第四話:暗闇が苦手
あの夜、灯は早めに落とされた。
暖炉に
壁に掛けられた古い
アスイェは灯を点けなかった。
古い長椅子に腰を下ろし、手元には開かれていない本が一冊。
部屋の中は深い
その光は、
子はまだ目を覚ましていないが、動いていた。この者はまだ若く、成長も遅い。手足の動きは、まだうまく
子は、ただいつものように身を丸め、どこかに隠れようとしていた。
この子は、暗闇を恐れている。 目を開けたことのない赤子にとって、それは未知ではない。むしろ、この身は暗闇から来て、うっかりすれば暗闇に呑まれる。それは――よく知っている感覚だった。
子の小さな手が、無意識に
アスイェは立ち上がった。灯りは持たず、いつものように、足音も立てない。それでも、赤子は気づいた。 空気が、わずかに変わった。 アスイェは揺籠の傍に立ち止まり、子を呼んだ。
「この者」でも「子」でもない――ひとつの名前だった。
ため息のような、人を呼ぶ音。 まだ名前を持たない子に向けられた、それでも意味を持つ呼びかけ。 それを聞いて、赤子の震えは止まった。
そして――赤子は目を開けた。
ゆっくり、ゆっくりと。夢の中から浮かび上がるように、まぶたが持ち上がる。その目は光を宿していない。だが、何もかもを見ていた。
その目は、感情を持たず、ただまっすぐにアスイェを見つめていた。アスイェもまた、その目を見つめ返し、珍しいものを見つけたかのように、しばらくのあいだ、視線を逸らさなかった。
――アスイェは、自分の目を見つけた。
霧のような、鋭い
子は、目を開けたまま彼を見つめていた。
子の指が、かすかに揺籠の布を握り締める。その細い指先に、まだ力はなかったが、それでも確かに、自分の存在を確かめるように動いていた。
部屋は完全に静まり返っていた。風も音も、もうなかった。
子は、もう、暗闇を怖れていなかった。
――暗闇の中に、自分の名前を呼ぶ者がいたから。
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