【第2話】生徒会長の敬語告白、噛みすぎてプロポーズになる件


 生徒会室なんて、普通の高校生なら無縁の場所だ。俺も例外ではなかった――今日までは。


「相沢くん、よければ、このプリントの整理をお願いできますか?」


 放課後。廊下で声をかけてきたのは、我が校の生徒会長・水瀬葵。黒髪ロングで眼鏡が似合う、誰もが一目置く存在だ。


 頼まれたら断れない性格の俺は、そのまま生徒会室に連れて行かれた。


 静かな部屋。書棚にはファイルがずらりと並び、机の上は整然と整理されている。


「本日はお忙しいところ、ご足労いただき、まことに……あ、いえ、ありがとうございます」


 ……あれ? なんか噛んだ?


 いつも完璧な敬語を操る彼女が、今日は妙にどもっている気がする。


「こちらの書類は、年度ごとに分けていただければ助かります。で、で、できれば、し、週ごとにも、し、仕分け……えっと、ああもう!」


 水瀬会長は自分の頬を両手でぺちぺちと叩いた。


 俺はそっと笑いをこらえながら、「わかりました」とだけ答えて作業に取り掛かる。


 それにしても、噂通りの美人だ。表情がキリッとしてて、声も落ち着いてて、どこか大人びて見える。でも、今日はなんだか挙動不審というか、いつもの“完璧”じゃない気がする。


 机に向かって作業をしていると、ふいに小さな声が聞こえた。


「……こ、こんなふうに、ふたりきり、なんて……想定、い、以上です……っ」


 え? 今の、独り言?


「水瀬会長?」


「はっ!? い、いえ、な、なんでもありません!」


 顔を真っ赤にして慌てる姿が、ちょっと可愛かった。


 作業が一段落した頃、彼女が突然立ち上がった。


「わ、私、その……あの……」


 目を伏せて、手に持った紙を握りしめている。たぶん、告白のセリフでも書いてあるんだろう。


「えっと……相沢くん、私は……あなたのことを、こ、好意的に、い、いえ、あの……す、す……」


 がんばれ。がんばれ会長。心の中で応援していたその瞬間。


「す……すき……すっ……けっこっ……けっ、けっこんを前提におつ……つきあ、い……」


 沈黙。


 俺は耳を疑った。


「けっ……こん……?」


「っ~~~!!!」


 次の瞬間、水瀬会長は顔を真っ赤にして、猛ダッシュで生徒会室を飛び出していった。


 書類が床に散らばる。呆然と立ち尽くす俺。


「……なんだ今の。俺、プロポーズされたのか?」


 生徒会室の静けさが、やけに心に染みた。


 翌朝、生徒会室での出来事を引きずりながら登校した俺は、教室のドアを開けた瞬間、固まった。


 そこには、昨日あれほど取り乱していたはずの水瀬会長――いや、水瀬葵が、いつも通りの涼しい顔で立っていたのだ。


「おはようございます、相沢くん」


「……あ、おはようございます」


 敬語も発音も完璧。声に震えはなく、目も逸らさない。あれは夢だったのか? 本当に?


 放課後、俺は気になって、もう一度生徒会室へ行った。


 ノックして扉を開けると、彼女はひとりで書類の整理をしていた。


「あら、また来てくださったんですか? 何かご用でしょうか?」


「え、あ……昨日の、あれ……」


「昨日、ですか?」


 完全にとぼけてる。嘘だろ。あんなに噛み倒してたのに。


「……いえ、なんでもないです」


「そうですか。では、またお手すきの際にお手伝いいただけると助かります」


 まるで“生徒会長モード”に切り替わっていた。


 その日は、なんだかもやもやした気持ちのまま帰路についた。


 次の日。俺の机の中に、一通の封筒が入っていた。差出人の名前はなかった。


 開けてみると、そこには丁寧な筆跡で、短くこう書かれていた。


「昨日のことは、私の未熟でした。お聞き苦しい点、申し訳ありませんでした。でも、想いが伝わっていたら嬉しいです。――A」


 A。間違いなく、水瀬葵のAだ。


「……いや、伝わったけどさ。逆に気になって眠れなかったよ……」


 俺はそっと手紙を折りたたみ、胸ポケットにしまった。


 こうしてまた、俺の周囲にひとり、“告白未遂”の美少女が加わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る