第9話『ルナ=ルナ? 黒薔薇姫の秘密』
図書館の薄暗い古文書室で、ルナは埃をかぶった一冊の本を手に取った。
「『黒薔薇の聖姫学園 創立百年史』……なんだか、懐かしい感じがする」
ページをめくる指先が、なぜか震えた。そして、ある一枚の写真で手が止まる。
セピア色の集合写真。その中央に立つ少女の顔を見て、ルナは息を呑んだ。
「これ……私?」
黒髪をなびかせ、左胸に黒薔薇の刻印を持つ少女。顔立ちも、立ち姿も、まるで鏡を見ているようだった。写真の下には一行だけ、かすれた文字が残っていた。
『初代黒薔薇の聖姫 綺羅星ルナ 一九二五年』
「百年前にも、同じ名前の……」
突然、本が勝手にページをめくり始めた。風もないのに、まるで見えない手が操っているかのように。そして開かれたページには、血のように赤い文字で何かが書かれていた。
『二十の契約、二十の忘却。繰り返される永遠の輪廻。黒薔薇の姫は、真実の愛を知るまで――』
そこから先は、何者かによって破り取られていた。
「真実の愛を知るまで、何?」
「それを知りたいかい?」
振り返ると、そこには赤い髪を持つ美少年が立っていた。獅子王ジン。今朝、転校してきたばかりの九人目の契約候補。
「獅子王くん……どうしてここに?」
「君を探していたんだ。いや、正確には『また』君を探していた、かな」
ジンは本棚に寄りかかり、どこか寂しげな笑みを浮かべた。
「君は初代じゃない。二代目でも、三代目でもない。君で何人目だと思う?」
「え?」
「数えるのをやめたよ。五十年前も、七十五年前も、百年前も。黒薔薇の聖姫は必ず現れる。必ず『綺羅星ルナ』という名前で」
ルナの薔薇時計が、警告するように熱を帯びた。ジンはその光を見つめながら続けた。
「転生? 呪いの継承? どちらでもあり、どちらでもない。君という存在は、この学園が生み出した『システム』なんだ」
「システム……?」
「そう。愛を集め、愛を忘れ、また愛を集める。永遠に繰り返す、美しくも残酷な物語」
ジンが一歩近づくたび、ルナの記憶の奥底で何かがざわめいた。知っている。この感覚を、この哀しみを、どこかで――
「でも今回は違う」
ジンの瞳が、烈火のように燃えた。
「僕がいるから。僕は君の輪廻を断ち切るために、百年待った」
「百年……まさか、あなたも」
「違うよ。僕は契約者じゃない。僕は――」
突如、図書館中の本が宙に舞い上がった。ページが千切れ、文字が踊り、まるで嵐のような光景。その中心で、ジンの姿がゆらめいた。
「僕は、初代ルナの弟だ」
風が止み、本が床に落ちる。静寂の中、ルナは呆然とジンを見つめた。
「姉さんは、二十人目の契約を終えた後、消えた。でも完全には消えなかった。この学園に、このシステムに取り込まれ、二十五年ごとに『綺羅星ルナ』として生まれ変わる」
ジンは古い懐中時計を取り出した。それは、ルナの薔薇時計とよく似た、しかし花びらではなく歯車で作られた時計だった。
「僕は魔法で時間を止めた。姉さんを救う方法を見つけるまで、老いることを拒否した。そして今、やっと分かったんだ」
「何が……分かったの?」
「君は誰とでも契約できる。でも、たった一人だけ、契約できない相手がいる」
ジンは優しく、しかし決意を込めて言った。
「それは、君自身だ」
ルナの薔薇時計が激しく脈打った。九枚目の花びらが震え、今にも散りそうになる。
「僕と契約して、ルナ。そして百年前の記憶を取り戻して。君が本当は誰なのか、何のために生まれ変わり続けるのか。すべてを思い出して」
震える手を差し出すジン。その手には、古い写真が握られていた。初代ルナと、幼い頃のジンが仲良く笑っている写真。
「姉さん、もう終わりにしよう。この哀しい物語を」
ルナは写真を見つめた。そこに写る少女の笑顔は、確かに自分と同じだった。でも、その瞳の奥には、今の自分にはない何かが宿っていた。
諦めという名の、優しさが。
「私は……私は本当に、あなたのお姉さんなの?」
「分からない。でも、君の中には確かに姉さんの魂がある。それだけは確かだ」
ナクが突然現れ、ジンの前に立ちはだかった。
「やめろ、ジン。まだ早い」
「五十年前も同じことを言ったね、ナク。いや、元十二番目の契約者さん」
ルナは驚いてナクを見た。黒猫は哀しげに目を伏せた。
「どういうこと、ナク?」
「……僕も、過去のルナと契約した一人だ。でも、契約後も君を忘れられなくて、使い魔になる道を選んだ」
空気が重くなる。真実の重みが、図書館の静寂を押し潰していく。
そのとき、ルナの口から、自分でも予期しない言葉がこぼれた。
「セイ……」
ジンとナクが同時に息を呑んだ。
「今、何て言った?」
「分からない。でも、その名前が……すごく大切な気がして」
ジンは複雑な表情を浮かべた。そして、差し出していた手をゆっくりと下ろした。
「まだ、時期じゃないのかもしれない。でも覚えておいて。君が本当に自由になりたいと願うとき、僕はいつでも力になる」
赤い髪を翻し、ジンは図書館を去っていった。
残されたルナは、震える手で古い写真を抱きしめた。
「私は……何度、恋をして、何度、忘れてきたの?」
ナクが小さく鳴いた。その声は、慰めとも、諦めともつかない、複雑な響きを持っていた。
窓の外では、黒い薔薇が風に揺れていた。
まるで、過去の自分たちが、今もそこで泣いているかのように。
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