第5話 大日本丸は魔改造艦!
「こんな青びょうたんで、任務が務まるんですか?」
加藤艦長。
敬礼した安達原を無視し、四方山長官のほうに質問した。
さすがに司令官が相手だと口調がかわる。
最低限の常識は持っているらしい。
「安達原少尉は、このたび特戦隊の総隊長になられました。青びょうたんかどうかはともかく、仲ようしてくださいよ」
ちっともフォローになっていない。
案の定。
安達原を見る加藤の目が、『こいつが総隊長』ってふうに細められた。
「こいつが総隊長? ほんまに役にたつんかいな。こんなのに教導される娘ッ子が可哀想だ。あいつらのほうが、よっぽど役に立つぜ」
あ、口に出して言った!
ひどい……。
「校長……いや、四方山司令長官。彼女たちって、まさか?」
聞き流すには強烈すぎる情報。
つい質問してしまった。
「はい、そのまさかですじゃ。特戦隊の皆さんは、この艦の操作方法をたたき込まれております。これに限らず、この島にあるすべての軍備に、彼女たちは精通しておりますぞ。なにせ、それが彼女たちの任務ですからの。ほーっほっほっ」
道理で理科の授業というのに。
発動機の分解整備実習とか爆発物取り扱い実習。
電波発信機構の学習など、わけのわからんカリキュラムが組まれていたはずだ。
このぶんじゃ……。
体育の時間には射撃や突撃演習。
数学の時間には暗号解読、国語の時間には伝令実習。
はて?
歴史社会だと何を教わるんだろ?
(※むろん日本神話と世界戦争史・拷問史・死刑史・宗教史・風俗史・戦況地図読解/作成・世界軍事組織概説・帝国軍法、そして海南社史である)。
「で、どうすんだ?」
ふたたび安達原を見た加藤。
蔑みをこめた視線とともに吐き捨てた。
「はあ、中を見たい気もするんですが……」
「ダメ」
「じゃ、やめます」
「キサマぁー! そんな気持ちでチィちゃんに乗ろうなんぞ、一万年早いわッ!!」
――グワシっ!
見事な右ストレートが、安達原の左頬に決まる。
「ひ、ひええぇぇー!」
お、お武家さま。
無体が過ぎまするー。
安達原、ぶたれた女中みたいに倒れこんだ。
「まあまあまあ。総隊長の安達原君を乗せないと、特戦隊も乗れないことになりますじゃ。ここはひとつ、彼女たちのオマケということで、なんとか手をうちませんか?」
司令官が部下に対し、なんで交渉しなきゃならん?
ともかく四方山少将は、非常識なほどの日和見主義者らしい。
その場が丸くおさまるなら、きっと土下座でも何でもするに違いない。
「うー、長官がそこまで言うなら、乗艦前に身を清めることを条件に、乗せてやってもいいんですが……ともかく、いまはダメです! 最低でも十二名の搭乗員がいないと、チィちゃんは動かせんのですからね。あいつら、いま授業中でしょう?」
「なるほど。では、そのうちに……」
なんとなく話のまとまった二人。
だが、納得できないのは安達原である。
水にぶちこまれるわ、おもいっきし殴られるわ、反撃しないと立つ瀬がない。
「じ、自分は、まだ他の場所も見たいでありますっ! なにも、こ、このフネだけが特戦隊じゃないでしょう? 長官、早く行きましょうよっ! ふん、なんだい、こんなフネ……」
「そうですか、それでは……」
安達原の言葉を真にうけた四方山が、それもそうだとうなずいた。
「ああ、そうしろ。俺も腹が減った。外側だけだったら、好きなように見たらいい。ただし絶対に触るな。触ると病気がうつる。妊娠する。俺はメシ食いに行ってくる」
「なっ……!」
そそくさとタラップから降りた加藤。
絶句している安達原の横に来た。
そこでいきなり、ドンと一発、背中をたたく。
「チィちゃんは強いぞ。乗って驚くな、わっはっはっ!」
よろけた安達原の背に、豪放な笑い声が響きわたる。
そして……。
いきなり去っていった。
ホントにもう。
ここの住人といったら、のきなみ規格ハズレ。
「さてさて、予定が狂ってしまいましたな。どうしましょう?」
四方山少将は、言葉のわりには少しもあわてず大日本丸を見あげている。
それにしても……。
いくら加藤が凄いと言っても、それはたんなる潜水艦にしか見えない。
ただし全長の割りには幅が広い。
伊号や呂号潜水艦を見慣れている安達原の目には、半分丸まった艦首は異様そのものだ。
しかも司令塔の背後には、ぼてっとした巨大な張り出し構築物まで付いている。
「あの潜望鏡、なんで曲がってるんです? もしかしてぶつけたとか……」
司令塔から斜めに突き出している潜望鏡。
それを見て、安達原はぷっと吹きだした。
「ああ、あれですか。あれは『試製零式減波潜望鏡』といって、わざとああなってるんですよ。あの形のほうが、潜望鏡をあげた時に波がたたないことを、橋本博士が発見したそうで。
ほら、筒の部分の断面が涙滴型をしとるでしょう。あれで海面を整流するんだそうです。でもって、ぐるりと周囲を見わたす時は、先端部分だけ回るようになってるそうです」
航行中の潜水艦が潜望鏡を上げると、かならず波がたつ。
敵の水上艦はそれを発見目標とするため、まさしく生死につながる一大事なのだ。
だから、もし四方山の説明が本当なら。
橋本博士という人物、なかなかのアイデアマンだと思った(まだ逢ってないから、そう思うんだよ)。
「あの張り出しは?」
「試製零式水上機『
「ふつう、潜水母艦……いや違う、潜水空母っていいません?」
「戦艦が水に潜ったら、潜水戦艦といいますか?」
「えーと、その場合なら海底軍艦って言うでしょうね」
重ね重ね、大日本丸の名が『轟天』でないことを残念に思う。
そう、思うでしょ?(うなずいた貴方。おお、同志よ!)
「ならば大日本丸は、一種の海底軍艦ですじゃ。なにせ主砲が二六センチもありますから」
「主砲? 二六センチ……ど、どこにそんな巨大な砲が?」
説明を受けた安達原。
食い入るように水面上に出ている大日本丸を見つめた。
しかし、そのような砲塔など、どこにもない。
まさか水面下にあるはずもないから、いったいどこに隠している?
ちなみに二六センチ級の主砲といえば、一昔まえの戦艦主砲に匹敵する。
現在であっても、一万トンクラスの重巡より大きい。
それを、たかだか二〇〇〇トン程度の、しかも潜水艦に乗せるなど常識ハズレもいいとこだ。
「司令塔の前に、中央部が盛り上がっている部分があるでしょう。あそこに固定砲が格納されとりますじゃ。撃つ時は、迫り出してくるようになっとります。さすがに、この大きさだと旋回砲塔は無理でしょうなー」
あたり前だ。
旋回砲塔で横向きになんか発射したら。
たとえ強度的に保証されていても、艦そのものが横転する。
普通は艦体がブチ折れる。
それが自然の摂理というもんだ。
だから戦艦がでかい図体をしているのも。
ひとえに巨大な主砲を横向きに撃つためである。
あ……。
そういや聞いたことがある。
愚連艦隊には、軽巡の艦体に戦艦陸奥の四〇センチ主砲を搭載した艦があるとか……。
ここって愚連艦隊の下部組織だから、常識で考えちゃダメだった。
(※正解。当然、愚連艦隊の所属艦は、橋本博士謹製の魔改造艦である)
「なんだか、ようわからん艦ですね……」
ここまで使用目的のはっきりしない艦も珍しい。
これじゃまるで、子供がガラクタを寄せ集めて造ったオモチャだと安達原は思った(そうかもしんない。作ったの橋本博士だし)。
「なにせ実験艦ですから。海軍や特務艦隊の要求を、数少ない艦で満たそうとすれば、いくつも新装備を艤装せねばなりません。なのに特戦隊に与えられている艦は、この大日本丸と、水上実験艦の『秋津丸』だけですからのう。
それは航空隊にも言えることで、飛行場にある航空機は、戦闘機がたったの十二機、爆撃機は四機のみです。もちろん装備改変はしょっちゅう行なわれておりますが、航空機は代えられても艦船は無理でしょう。ですから……」
「必然的に、あっちゃこっちゃと意味不明の装備が増えるというわけですね?」
「はい、そのとおりですわい」
たしかに、四方山の言うことにも一理ある。
が、これが平時の研究施設ならともかく、いまは戦時だ。
しかもここは最前線に近い南洋の島。
もし敵と出くわしたら、どうするつもりなんだろう……。
そう思った安達原、素直に質問してみた。
「こんなんで、実戦が行なえるんですか?」
「特戦隊は、実地実験隊ですぞ。戦うに決まってますわい」
「この艦で?」
「はい。敵の情勢を見極めてから、そのうち出動命令が出るでしょう。その時はお頼み申し上げます。なにせ少尉は総隊長ですからね」
四方山、温和な顔をして凄いこと言った!
安達原が総隊長として出撃する。
ということは、あの娘ッ子たちも出撃するということだ。
年端もいかない乙女を、こんな艦で戦わせようとは……。
四方山、鬼か悪魔か?
(ちがいます。愚連艦隊の一員なだけです)
「彼女たちは、みんな自ら志願した、立派な愛国戦士ですじゃ」
こちらの心中を読んだかのように、四方山が答える。
うう、困った。
これだったら、荒くれ野郎どもをひきいて切り込み隊の隊長になったほうが、なんぼも良心の呵責に耐えなくて済む。
安達原、いまさらながらに。
自分に与えられた任務の極悪非道さを再認識したのであった。
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