【第3話】現実と仮想のはざまで
朝、目覚ましのアラームが鳴った。 いつもなら、どこか倦怠感がまとわりついて動けないのに、今日はほんの少しだけ胸が高鳴っている。
「……なんだ、これ」
鏡の中の自分は、相変わらず冴えない大学生そのものだった。 でも、心の奥には昨夜の“特別な出来事”がしっかりと残っている。
支度を済ませてリビングに向かうと、妹の真琴が朝食を作っていた。 彼女は遼の存在に気づくと、少しだけ表情を曇らせた。
「おはよう……兄ちゃん、珍しく早いね」
「うん、まあ……」
会話はそれだけで終わる。 真琴はもう一度小さく「いただきます」と呟くと、黙々と食事を続けた。
ふと、昨夜の“期待される自分”を思い出しながら、 現実では妹にも上手く話しかけられない自分が、どこか滑稽に思えて苦笑する。
大学へ向かう道すがら、SNSやゲームフォーラムを何気なくチェックする。 “神の称号を得たプレイヤーが現れた”――昨夜の出来事は、既に噂になっていた。
(あれ、本当に現実だったんだな……)
誰も気づかないはずの自分が、仮想世界でだけ話題になっている。 その事実は、ほんの少しだけ自信につながった。
講義が終わり、帰宅した遼はすぐにVRゴーグルを手に取った。 現実の世界は何も変わっていない。 でも、あの場所に行けば――自分が“特別”でいられる。
《イモータル・ワールド・オンライン》へログインすると、すぐにアリアが現れた。
「お帰りなさい、リュカ様。神の選択者として、最初のメインクエストを発動します」
神域での出来事は夢ではなかったと、あらためて実感する。
「今回のクエストは、神のみが入れる“創世の園”で、失われた土地を再生するというものです」
アリアの説明を聞く間もなく、リュカの視界は一瞬にして切り替わった。
そこは巨大な空中庭園。 あちこちが崩れ、虚無の空間に飲み込まれそうになっている。 「この世界を、リュカ様の力で創りなおしてください」 アリアがそっと背中を押す。
リュカは静かに目を閉じ、昨夜得た“創造”の力に意識を集中させる。 頭の中に思い描いた通りに、大地が隆起し、色とりどりの草花が咲き乱れる。 湖が生まれ、風が吹き抜け、やがて世界に光が満ちていく――。
「すごい……」
自分でも驚くほど、世界が息を吹き返していく。 現実の自分にはできないことを、ここでは成し遂げられる。 そんな喜びと同時に、不意に胸が熱くなる。
「素晴らしい再生です、リュカ様。あなたには更なる使命が与えられました」
アリアの言葉が、また新たな冒険の予感を告げていた。
その日の夜。 遼はリビングでなんとなくテレビを眺めていた。普段は家族と顔を合わせる時間も少ないが、今日は妙に静けさが落ち着かない。妹の真琴がキッチンでグラスを洗っている。 ふと、昨日の仮想世界での出来事が頭をよぎる。
「……真琴」
勇気を出して声をかける。 真琴は少しだけ驚いたようにこちらを見た。
「何?」
「……いや、何でもない」
話しかけておきながら、言葉が続かない。 真琴は「変なの」と小さく呟き、リビングを出ていった。
自分が現実で変われていないことを痛感する。 けれど、それでも“話しかけたい”と思えたのは、仮想世界で誰かに期待されたからかもしれない。 心の奥で、ほんの少しだけ前に進んでみたくなっていた。
再びVRゴーグルを装着し、《イモータル・ワールド・オンライン》の世界へとログインする。 夜の広場は今日も賑やかで、ギルドメンバーやフレンドからのメッセージが届いていた。
「リュカさん、昨日の“神認定”すごかったですね!」 「今夜もパーティ組みませんか?」
広場には新しい顔ぶれも増えている。 これまで一人だった自分の周りに、少しずつ輪が広がっていく感覚があった。
タクもすぐに合流し、「リュカ、今日こそ俺の方が活躍してやるからな!」と笑う。 リュカは自然に笑い返す。 現実では出せなかった表情が、ここでは不思議と素直に出せる。
アリアが再び現れる。 「リュカ様、本日も創世の園の再生をお願いします。加えて、新たな神専用サブクエストも発動しました」
サブクエストの内容は「困っている新人プレイヤーをサポートせよ」というものだった。 リュカはタクや新しい仲間たちとともに、フィールドへ出発する。
道中、困惑した様子の新人プレイヤーに声をかけ、 「大丈夫? わからないことがあれば何でも聞いて」と自然に言えた。
新人たちは「ありがとうございます!」と目を輝かせる。 自分の行動が、誰かの役に立つ。 現実では感じられなかった小さな達成感が、胸の奥で静かに広がっていく。
サブクエストを終える頃には、フィールドに夕焼けが広がっていた。 アリアが現れ、静かに頭を下げる。
「リュカ様の助けが、ゲーム内の新規ユーザー増加やプレイヤー満足度向上に繋がっています。本当に、ありがとうございます」
「そ、そんな大げさな……」
リュカは照れ笑いしつつも、どこか誇らしい気持ちでいっぱいだった。
ログアウトし、ヘッドセットを外した時―― さっきまでの出来事が夢のように感じられた。 でも、現実の自分も、昨日より少しだけ前に進めた気がする。
「明日も、頑張ってみるか」
遼はそう呟き、眠りについた。
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