Scene3:黒いもの

黒漆の柱が並ぶ、古の故宮のような空間。

壁面には色褪せた絹が垂れ、空気は濃密な伽羅の香りで満ちていた。


それは甘くも苦く、湿り気を含んだ香煙となって漂い、

鼻腔から肺へと静かに染み込み、心の奥にまで染みわたる。


その空間の中央に、ふたりの影が対峙していた。


ひとりは、黒装束に烏羽のマントを纏った男。

もうひとりは、骨ばった指に数珠を絡め、灰のような白髪を垂らした老の姿。


「……駒は揃った。あとは、どちらが“先に落とす”か、だ」


鞍馬が口元をわずかに歪める。

その声には、抑えた愉悦に、微かに焦りの気配が滲んでいた。


「焦るな。そちらの“虚”は、まだ喰らいが足りぬ。欲の匂いが薄い」


老の足元からは、黒い靄がじわりと滲み出し、伽羅の香と混じって空間の輪郭を飲み込んでいく。


「……だが、“空洞”は既に満ちつつある。あの少年の足元には、深い“穴”が空いている。この思いが、未だ癒えぬうちに」


「……なぜ、あのような器量の浅い子を“キング”に据えた?」


「くく……くくくく……面白いからだ。いずれにもお前にも分かる」


灰白の指先が、空中をすっとなぞる。

その動きに呼応するように、闇の端から一羽のカラスが、静かに羽音を残して飛び立った。


――――風が舞う。


その瞬間、黒い靄も、伽羅の香も、影すらも――すべてを攫って、闇へと溶けていった。


やがて残ったのは、ただの空虚。音も、匂いも、温度さえも存在しない“間”。


そこに立ち尽くす、誰かの気配だけが、確かに、そこに在った。

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