ。」

ダーティニアもこの珍妙な状況に驚いていたせいで、ここまで長々と話していてもピクリとも動かない。が、流石に落ち着いてきたのか、新たな魔法少女(ダーティニアにもとても魔法少女には見えない。)に向けて攻撃を仕掛ける。

「お、ワンディス。お相手さんの攻撃だぞー。避けないと結構痛いぞー。」

「オケ。」

ぴょんっと横に避け、ダーティニアの手の甲に飛び乗るワンルーム・ディストピア。

バンッッッ!!!

屋上が叩きつけられた事により魔法少女の残りの肉片が飛び散るが、残念ながらそれを悲しく思う感性はワンルーム・ディストピアに備わっていない。

「これ、必殺技とやらを放てばいいのか?」

「そうそう。呪文を唱えれば魔法武器が生まれて、特大攻撃を放てるぞー。」

「呪文?…あぁ、あれか。ん゙っんんー、あー、【なんか強いのでろ】」

ワンルーム・ディストピアがそう唱えると、毒々しいラズベリーピンクの粒が急速に集まり形を成していく。

「はぁーーー!?何なのにゃ、そのテキトーな呪文は!」

「うわうるさっ。」

耳を塞ぐワンルーム・ディストピア。しかし、この場合は騒がしいMASCOTの反応が一般的である。呪文とは人間とMASCOTが共鳴し、世界を変革する奇跡の力。決して、このように適当な文言ではいけないのだ。

(いや、こんな呪文で魔法武器が出来るのにゃ…?)

そんな疑惑を裏切り、粒は形を成していく。

大きく平べったい丸型の部分から、円柱が細く伸びていく。円柱の先端は凸凹として、全体は金属光沢を帯びてキラリと光った。

凡そ2mにも及ぶ武器は、紛うことなき鍵だった。

レバータンブラー錠、RPGなどに出てくるいかにもな鍵である。

月の光のような輝きを纏う鍵は、ひんやりと瀟洒な雰囲気が漂わせる。

ーーー魔法武器:境界の鍵 セット完了ーーー

美しいが…、どう見ても戦闘専用の武器には見えない。魔法武器は回復なら杖、攻撃なら剣や銃といった風に、その役割に応じて適したに形になる。鍵は、本来ならサポート型の魔法武器だろう。どう考えても攻撃用では無い。

だが、

「ふんっ!」

ワンルーム・ディストピアにとってはそんな事はどうでもいいようだ。

柄の真ん中部分を両手で強く握り、ぎゅるんっ!とローラーシューズで空を滑空し、スピードをつける。

「てりゃぁあっ!」

そして、鍵の持ち手部分(つまりは丸く平べったい所)を、思っいきりダーティニアの手に叩きつけた。

本来なら初心者の攻撃、しかも打撃などは大型ダーティニアにとって毛ほども痒くない。

むしろ、こんなものは攻撃すら入らない。

だが、ワンルーム・ディストピアに常識は通用しないのだ。

ビュッッ!

風切り音が、響いた。

瞬間、


ドォビュッッッッッッッ!!!


そのたった一振りの攻撃で、核以外の泥が全て吹き飛んだ。

「はぁっ!?」

その衝撃で、ダーティニアに囚われていたMASCOTも解放される。もっとも、目の前の光景にショックを受けすぎて顎をあんぐりと開けているが。

叩きつけて、抵抗すら許さずに潰す。


まるで、ハエ叩きのようだ。


「なん、何なのにゃ!こんな荒業、数字持ちくらいしか出来るわけにゃいのに!おみゃー、一体何者にや!」

どんなにランキングを見てみても、上位にワンルーム・ディストピアの文字は浮かんでいない。これが初出勤なのだから、当たり前である。

「はぁ?何言ってんだよ、このマスコット。」

ぐんっ!

鍵をもう一度上げ、先ほどよりもより強く叩きつける。

目標は、核


ビュッオッッ!!!


ガッッッッ、シャャャァァアアーーーーーン!!!!!!


硝子が割れたような美しく涼やかな音が無骨なビル街に響き渡る。キラキラとした赤い破片が、空に散らばる。それはまるで、空の神様の血涙のようだった。

「あ…。」

白猫のMASCOTは目の前の光景を信じられなかった。大型ダーティニアの核が一撃で壊れる?そんな馬鹿な。小型ならいざ知らず、中型以上は最低でも二人がかりでしか核を壊せないはずだ。大型なんて、ベテランの魔法少女が十人同時で攻撃してヒビを入れるのがやっとなのに。

「こんにゃ、こんにゃことって…!」

もしワンルーム・ディストピアが来るのが早かったら、ピーチティーは、あの優しくて負けん気が強い女の子は死なずに済んだのではいか…。

タラレバを考えるのはMASCOTが一番やってはいけない事だ。ましてや、相手が来なかったことを恨むなんて。分かってはいるが、どうしてもこの邪な考えが消えてくれない。

「ふぃー。終わった、終わった。ミン、とっととズラかるぞ。ちっこいダーティニアなら他の魔法少女がやってくれるだろ。」

「ま、確かにそうだな。」

「そーそー。無償労働なんてやってられるか、クソが。」

ローラーシューズを転がして帰ろうとする二人組に、友を失ったMASCOTが尋ねる。

「おしえて…、教えてほしいのにゃ!君は、君達は一体何者なのにゃ!」

くるり、と一人と一匹は振り返る。

「んなの、言わなくても分かるだろ?魔法少女サマだよ。魔法少女、ワンルーム・ディストピアだ。」

「そして俺は、この怠け者魔法少女のMASCOT、ミンだぜ。」

敵を倒し、堂々と名乗る姿は

残酷なくらいに魔法少女だった。



オマケ

「数年ぶりの外出がバケモノとバトルっつーのはクソゲー過ぎないか?労基に訴えるぞ。」

「いや、そもそもハイジンはニートだろ。労基に訴えるもクソもないぞ。」

「オー、ジーザスッ!神は死んだ!」

「まぁまぁ、ペヤ◯グ買ってきといたから。機嫌直せよ。」

「運動した後すぐにメシ食うと気持ち悪くなるんだよなぁ…。」

「その姿なら案外いけるんじゃないか?」

「ほーん。ま、試してみるか。」


〜三十分後〜

「うめぇ!うめぇ~よぉ〜!くぅ〜!空きっ腹にペヤン◯がキマるぅ〜〜!!!堪んねぇ〜〜〜!!!炭水化物と脂質は神!!!」

「あれ、もしかして◯ヤング中毒者生み出しちまったか?」


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