第二話:欲望がない化け物
七日目の夜、雪は前よりも激しく降っていた。
屋根には氷が張り、鐘が鳴るたびに、
部屋の中には、温もりも得られないまま、
埃の落ちる音さえ聞こえそうな静けさが満ちていた。
その命は、白い布の中にあった。まだ目覚めていない。その名もないこれは、夜にだけ泣く。 ときには、泣くという仕草すら見せず、ただ口を開け、音も立てずに「泣いていた」。 まるで夢の中で、名もない何かを呼んでいるかのように。
最初、執事はその存在は腹を減ったから泣いていた。彼は五つの液体を用意された。
三種の
アスイェは
その子は指を
その夜、アスイェは出かけた。
暖炉の火は消えかけており、
執事は厚手のマントを
その子は眠っていた。 いや、正しく言えば、「深い眠り」に沈んでいた。 まるで冷たい夢の中に閉ざされたように、小さく身を縮めていた。
頬は
執事は、自分が責任感のない人間ではないと考えていた。任務は
この子に対しても、この
この子育ては、
――おそらく彼は、これを新しいゲームの一つだと思っているのだろう。
執事は久々に、強い
――この
――あまりにも、静かすぎる。
――そして何より、あらゆる
執事はそう思い、
その体はひどく冷たかった。執事は、まるで海の
――
次の瞬間、その赤子は目を覚ました。
目は開かれないまま。ただ、眉が微かに動き、口元がわずかに引きつった。 そして、全身がぴんと張り詰めた。まるで脊髄を駆け上がった鋭い痛みに抗うように、全身がぎゅっと反応した。
突然、その小さな手が伸び、執事の胸元の衣を
本能的な攻撃ではない。噛みつくことも、声をあげることもなかった。
ただ――掴む。強く。まるで、逃れようとする
次の瞬間、執事の動きが、ふと止まった。 腕に、言いようのない重さがのしかかったからだった。
それは、赤子の体重などではない。
まるで、重力そのものに引きずられるような――
抗いようのない、
抱えているのがひとりの赤子ではなく、
地の
赤子は声を発しなかった。
けれど、腕の中に積もるような存在の重みが、確かにあった。
それは眠るものの執念か、あるいは――
人ではない、何か
執事は黙って視線を落とし、 指先の震えを、ただ見つめた。
「……
低く、擦れるような声で、 ただ、それだけを呟いた。
冷静を保とうとした意志は、 背に滲む冷や汗によって、静かに崩れつつあった。
その時、アスイェが戻ってきた。
彼の目に
アスイェは何も言わなかった。視線すら向けず、足を止めることもない。
ただ、
それは過去七日、寸分違わず繰り返された所作だった。そしてその瞬間―― 赤子の指が、執事の襟をそっと離した。 鼻先がかすかに動き、 まるで、長いあいだ探し続けていた匂いに辿り着いたかのように、 その身は、静かに、音もなく落ち着いていった。
赤子は、再び眠りに落ちた。 「この者は飢えていたわけではない。食を失うことへの恐れに、囚われていただけだ」 アスイェは、ただ淡々とそう告げた。
その言葉に、執事ははっと顔を上げた。
ようやく――赤子のすべての
「……それでは、どうしてこの身は、アスイェ様がこの地を離れぬと知っていたのでしょうか」
だが、アスイェは何も答えなかった。
ただ静かにマントを整え、石の
その夜の雪は、音もなく降り続いた。
夜明けに
赤子も、それきり、一度も目を開けることはなかった。
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