Scene6:食欲
「あっ、ちやさんだ!」
一浩が駆け出す。
「ちよさんって???」
「キッチンカーの店主だよ。最近、放課後に来ててさ、今、一浩がお熱なのよ。
ははは。」
――キッチンカー? そんなの、来てたかな……
僕と和真は顔を見合わせた。
「スープがすっごく美味いんだよ。食べて帰ろうぜ」
結人の声に、僕も頷いた。
虹色にペイントされたキッチンカーには可愛らしい星のPOPが飾られ、そこから千夜がにこやかに注文を取っていた。
「千夜さん、今日も綺麗!」
「ふふっ、ありがとう。サービスするね。今日のおすすめは湯葉入りの根菜スープよ」
スープは七色のカップに盛られ、星形の飾りがついたフォークが添えられている。
湯気とともに漂う香りに空腹を刺激される。
「俺も。俺も!」
結人と一浩が争うように注文する。
「元気ねぇ……あら? 今日はこちらのお友達も一緒かしら? イケメンね。タイプよ。」
千夜が笑顔で和真の方を見る。
――えっ、カウンセラーの先生?
僕は小声で結人に耳打ちした。
「おい、結人……あの人、伏見千夜さんだよな?」
「え? 何いってんの? 誰がどう見たって別人だろ? 翠、寝不足?」
……じゃあ、僕と和真だけが“違う姿”に見えているってことか?
「はい、どうぞ」
スープを受け取ろうとした瞬間――千夜の指先が僕の手に触れた。
チクリとした痛みとともに、電流のようなものが走る。
「……っ!」
バシャッ!
思わず手を放し、スープが地面に落ちて広がった。
――翠、触るな!
漣の声が頭の中で響いた。
「ごめんね。私の渡し方が悪かったね。新しいの持ってくるわ。」
千夜はさらりと微笑み、キッチンカーの奥へ戻る。
その背中を見ながら、僕は足元のスープに目をやった。
……野菜に混じって、白く小さなものが、もぞもぞと――蠢いていた。
その中に――白く蠢く、何か。
――蛆!
僕は息を呑む。和真がさりげなくハンカチで僕の手を拭きながら、低くささやいた。
「ここは、ひとまず……様子を見よう」
周囲では、他の生徒たちが平然とスープを啜っている。
「ほんと、これ、何のダシなんだろうね」
「美味しい~。生き返る~」
女子たちが輪になって談笑する中、一斉にスマホが鳴り始めた。
《Kaleido:今日、星を見た君には、小さな奇跡が起こるかも。》
「う、うぐっ……!」
そのうちの一人が、突然胸元を掻きむしり始め、背中を仰け反らせる。
喉が膨らみ、口元から何かがゆっくりと……這い出てきた。
白い幼虫のようなものだった。
「翠、見るな!」
和真が背後から僕の顔を抱えるようにして目を覆う。
足元の影が蠢き、少女の身体は音もなくその中に吸い込まれていった。
「ぐふふ……ぐふふ……」
別の生徒が、よだれを垂らして笑っていた。
――なのに、誰も気づかない。
いや、誰にも、見えていない?
「翠、行くぞ!」
和真が僕の手を強く引いて、走り出した。
その瞬間――
「じゃあね、翠くん」
すれ違いざまに聞こえた声に、思わず振り返る。
夕日に照らされたその背中は、
どこか演技がかったように手を左右に振っていた。
その手首には、細く輝く銀色のブレスレットが巻かれていた。
光を受けて、それは一瞬、まるで何かを“識別”するような、冷たい印象を残した。
けれど、その表情は見えなかった。
ただ、交わした視線の奥に、ほんのかすかな違和感が揺れていた気がする。
――でも、その真意を確かめる余裕は、もう残されていなかった。
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