第8話 『恩人と友人になります』
居間で、赤い目の俺とソフィアさん、対面に黒髪姫カット、ストレートロングの巫女と紅い髪の女騎士が俺が土で作ったちゃぶ台のようなローテーブルを囲むように座る。
他の『哨戒班』の面子は、部屋のいたるところで座って話を聞いていた。
俺とソフィアさんが昨日までの事を話し終えた。
ソフィアさんになにがあって、俺がどうしてソフィアさんと行動していて、昨日の夜になりがあったのか。
出来るだけ、正確に。
「・・・ウズメ。 私は今、自分を押さえるので精一杯だ」
ちゃぶ台の上で拳を握ったまま震えて、憤怒の表情を浮かべる女騎士イグニスさん。
巫女のウズメさんは隣で彼女のその手を優しく握る。
「イグニスちゃん。 押さえて。 斬るのは最後だよ」
「あぁ、分かっている。 その為の私たちだからな・・・すー。 はぁー。 よし。 やることは変わらない。 やっていくぞ」
イグニスさんが深呼吸して落ち着く。
「ソフィアさん。 聞きたいことがある。 まず私たちは君たちが置かれた状況に疑問を持っている。 まず、借金の量だ。 最初に借りたのは5万マルだったな?」
聞かれたソフィアさんが頷く。
「はい、あの様な一軒家は普通に借りれば月10万マルは最低でもします。 そこを、月2万5千マルで貸してくれるという約束でしたので、家を借りたのです。 しかし、客足が伸びず、2ヶ月分の家賃を借りました」
「返済期日は?」
「今月中です」
「・・・それがなんで500万に?」
ウズメさんの問いに首を振るソフィアさん。
「わかりません。 なんとか用意して返しにいったときには、500万になってたんです」
「それはもしかして、利子とかかな?」
「・・・はい。 そのとおりです。 しっかりと確認しないで名前を記入してしまったみたいで・・・」
「それにしては多すぎじゃないか?」
「そうだね。 ちょっと借用書を見せてくれる?」
巫女に聞かれたソフィアさんは首を傾げた。
「借用書・・・ですか?」
「ん? そう、借用書。 借りるとき名前を書いたりしなかった?」
「・・・はい。 確かに書類に記名しました。 ですが、その書類は向こうで預かっているはずです」
イグニスさんとウズメさんが互いの目を合わせる。
「・・・これは」
「うん」
「ちなみになんだが、借用書の内容は覚えているか?」
「あ、はい。 書類作成日、借入日、借入金額、貸主の名前、借主の名前、借主の住所、返済期日、利息が書かれていました。 そんなに書いた覚えはないんですけどね? もっと簡素な書類の一番下に名前を書けと言われたので書いただけだと思ってたのですが、どうやら違ったみたいです」
「・・・と、言うと?」
「はい。 文字が少なかったと思っていたのですが、2度目に見た時は欄がたくさんあって、下の名前の欄には多分私の字で名前が書かれていたのです。 追い詰められていたからでしょう。 記憶と違う紙でしたが、自分の字で書かれている以上は、書いてしまったのでしょうね・・・」
腕を組んで考えるイグニスさん。
「多分というと?」
「テーブルに顔を押さえつけられながら見たので、しっかり見れた訳じゃないんです」
ガンッとイグニスさんがテーブルを叩いた。
ビクッとするソフィアさんと俺。
・・・いきなりは驚くって。
「フィール、アウト。 聞いていたわね?」
似た顔の男女2人がイグニスさんの問いに頷きながら後ろに歩み寄る。
「うん、聞いてたよ。 大分怪しいね?」
「私、町まで聞き込みに言ってくるね」
女の方『アウトさんは足早に家を出ていった。
「僕の方でも捜査してみる。 あ、そうだ。 これに名前書いて貰っても良い?」
男の方フィールさんはそう言って紙と万年筆を取り出してきた。
俺は、ソフィアさんに渡る前に紙を貰う。
「安心なさい。 私たちは彼女を騙したりしないわ。 巫女の前で悪事を働くような馬鹿ではないわよ」
イグニスさんが腕を組み直して俺を睨みつつ言う。
「ふふっ、神様はどこにでもいるからね? 私の前じゃなくても悪いことしちゃ駄目だよ?」
ウズメさんが笑いながらイグニスさんに釘を刺す。
「わかってるわよ!」
俺は、2人のやり取りを尻目に紙を見る。
何も書いてない、ただのメモ用紙だった。
「調べるときにソフィアさんの筆跡が必要だからね」
「はぁ・・・」
よく分からないといった顔をしながらペンを受けとるソフィアさん。
彼女に紙を渡すと、カリカリと名前を書き始めた。
紙の端っこに小さく。
「うん、ありがとう。 それじゃ! 班長行ってきます!」
「気を付けなさい。 へましたら許さないわよ」
「僕がへました事あった?」
「無いけれど、次はどうなるか分からないわ。 それにこのヤマ、でかいヤマに繋がるかもしれないわよ」
「ふ~ん。 班長の勘は当たるからね。 わかったよ、気を付けるね」
そう言って外に出ていった少年騎士。
「では、俺たちは哨戒に出掛けてくるとするか! こっちも仕事だからな!」
ごつい男性騎士が、スラッとした男性騎士に声をかけると、男性騎士が無言で頷いてごつい騎士について外に出ていった。
「さて、ソフィアさん。 私はあなたがこれからどうしたいか知りたいわ」
イグニスさんが真剣な顔でソフィアさんを見る。
「どうしたいって・・・」
「私たちならあなたを借金から解放することができるわ。 なんなら、無かったことにできる」
「・・・それは」
「借金を返さなきゃって気持ちはわかるよ? でも、この金額は多分、詐偽だと思う」
ウズメさんもソフィアさんに言う。
2人に言われて困った顔になるソフィアさん。
「・・・でも。 私は。 うぅ」
目を泳がせて、自信がなさそうに小さくなっていく。
あぁ、俺はなんとなくソフィアさんが言わんとしていることを察する。
義理堅く、頑固なソフィアさんだ。
例え騙されていたとしても、返さなきゃならないものは返さないとならないと考えているのだろう。
そして、あの大切な金貨だって返して貰わなきゃならない。
もしここで逃げの一手を打てば、借金からは解放されるかもしれないが、金貨がどうなってしまうかは分からない。
だったら。
「・・・ソフィアさん。 俺は、ソフィアさんが決めたらそれを全力で支えるよ。 ソフィアさんがもう辛い思いをしないように、君が本気で嫌だと言うまでは側で支えてみせる」
恩人であり、この世界での始めての繋がりだ。
俺は、ソフィアさんを助けたい。
優しい彼女の支えになりたい。
俺の方を驚いた顔で見る。
微笑んで呟く。
「やっぱり都合が良すぎますよ」
「あぁ、いくらでも都合よく使ってくれ」
「使うなんて表現は嫌いです。 そうですね、あなたが私にとって都合が良い存在なら、私もあなたにとって都合が良い存在になりましょう」
「いや、それもどうかと思うんだが」
「ふふっ。 なら、どうしますか? 支え合う契約でもかわしますか?」
「なんでそうなるんだよ」
「あ、えと。 ごめんなさい。 やっぱり、人の優しさは怖いんですかね?」
ははっと、自虐ぎみに笑うソフィアさん。
「そうか、なら」
俺は、ソフィアさんの右手を自身の右手でとって握る。
握手だ。
驚いた顔で俺を見上げてくるソフィアさん。
「損得勘定なし、都合の良し悪しなんかお構い無し。 変な意識なんかしないで仲良くしよう」
目を合わせる。
少し照れてるソフィアさんに俺の思いを言う。
「俺たち、『友達』になろう」
こんなおっさんがなに言ってるのかとは思う。
だが、俺にはこれしか思い浮かばなかったんだ。
俺を見つめながら動きが止まるソフィアさん。
・・・こんなおっさんは、嫌だったろうか。
少し、クサかっただろうか?
「友・・・達」
頬が赤くなっていく。
少し困ったような顔になる。
「私、その、友達だと思ってた人に騙されたんですよ?」
「だったら、信じて貰えるように努力するさ」
「・・・本当に、ずるいですよ。 私がハニオカさんを疑えるわけ無いのわかって言ってますよね?」
「え? そうなの?」
「ふふっ。 でも、ハニオカさんと友達ですか・・・」
嬉しそうな顔。
そのまま、はにかむ。
「それは・・・ちょっと、都合が悪いかもしれませんね」
うっ。
まぁ、おっさんな俺が友達になろうなんて言ったら大分きついか。
肩を落とし、手を離そうとする。
「やっぱり嫌だった?」
しかし、ソフィアさんは俺の手を逃がさないように左手も使って両手で包むように握ってきた。
「ふふっ。 嫌なんて言ってないです。 ありがとうございます」
優しい温もり。
ソフィアさんの照れたような笑顔。
「改めてよろしくお願いしますね」
少し、どきっとして恥ずかしくなり、視線をそらした。
「お、おう」
「おい、2人で盛り上がって無いで早く聞かせてくれ」
イグニスさんが俺とソフィアさんの会話に割り込んできた。
俺とソフィアさんはイグニスさんの方に視線を送る。
と、ソフィアさんが深呼吸を始めた。
「すー・・・。 はー・・・。 はい。 では、私の考えを言います」
ぎゅっとソフィアさんが左手で手を握り直して前を向いた。
え、離さないの?
手を繋いだまま、イグニスさんを見るソフィアさんの横顔を見る。
手が震えていた。
緊張してるのか。
不安なときに握っていた金貨が今はないのだ。
変わりになるのだろうか?
わからないが、俺は、何も言わずに優しく握り返した。
「私は、借りたものは返すべきだと考えています」
その答えを聞いたイグニスさんがため息をついた。
「はぁ・・・。 いや、利子はあなたが借りたものではないでしょ?」
右手で頭を押さえてなに言ってんだ?と言った顔だ。
「ですが、私が借りたことで発生した物ですから、返すべきです。 それに、師匠から貰った大切な金貨も担保としてとられています。 あれを返して貰わなければなりません」
「・・・本気で意味が分からないわ。 返さなくて良い大金を返すと言うし、金貨一枚にそれだけの価値を見いだすなんて」
頭を抱えるイグニスさん。
その隣でウズメさんが微笑む。
「ふふっ。 立派な人だね! 借りたものをしっかり返す。 大切なものをしっかり大切にする。 立派な良いことだよ!」
そう言ったウズメさんの方を見たソフィアさんが確認するように問う。
「だって、神様はどこにでもいて、いつでも見てくれてるんですよね?」
その問いにウズメさんはにんまり笑った。
「その通り!」
「だったら、こう言ったことをしっかりしていかないと、神様に顔向けできないです」
「う~ん、ポーション作りの腕だけじゃなくて、ここまで良い人だと私、イグニスちゃんを止められなくなっちゃうなぁ~!」
イグニスさんを止める?
「どう言うことだ?」
「え? イグニスちゃんがここにきた理由聞いてないの?」
「あ」
イグニスさんがすっとんきょうな声を出した。
「あんなことがあったから言うタイミングを逃していたわ。 くっ、私としたことが」
歯を噛み締めて悔しそうな顔になるイグニスさん。
「あの、理由って?」
ソフィアさんが聞く。
「あぁ、ソフィアさん」
イグニスさんが勢いよく立ち上がった。
俺とソフィアさんは見上げる。
見上げた先で右手をソフィアさんに差し出すイグニスさん。
彼女はそのままソフィアさんに言ったのだ。、
「私は、君が欲しい!」
と。
いや、どこの百合姫だよ。
「へぇ!?」
真っ赤になって驚き、俺の腕に抱きついてくるソフィアさん。
なんだか、距離が近いがそれどころではない。
「ど、どう言うことだよ! ソフィアさんは連れていかせないぞ!?」
俺は、女騎士にソフィアさんを守るべく立ち向かう。
ここでソフィアさんが連れ去られるのはまずい。
ソフィアさんのやりたいことが出来なってしまう。
「むっ。 すまない。 説明不足だったな。 ウズメ」
「え!? そこで私に投げるの!? 本当にもう、イグニスちゃんは!」
プンプンと擬音が聞こえてきそうな怒りかたをしたウズメが俺とソフィアさんを見る。
「実は・・・」
ここで俺は、ソフィアさんの凄さを知ることになった。
◯
「と、言うわけで私の仲間に欲しいのよ!」
腕を組んで立ったまま、高圧的に俺たちに言うイグニスさん。
「いや、えと」
ソフィアさんの、俺の手を握る力が強まった。
「ご、ごめんなさい。 私にはやりたいことがあるので、一緒には行けません」
「な!?」
ガクッと膝から崩れ落ちるイグニスさん。
「フラれちゃったね?」
「くっ、だが! まだ諦めないぞ! 時にソフィアさん! 借金は返す方向で行くんだな?」
「は、はい!」
「では、ソフィアさんが作ったポーションを私が買おう! SHQ中級ポーションを1本2万で、250本!」
「えぇ!?」
ソフィアさんは、とても驚く。
それは実質、借金の肩代わりだ。
「そ、それはできません!」
「なんで!?」
「そ、それは!」
ソフィアさんが、手を離して立ち上がる。
ぎゅっと小さな握りこぶしを2つ作って、イグニスさんにわっと言うのだ。
「わ、私の夢は師匠に教えて貰ったポーションで、沢山の人を救うことです! い、イグニスさん1人に売ってしまうと他の人が救われませんから!」
「なぁ!?」
衝撃を受けた顔のイグニスさん。
「夢まで立派だねぇ」
しみじみと言うウズメさん。
「くっ、くそ! ソフィアさんの立派な夢はわかった。 だが私は、君を諦めないぞ! 必ず仲間に引き入れてみせる! そして、ポーションが欲しいのは本当だ。 町で売りに出たらいくつか売って欲しい」
「そ、それは良いですけど。 仲間になるのは断ります」
すとんと座り直すスフィアさん。
ほっとしたように胸を撫で下ろした。
「立派でしたよ! ソフィアさん!」
俺は頑張ったソフィアさんを思わず褒める。
「ふふっ。 ありがとうございます!」
安心したように笑うソフィアさんが可愛らしかった。
「くっ」
とても悔しそうなイグニスさん。
「よし、じゃあ、話を戻すからイグニスちゃんは座ってね?」
「あぁ」
ガシャンと音を立てながら座り直すイグニスさん。
ウズメさんに従順だな?
「さて、ソフィアさんは借金を返す方向で考えてるんだよね?」
「はい」
ウズメさんの問いに真剣な顔に戻って頷くソフィアさん。
「分かった! それならイグニスちゃん。 しばらくここに滞在しようか」
「むっ、そうだな。 話を聞く限り、また襲撃してくる可能性が高い。 私たちがいれば抑止力になるだろう」
「うんうん! それに、ソフィアさんのポーション作りも観察できるし! 『清め人』の力もしっかり見ることができる!」
「あぁ、そうだ。 お金を返しに行くときは必ず連れていけ、助けになることを誓おう」
「え!? ちょ、ちょっと待ってください!? ここに滞在するんですか!?」
突然の事に驚いて慌てるソフィアさん。
「ご迷惑だろうか」
「い、いや、そうではなく」
チラッと俺を見るソフィアさん。
なぜこっちを?
あぁ、おっさんがいるのに女性が寝泊まりするのは不味いわな。
危ない危ない。
失念していた。
「あぁ、俺なら昨日と同じく荷車で寝るから、心配するな」
俺はソフィアさんに安心させるようにそう言う。
「あ、昨日はそこで寝てたんですね・・・。 あ、じゃなくて! いや、そう言うことでもなくて!」
納得したり頭を振ったり、怒ったりと忙しいソフィアさん。
「ふふっ、ソフィアさん」
ちょいちょいと手招きするウズメさん。
ソフィアさんが、何事かと顔を近寄らせると何やら耳打ちされていた。
途端に真っ赤になるソフィアさん。
「そ、そんなんじゃ!」
「良いよ良いよ! 見てれば分かるから! ソフィアさん、あとでゆっくりお話聞かせてね?」
「う、あ、はいぃ」
「滞在もいいよね?」
「はいぃ」
いったい何を言ったと言うのだ!
◯
『特別哨戒班』がソフィアの家に滞在することが決まった日の夜。
イグニスは外でろ過装置を弄りに行った埴岡を追いかけて家を出て行き、家にはウズメとソフィアだけが残った。
他の『哨戒班』のメンバーもまだ帰って来ていない。
「さて、ソフィアさん、お話しよっか!」
ウズメは、荷物の中から茶葉とやかんを取り出して、家に備え付けられている台所にてお湯を沸かし始めた。
火は自身の『魔術』で台所のかまどに火をつけたものだ。
「お話って・・・」
「・・・皆、気を遣って聞かないし、ソフィアさん自身も言いたくないんだろうけど、ほとんど他人みたいな『巫女』である私になら話せるんじゃないかな?」
「・・・なにを?」
振り返って目を合わせる。
「自殺しようとした理由」
「・・・それは」
「聞かせてよ。 話せば少しはスッキリすると思うから」
「そう・・・でしょうか」
「うん」
お湯が沸いたため、コップをカバンから取り出して茶葉と湯を投入する。
暖かい緑茶が完成し、ちゃぶ台に持っていくウズメ。
ひとつをソフィアの前に置く。
「襲われた後の話を聞かせて?」
「・・・ありがとうございます」
ソフィアはそれを両手で持って口をつけた。
「美味しいです」
「ありがとう」
少しの沈黙。
「・・・そう、ですね。 あの時、私の顔が凄いことになってたんですよね」
「うん、それは知ってる。 ソフィアさんの顔を見たとき驚いたよ。 女の子の顔なのにあんなに腫れ上がってて話を聞いたときは腹が立った」
「・・・あの時の私の心の中は、絶望と羞恥。 諦めと悲しさ。 そんな、色々な嫌な感情でぐちゃぐちゃになってました」
静かに聞くウズメ。
「大切なものを奪われた絶望。 ハニオカさんにみっともない姿を見せてしまった恥ずかしさ。 惨めな自分への怒り。 他にも言葉にできないような気持ちが沢山で、こんな私が見られたくなくて、助けようとしてくれたハニオカさんの手を拒否してしまったんです」
「そっか。 でも、それはそうなるよ」
「でも、それをしてしまったからハニオカさんは家の中に入ってこなかった。 今なら勘違いだとわかってます。 でも、あの時の私はあのせいでハニオカさんがどこかに行ってしまったと思いました」
「・・・うん」
湯飲みを持つ手が震える。
「家の中の物は多分、あの人たちが全部持っていってしまったのでしょう。 師匠から貰った本も、全部無くなってしまっていた。 ローブも金貨も全部。 全部」
ウズメが自身の手を、震え始めたソフィアの手を支えるように添える。
「もう、私には何もないんだと思ったんです。 ハニオカさんが助けてくれたことが嬉しくて、ハニオカさんと話すことが楽しくて、もう少し頑張ろうと思えたのに。 ここに戻ってきたら一気に現実に引き戻された」
ポロポロと涙を流し始める。
「ハニオカさんに会う前の絶望が全部戻ってきました。 もう、とっくに限界だったんです私は。 ハニオカさんは、限界だった私が作り上げた都合の良い夢。 そう思ったら今までの事が全部納得できてしまったんです。 死ぬ前に、助けがほしかった私が作り出した幻。 そう思ったら、あまりにも楽しかったこの数日間の事に納得ができてしまった。 全てを無くしてしまった現実に耐えきれなくなりました」
ウズメは、ソフィアのとなりに行って、肩を抱く。
「一晩、今までの事を考え続けました。 これからの事も考えようとしました。 でも、もう。 限界だった」
ボロボロと涙が溢れる。
言葉が濁流のように止めどなく溢れて止まらない。
「耐えられなくなった私は、何もない室内で『水』を射出して物を切る魔術を使って手首を切りました。 想像よりも溢れ出ていく自分の血の中で、私の中には苦しいよりも安堵がありました。 これで楽になれると。 私の苦しみも絶望も夢も希望も全部が溢れ落ちていく感覚。 全部が出ていって意識が途切れそうになる瞬間、私は無様にもハニオカさんと一緒に楽しい日常を送る光景を思い描いてしまったんです」
涙は止まらない。
顔を押さえるソフィア。
ウズメは、そんなソフィアを優しく抱いて聞き続ける。
「・・・その光景を思い描いた時、恐怖がやって来ました。 それと同時に怒りも。 失うのが怖かった。 夢を諦めるのが悔しかった。 なにも出来ずにこのまま終わるのは嫌だった。 でも、意識は落ちていく。 丁度そのときに私は助けられたんです」
「そうだったんだね」
「はい。 正直今でも怖いんです。 今見てる世界が夢で、本当の私はあの時に死んでしまっているんじゃないかって」
「うん」
ウズメは、離れる。
隣に座って目を合わせる。
「ソフィアさん、安心して? ここはちゃんと現実だよ! 神様に誓って私が断言してあげる。 巫女の私が言うんだから、この誓いは重いと思うよ?」
「ウズメさん」
「うん。 大丈夫。 ソフィアさん、あなたは生きて、あの『清め人』との未来を生きて、夢を追いかける事ができるんだ」
「う、うぅ」
ソフィアの心の中には不安があった。
夢見心地でふわふわした感覚。
隣に埴岡がいて、またいつものように都合が良すぎることを言ってくれて、手まで繋いで勇気をくれて、『哨戒班』と言う新しい助けも来た。
そんな、あまりにも自分にとってご都合主義過ぎる世界に、どこか現実ではないような気がしていたのだ。
一度、死にかけたことも相まってそれは、ソフィアさんに恐怖となって襲いかかっていた。
だが、ウズメはそれを見抜いていた。
神の声を聞き続けてきた彼女はそれよりも多くの人々の話を聞き続けてきたのだ。
神の声を民に届け、民の声を受け止めて神に伝える。
それも『巫女』の役割なのだ。
だから、彼女はソフィアの不安定さと危うさを見抜く事が出来た。
だからこそ、今彼女は神の声を聞く力でソフィアの存在を保証した。
ソフィアは安堵から涙とともに嗚咽を漏らした。
そう、彼女は生きている。
ソフィア・ロクサーヌと言う存在はまだこの世に存在しているのだ。
地に足がつく。
意識がはっきりとする。
安定し、未来をちゃんと考えることが出来るようになる。
「・・・謝らないと」
少し泣いた後、ソフィアが呟いた。
「謝る?」
「はい。 あの日、ハニオカさんの手を拒否してしまったこと。 ハニオカさんに心配をかけてしまったこと。 まだちゃんと謝れてないです」
ウズメから離れるソフィア。
その姿を見てウズメは、吹き出した。
意味がわからず首をかしげるソフィア。
「あははっ! いや、ごめんね! 安心して最初に出るのが『清め人』への謝罪って! 本当にソフィアさんはお人好しだなぁ」
「む。 どう言うことですか?」
「いや、だって、自分の事よりも人の事だよね? そう言うのはお人好しって言うんだよ!」
「なっ!? で、でもやってしまったことは謝らないと!」
「そうだね! でも、手を拒否したのも心配かけたのも仕方ないことだと思うよ?」
「え?」
「だって、好きなんでしょ? あの『清め人』のこと」
「なっ!?」
真っ赤になるソフィア。
「好きな人にみっともない姿を見られるのは嫌だもんね? 見られるなら常に最高な姿を見られたいもんね!」
「な、なに言って!」
「それに、心配かけたって言うけど、『清め人』がソフィアさんの気持ちなんて構わないで、一緒に家に入ってれば良かったんだ。 乙女心を分かってないのが悪い」
「は、ハニオカさんは」
「はーいはい。 分かってるって! でも、そんな気持ちが無いこともないよね?」
「・・・うっ」
「一緒に家の中に入りたかったんじゃない? なんなら、その先まで行って全部忘れたかったって気持ちもあるんじゃない?」
「そ、その先ってなに言ってるんですか!?」
「そう? 誰だってあるんじゃないの? 好きな人に甘えたくなる気持ちくらい」
「うっ、で、でもぉ・・・」
顔が真っ赤になるソフィア。
その様子が可愛らしくにやにやとしてしまうウズメ。
「ふふっ。 私にはあるよ? 好きな人に甘えたくなる事」
「そ、そそそ、そんな気持ち!」
湯気が出そうなほど真っ赤になって両頬を押さえるソフィアはか細い声で続ける。
「・・・か、神様に顔向けできないですぅ」
「あっはは! ソフィアさんかわいいー! ねぇねぇ! もっとあの『清め人』のこともっと聞かせて? 応援するからさ! あ、今更だけど歳は?」
「に、21です」
「あ! ふたつ下だ! よーし、お姉さんに恋の悩みを聞かせたまえ! あ、てか、私の事はウズメで良いよ! 私もソフィアって呼ぶから!」
「う、わ、わかりましたが、こ、恋なんて、私がハニオカさんに向けて良い感情じゃありませんよ! 出会ってたった3週間です! な、何より彼は『清め人』です!」
「関わった期間は関係ないじゃ~ん! この世には一目惚れもあるんだし、恋は止められないよ! と、言うか恋で真っ先に『清め人』の名前が出る当たり、もう言い逃れできないよね~!」
「うわぁ~・・・」
きゃっきゃっと楽しそうなウズメの声が家に響く。
「って、巫女がそんなこと言っても良いんですか!?」
「いいでしょ別に! だって悪いことじゃないじゃん! 人を好きになって一緒になりたいって思うのは実に素晴らしいことだよ!」
「くぅ~!」
もう、なにを言っても勝てそうにないソフィアだった。
その後、戻ってきたイグニスを交えて女子会となった。
ハニオカはひとり寂しく荷台で女子3人の楽しそうな声を聞きながら眠るのだった。
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