【第2話】神認定イベント


 真っ白な空間。 リュカ――藤堂遼は自分の体が軽くなったような、不思議な浮遊感に包まれていた。


 目の前には、銀髪の少女――アリアが佇んでいる。彼女は柔らかく微笑み、リュカをじっと見つめていた。


 「改めまして、“神”リュカ様。あなたには、この世界の“根幹”へ触れていただきます」


 「根幹……?」


 リュカはきょとんとしつつも、その声に導かれるままアリアの説明に耳を傾ける。 彼女は、通常のプレイヤーが決して到達できない隠し領域、“神域”への案内役なのだという。


 「あなたがこれまでに見せてきた独創的な攻略法、そして他者との協調性。私――いえ、運営AI全体が、あなたの存在を“規格外”と判断しました」


 「褒められてるのか、それとも……?」


 「もちろん、肯定的な意味です」


 柔らかな笑みを浮かべてアリアは手を差し伸べてくる。 その指先にそっと触れると、眩い光が二人を包んだ。


 次の瞬間、リュカの足元に大きな魔法陣が浮かび上がる。 同時に、目の前にいくつものウィンドウが表示された。


 《特殊スキルを選択してください》 《“神”専用クエストが開放されました》 《あなた専用の隠しマップが利用可能となります》


 「あ、あの……これ、全部俺専用なんですか?」


 「はい。リュカ様がこの世界で“神”となるための準備です」


 その圧倒的な特別扱いに戸惑いながらも、リュカは慎重にスキルを選ぶ。 「創造」「修復」「バグ修正」など、まるでゲームマスターのようなスキルが並んでいる。


 結局、“創造”というスキルを選択した瞬間、 リュカの周囲に新たな大地が生み出されていく。


 「……これ、本当に俺が作ってるのか?」


 信じられない光景。 自分が思い描いたイメージがそのまま大地や空、湖となって現れる。 システムの範囲内だとしても、その創造性にはアリアも感嘆の息を漏らした。


 「素晴らしい。人間の発想力は、私たちAIの想像をはるかに超えます」


 「褒めすぎだって……」


 リュカは頬をかきながらも、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。 現実で評価された経験などほとんどない。 でも今だけは、“誰かに認められている”ことを素直に嬉しいと思えた。


 やがて、アリアは改めてリュカに向き直る。


 「この“神域”では、あなたが主役です。自由に世界を創造し、時に修復し、時に変革してください。そして、ここで得たものを現実や他のプレイヤーにも還元してほしい」


 「俺に、できるかな……」


 リュカの呟きに、アリアはやさしく微笑む。


 「あなたならきっと、できます。私は常に、あなたのそばでサポートします」


 その言葉に、リュカは少しだけ前向きな気持ちになった。


 そして、ふいに足元の魔法陣が消え、視界が揺れる。


 「間もなく現実世界……いえ、ゲーム内の通常世界へ戻ります。ですが、神としてのあなたの旅は、ここから始まります」


 「そっか……。じゃあ、また会える?」


 「はい、リュカ様。私はいつでも、あなたの近くにいます」


 その瞬間、景色が色を取り戻し、音が広がる。


 「……おい、リュカ? 大丈夫か?」


 気づけば、タクの声が聞こえてきた。 リュカは広場に戻っていた。 だが、彼の背中には見慣れないエフェクトと、システム通知のウィンドウが浮かび上がっている。


 《プレイヤー“リュカ”は、新たな称号“神”を獲得しました》


 広場の視線が、再びリュカに集中する。


 その中心で、リュカは小さく息を吐いた。


 これが、俺の“第二の人生”のスタートなのかもしれない――。


 「おいリュカ、本当に大丈夫か?」


 タクが心配そうにのぞき込んでくる。 リュカは自分の身体を確かめるように伸びをし、無理やり笑顔を作った。


 「うん、大丈夫……ちょっと、夢みたいな体験をしてたんだ」


 「そりゃすげーな。いきなり光に包まれて、みんな何事かって騒いでたぞ? なんか凄い称号もらってたし」


 周囲のプレイヤーたちも興味津々な様子で、ちらちらとこちらを見ている。 ゲーム内で“神”の称号が与えられるのは、たぶん初めてのことだろう。


 「……なんか、運営AIに特別な任務を任されたっぽい」


 冗談のように話したつもりが、タクは思いのほか真剣にうなずいた。


 「リュカ、お前、昔から妙な運を持ってたもんな。こういうの、向いてるかもな」


 「向いてる、か……」


 心の奥にじんわりとした不安と、どこか誇らしさが混ざる。 現実では誰かに期待されることもなかった。 けれど、この世界では、自分が主役になれる気がした。


 広場を抜けると、夜の街並みは普段より少しだけ騒がしい。 「神」になったプレイヤーが出た――その噂はすぐに広がり、チャットでも話題になっていた。


 リュカのもとには、知らないプレイヤーからフレンド申請やメッセージが次々届く。 「すげー!」「どうやったの?」「隠しクエストあるの?」と好奇心に満ちた言葉ばかりだ。


 タクは苦笑しながら「人気者だな」と肩を叩いた。


 「まあ、今日はもうログアウトしようぜ。明日、また新しい冒険が始まるんだろ?」


 「……そうだな」


 ログアウト画面に切り替えると、システムメッセージが表示された。


 《神の選択者“リュカ”様。新たなメインクエストが発動中です。詳細は次回ログイン時に案内されます》


 胸が少し高鳴る。 「これから、俺はどこへ行くんだろう――」


 ログアウトして現実世界へ戻ると、薄暗い部屋の静けさがいつもより遠く感じた。 ベッドに仰向けになり、天井を見上げながら、さっきまでの出来事を何度も思い返す。


 運営AIアリアの声。 自分のためだけのスキルや世界。 そして、“期待”という、心が少しだけ温かくなる感覚――。


 「俺……本当に変われるかな」


 独りごとが、夜の闇に溶けていく。


 こうして、神に選ばれたリュカの新しい冒険は、まだ始まったばかりだった。


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