第4話 戦う実験隊



「これ……潜水艦でしょ?」


 一目みるなり安達原。

 面白くもないといった感じで答えた。


 海南島での暮らしにも慣れはじめた、今日この頃。


 島の海岸近く……。

 星浜の港にある臨海学校での教鞭も、ようやくぎこちなく行なえるようになった。


 そんなある日。


 四方山校長の案内で、ようやく海南工業の秘密研究所の成果を見せてもらえることになったのだ。


 ただし連れていかれた先は、イナサ山山麓の地中に構築された秘密研究所ではなかった(イナサ山の命名は長崎市にある山が語源らしい)。


 教練場の裏手を走る道路を、まっすぐジャングルへと進む。


 そこは行き止まりって聞いていたけど。

 道は巧妙に草木でカモフラージュされつつ、なおもジャングルの奥へ奥へと続いていた。


 行き着いた先は……。

 通称『丸池』と呼ばれる、かつて火山の水蒸気爆発でできた池だった。


 簡単に言えば。

 垂直に切り立った、三〇メートルほどの断崖に囲まれた円形の爆裂火口。


 その断崖の上にある見晴らし小屋に入る。


 内部はコンクリートと鉄で固められ、さながら要塞そのもの。

 そこには二基のエレベーターまであった。


 つまり秘密基地の入口だったわけ。


 エレベーターを下りると巨大な空洞。

 そこに一隻の潜水艦があった。


 どうやら空洞そのものは、水蒸気爆発の余波でできた火山トンネルらしい。

 しかし出口のない爆裂火口内の潜水艦基地では、意味がないのでは?


 まあ、それはのちに、外洋に通じる地下水路が存在することで納得できた。

 だが少なくとも安達原はその時、そう思ったのだ。


 自然の溶岩がむき出しの壁に、様々な整備用の小道具・大道具が取りつけてある。


 自家発電のためのディーゼル発動機が唸る中。

 安達原は潜水艦(のようなもの)の側まで連れていかれた。


「我が『すみれ特戦隊』の誇る、特戦艦甲一型『大日本丸』ですじゃ」


 愛しい娘を見る視線でながめながら、四方山が説明してくれた。


 どえらく厳重な秘密基地に入ってみれば。

 そこにあったのは、たった一隻の潜水艦。


 これじゃ安達原でなくても拍子抜けする。


 でも四方山長官。

 めちゃめちゃ自慢げなんですけど?


「特戦艦? 初めて聞く艦種ですが……」


 どうみても潜水艦。

 水上に顔を出しているのは三分の一程度。


 それでも、かなりの大型艦。

 伊号甲型潜水艦に匹敵するかも?


「いわゆる特殊戦闘艦の略……まあ、海南造船所が、と思ってもらえばよろしいですがな。設計は橋本博士、銘々は海南社長ですわい」


「民間造船所が軍用艦をねえ……でも、これ潜水艦でしょう? だったら海軍風にイロハで銘々すべきじゃないですか? 甲乙丙なんて、なんだか成績表みたいですよ。

 あっ、そういや小型特殊潜水艇に『甲標的』ってあったっけ。その流なのかな……でも軍艦に『丸』をつけるのは、輸送船とか擬装戦闘艦じゃないかぎり変だと思うんですけど」


 帝国海軍の潜水艦は、すべて海軍技術工廠によって統括されている。

 そして海軍指定の造船所で造られている。


 したがって、このような秘密実験艦が民間委託されているとなると、海技廠の面子もあって、最高レベルの極秘事項になってしまうはず。


 当然のことながら、もしこの艦が制式採用された場合。

 それまでのいきさつ全部無視して、海技廠設計艦として発表されるはずである(いかにもセコイが役所とはそういうもんだ)。


「甲乙丙は、立派な中国の『十数』ですじゃ。その他の候補として、十二支というのもありましたな。この艦は海軍所属じゃありませんから、これでいいんですよ。しかも大日本丸は、書類上は海南所有の民間船ということになっとります」


「へー、民間船……だから『丸』か」


 もっと近くで見ようと、桟橋と船体を繋いでいるタラップによじ登る。

 どうみても軍用艦にしか見えないそれを、安達原は平手でぺんぺんと叩いた。


「誰だーッ!」

「へっ!?」


「俺のフネ、汚ねえ手で触るヤツはーッ!」


 珊瑚石灰をかためた簡易コンクリート製の埠頭の彼方。

 そこから、ものすごい勢いで男が走ってくる。


 文字通り、猪突猛進。


 一気にタラップのある場所まで駆けてくる。

 問答無用で安達原の首根っこを引っ掴む。


「うおりゃあーっ!」


 足場の悪いタラップというのに、見事な背負い投げ。


 ――ざッぱーん!


 あわれ安達原、頭の先から水の中に落ちた。


「おお、そこにいましたか。安達原君、彼が大日本丸の艦長、加藤虎男中佐ですじゃ」


 まったく……。


 四方山少将、現状把握能力があるんか?

 たったいまの事件が白昼夢であったかのように、平然と紹介をしている。


 むろん安達原は、浮かび上がるので精一杯。

 紹介を聞く余裕などない。


「ひ、ひいひい……」


 必死の思いで係留用ロープの端をよじ登る。

 濡れ鼠になりながら四方山の前にもどった。


「ああ、……。ビョーキ移されなかったか? ばっちい手で触られて、さぞ嫌だっただろー。はぁー」


 最後の『はぁー』は、加藤中佐が大日本丸の船体に息を吹きかけた音。


 そののち胸ポケットからハンカチを取りだし、優しくなでなでしている(マジ気持ち悪い)。


「チィちゃん?」


 あまりにも異常な光景。

 安達原は、怒りより先に疑問が飛び出てきた。


「大日本丸の愛称らしいですな。なにせこのフネは、加藤中佐が一手に引き受けておりますからのう。愛着もわくというわけで、よろしいかな、よろしいかな」


 いや、なんか違う。


「一手にって……他にも乗員はいるんでしょう?」


「そりゃおりますが、他の者はすべて臨時搭乗員なのですじゃ。したがって、専任は加藤中佐ただ一人。日頃の手入れも、彼が一人で行なっております。ほれ、加藤艦長……新任の安達原少尉ですじゃ」


「なんだ、新任か」


 紹介された加藤。

 漁師のように日焼けした無精髭の顔をしかめ、いい加減な返事をした。


 まあ、安達原はぺーぺーの少尉。

 加藤は腐っても中佐。


 だから……。

 ボロクソ言われても、文句を言える立場じゃない。


 でも加藤艦長の雰囲気、なんか違う。


 以外に興味はない。

 そう顔に書いてある。


 見れば特務実験艦隊ぐれんかんたいの第三種戦闘軍装を着ている。

 こいつも横流れ組か。


 でも……。

 いくら凝視しても漁師のイメージが抜けない。


 これで艦長ってんだから、やっぱりヤクザな艦隊だな。


「加藤中佐……はッ!」


 ぼーっとしていた安達原。

 ようやく相手が上官だと気づき、あわてて敬礼する。


 最近、軍人から離れた生活をしていたから。

 上官に対する敬礼を忘れかけている。


 巷じゃ、海軍はいちいち敬礼しないって言われてるけど。

 それは会うたび敬礼する陸軍と違うって意味だ。


 だからその日初めて会ったり初見だったりの場合は、きちんと敬礼する。


 そこで、あわてて腕を上げたのだが。

 安達原も平服のため様にならない。


 せっかく四方山以外の上官に会えたのに。

 どこまでもヘマをくり返す安達原であった。


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