【第10話】「嫌い」と言いながらデレが止まらない──ツンデレ美少女、暴走告白の件



 その日、俺は下駄箱で靴を履き替えていた。


 と、不意に背後から声が飛んでくる。


「……ちょっと、そこどきなさいよ、地味男」


 そのキツめの声の主は、2年C組の北条さくら。


 長い黒髪に、クールな猫目。学年でも有名な才女で、男子からの人気も高い。だが──


「地味って……俺のことか?」


「他に誰がいるのよ。あんた以外に“地味代表”なんていないでしょ」


 彼女はいちいち言い方が刺さる。いわゆる“ツンデレ”タイプである。


 俺は靴を履いて立ち上がり、できるだけ波風を立てないようにすり抜けようとしたが──


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


 腕をぐいっと掴まれ、引き止められた。


「え、なに?」


「……今日、あんたと話したいことがあるの。……放課後、屋上来なさい」


「話したいこと……?」


「そ、別にたいしたことじゃないけど。……来ないと、呪うわよ」


「なんで脅しなんだよ……」


 結局その日の放課後、俺は言われた通り屋上へと向かった。


 夕焼けが差し込むフェンス際。制服のスカートが風に揺れ、北条さくらが立っていた。


「……遅い。5分前には来て待ってなさいって言ったでしょ」


「言ってないよ?」


「はぁ……まあいいわ。じゃあ、単刀直入に言うけど……」


 さくらは顔をそらしながら、早口でまくし立てる。


「アンタのことなんて、別に好きじゃないし。気になってるわけでもないし。放課後の教室でこっそり見てたとか、そういうのじゃないから」


「えっと……はい?」


「だから! これは告白じゃないのよ!! ……って言ってるのよ!」


「言ってるけど、全部言動が真逆すぎて……」


 彼女はぎゅっと拳を握り、顔を赤くしながら続けた。


「でも……あんたの笑い方とか、バカみたいに人の話聞いてくれるとことか……ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ、マシだと思っただけよ!」


「今、告白の100%版みたいなこと言ってなかった?」


「う、うるさい! あーもう……! あんたなんか、嫌いよ!! 大嫌い!!」


 言いながら、目はこっちを見て離さない。声は震えて、ほっぺは真っ赤。


 ──ツンデレのテンプレみたいだな、ほんとに。


「……そっか、俺のこと嫌いなんだ」


「そ、そうよ。嫌いに決まってるじゃない」


「でも俺、今日“北条さんが俺のことを見てた”って新事実を知れたなぁ」


「なっ、なっ……ちょ、違っ……それは……!」


 頭を抱えてうずくまるさくらを見ながら、俺は思った。


 ──こういうのも、悪くないかもな。


 次の日。


 朝の教室で、俺が席に座ると、前から小さな紙が投げられてきた。


 開いてみると──


《昨日のこと、他言無用。じゃないと本気で呪う。あと、今度ヒマなら一緒に帰ってあげてもいいけど? ──さくら》


 ……なんだこの“ツン”と“デレ”が同居したメッセージは。


 振り返ると、彼女は顔をそらして頬杖をついていた。だが、その耳だけがほんのり赤い。


「おはよう、北条さん」


「べ、別にあいさつなんて期待してないし……」


「手紙、ありがとう。ちょっと嬉しかったよ」


「なっ……べ、別に……嬉しくなんてないし! あれは……義務感だから!」


「義務感……?」


「うるさい! 昼休み、一緒に屋上来なさい!」


 そして昼。俺が屋上に行くと、彼女はすでに待っていた。


「アンタが来るってわかってた。あんた、変に真面目だし」


「ありがとう……で、今日はなにか用事が?」


「ちょ、ちょっとだけ、お弁当……一緒に食べてもいいかなって思っただけよ!」


 彼女はそう言いながら、やけに可愛い猫柄のピンクのお弁当箱を取り出した。


 普段はクールな印象なのに、そのギャップに思わず吹き出しそうになる。


「……なに笑ってんのよ!」


「いや、意外だなと思って。可愛い系の弁当、好きなんだ?」


「べ、べつにっ……妹が選んだだけだし!」


「そっか。でも似合ってるよ」


「……あんたって、ほんとズルいわね。そんな顔して、そんな言葉使って……」


 彼女は箸を動かしながら、小さくつぶやいた。


「……嫌いなわけないでしょ、こんなの」


 その言葉に、箸を止めた俺は、少しだけ息をのんだ。


 いつも強がってばかりのさくらが、ふと見せる素直な一言。


「……ありがとう」


 すると彼女はすぐに眉をひそめた。


「……って、誰が“ありがとう”って言っていいって言ったのよ!」


「えっ」


「うるさいうるさいうるさーい! ほんとムカつくわあんたって!」


 弁当を頬張りながら、顔を真っ赤にするさくらを見て、俺は思った。


 ──ツンデレって、案外わかりやすいかもしれない。


 そのあと、一緒に屋上を降りるまで、彼女はずっとぶつぶつ文句を言っていたけれど、

 その横顔は、少しだけ、楽しそうに見えた。


 放課後、帰り道。


 俺は偶然にも、商店街の前で北条さくらに再会した。


「……あんた、帰るの遅くない?」


「部活見てから帰ろうと思ってて」


「ふーん……」


 それきり無言。だが、彼女は俺と同じ歩調で並んで歩き始めた。


 しばらく無言のまま、信号待ち。俺がちらっと横を見ると、彼女はわざとらしくそっぽを向いている。


「……もしかして、帰り道、同じだった?」


「ち、違うし! たまたまよ、たまたま! 寄り道したらこっちに出ただけ!」


「そっか」


「……で、なによ」


「いや、なんか一緒に歩けて、うれしいなって思って」


「なっ……な、なに言ってんのよ! バカ!」


 怒鳴りつつも、彼女の耳は赤く染まっていた。


 信号が青に変わっても、彼女は一歩踏み出すのが遅れた。その一瞬を逃さず、俺は自然に隣を歩く。


「……あんたのそういうとこ、ほんと、ムカつく」


「え、なんで?」


「なんでもよ!」


 そのまま角を曲がったところで、突然彼女が立ち止まる。


「……ここ、私の家。だから……ここまででいいわ」


「そっか。じゃあ、また明日」


「……ちょっと待って」


「ん?」


 彼女は、少し視線を伏せたまま、ゆっくりと呟いた。


「……今日、一緒に帰れて、ちょっとだけ楽しかったわよ」


「……へえ、それは嬉しいな」


「でも、別にアンタのためじゃないからね! 私が勝手に思っただけなんだから!」


「はいはい、了解です」


「その態度がムカつくのよ!」


 また怒鳴られてしまった。でも、その怒鳴り方もどこか優しくて。


 彼女は玄関前で手を振るでもなく、背を向けながらひと言。


「……バイバイ。また……明日も、屋上来てもいいけど?」


 その声に、思わず笑みがこぼれた。


「うん。また明日」


 俺は彼女の背中を見送りながら、今日という一日を静かに思い返した。


 ──“嫌い”と言いながらも、誰よりも素直な彼女。


 俺の胸の中には、ほのかにあたたかいものが残っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る