その二:無邪気な人は生きている
第七話:初めての眠り、初めての笑い声
冬の朝の光が、高い窓から聖堂に差し込み、石の座は変わらず冷たい輝きを返していた。
アスイェは神座に腰を下ろし、マントの裾を床に垂らしたまま、長靴を
赤子はアスイェにしがみついていた。
まるで、自分の小さな巣から
赤子の髪は少しずつ伸びてきて、その
女の子の体は、吸血鬼とは違う。
暖かく、
彼女は、アスイェのボタンを掴もうとするように、かすかに指先を動かした。
けれど、その指にはまだ十分な力がない。
だから、その
そして、彼女は自分の頬をアスイェの胸に押し当て、かすかな声を
「……
アスイェは目を開けなかった。
「……
赤子は同じ言葉を繰り返し、
「……
二度目は、まるで
「……Si――a」
三度目の呼びかけが途切れかけた瞬間、アスイェはようやく目を開けた。
その
「その呼び方はするな」
アスイェの声は低く、静かだったが、その
彼女は小さく首をすくめた。
だが、掴んだアスイェの
アスイェは微動だにしなかった。 ただ、腕の中の赤子を見下ろす。
「俺は、たかが十七分しか目を閉じていない」
冷たく、
「俺は吸血鬼だ。胸にしがみついても、
赤子は意味も分からず、鼻を
「……
アスイェはようやく、その小さな手を掴んだ。
まるで重い
「きみは人間ではない。くっついていなくても生きてられる」
そう言いながらも、突き放す仕草にも見えたが、指先はわずかに、その子の手を包むように動いた。
すぐに離したが、力は込めなかった。
――本気で拒むなら、こんなふうにはしない。 アスイェは目を閉じたまま、
「もう一度そう呼んだら、地下室に
赤子は、もう一度アスイェを呼びたかった。
だが、その前にアスイェがそう言った。
怒りのない、
赤子はゆっくりとアスイェから
アスイェの
アスイェは石の座に
小さくため息をつき、アスイェは少女の背にそっと手を
***
アスイェは赤子を抱き、崩れかけた石柱の端(はし)に立っていた。
頼りないその足場は、一歩
アスイェのマントは風に煽られ、わずかに
赤子は、アスイェの腕の中で静かに身を寄せている。 まるで、最初から彼の身体の一部であったかのように。
その小さな手が、ふいに動いた。
「欲しい」という感情すら、まだ知らない。 言葉も、まだ覚えない。 それでも、伸ばした。
コウモリは、あっけなく
アスイェは、腕の中の子を見下ろした。
「落ちたら、助けてやれないからな」
声音は淡々としていた。事実を告げるだけのように。 だが、彼の腕はその小さな身体を確かに、逃がさぬように抱えていた。
赤子は、ただ目の前のコウモリに気を取られていた。
そのコウモリが闇に
風が、赤子の髪をかすかに持ち上げた。
少女はもう一度、笑った。
今度は、さっきよりはっきりと。短く、
アスイェはその音を聞いたが、何も言わず、ただ手を少女の腰に添え続けた。
まるで、壊れやすい
女の子は顔を上げた。アスイェを見つめ、その口元には、まだ微かな
アスイェは、その喜びに応えなかった。ただ、少女を腕の中で、少しだけ持ち上げた。 もっと遠くを見せるために。 それだけだった。
風が吹いた。 彼女はまだ、声を上げて笑っていた。 まるで、自分の笑い声が――気に入っているかのように。
子は、まだ笑っている。
誰かの
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